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第三章
4月19日(金):遠野晃の夢
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【京一】
キーンコーンカーンコーン。
お馴染みの音が響く。
小人に付いてもやを抜けた先にたどり着いたのは、学校だった。
見た感じの雰囲気からして小学校である。しかし、凛の夢のように、僕らが通っていた学校がそのまま再現されているのではない。馴染みのない校舎である。
「よっす京一!」
僕の肩をとん、と軽くたたいてくる少年。……晃だ。
言わずもがな、ここは遠野晃の夢世界である。
やはり彼も、凛やイブやクララがそうだったように、小学校に上がったばかりの頃の姿をしている。
しかし、少々意外だ。
晃といえば、日々ゲームに時間を費やす生粋のゲーマーである。日常会話の中でも、ソシャゲのイベントがどうだとか、積みゲー消化がどうだとか、僕にはよく分からないことを一方的によく話してくる。
彼のゲーム好きは子供の頃からのものだ。
当時、インドア趣味だったということはなく、外で活発に遊ぶ子供ではあったが、家で一人ゲームに興じることも多いようだった。今と同じように、当時もRPGの進捗について、一方的によく話して来ていた。
晃は僕ら五人の中で、皆を先導するリーダーのような立場だったのだが、森の中とか雨上がりの川辺とか、少し危険な場所によく行きたがった。
そしてそれを『冒険』だと称していたのだ。
……今になると、たぶん、そのときはPRGでいう勇者としてパーティーを率いているような気持ちだったのだろうと察せられる。つまり家でゲームするのと同じように、外での遊ぶもゲーム感覚だったのだろう。
だから、彼の夢世界と言えば、てっきりゲーム画面をそのまま立体化したようなものだと予想していた。特に、そういうRPG的な、ファンタジーの世界観ではないかと。僕はあまりゲームをやらないもので、「ゲームと言えばRPG」という漠然としたイメージがある。
しかし。この夢の舞台は小学校で、隣を歩く晃は勇者という格好ではない。
いたって日常的な場面である。
ここから一体どのような展開になるのかと様子を窺っていたところ、僕らのもとへ、ある一人の少女が近寄って来た。見覚えのない顔である。少女は、晃に声をかけた。
「おはよう、あきらくん」
「ヒロインちゃん!」
晃が嬉しそうに少女のもとに駆け寄る。ヒロインちゃん。名前はないのか。
……まあ確かに、そう呼ばれるのを納得できるほど、とても可愛い女の子である。中でもその髪色に目が行く。明るいピンク色なのだ。小学生ではあり得ない、現実離れした奇抜な色。
突然、晃の目前の空間に、ぽん――と、なにやら文字が浮かびだした。
『あいさつする』『むしする』『こくはくする』。
――選択肢だ。
なるほど。そこで僕は理解した。ここは確かにゲームの世界なのであった。
RPGではなく、恋愛シミュレーションなのだ。
となると、少女の髪色にも納得がいく。あり得ない髪色の少女が日常的な光景の中で平然としているのは、そういったゲームではむしろありがちなことだろう。
ただ、こういう恋愛シミュレーションゲームというと、主人公や攻略対象は高校生であるのが定番だと思う。どちらも小学生のものなんて僕は見たことがない。
やはり夢世界は幼い頃の心象が基になっている以上、幼い姿であるのが常なのか。
目の前の少女を攻略することが目的だ。そのための三つの選択肢。
真ん中は論外、三つめはいくらなんでも早すぎるだろう、したがってここでは『あいさつする』が正解なのではないか……、
と思っていたところ、晃が選択肢を選んだ。
『こくはくする』
いや、早すぎるだろ!
心の中でつっこんだ。晃は選んだ通り、その場でいきなり告白をしてしまう。
「すきです! つきあってください!」
安直な告白。……ヒロインはきょとん、とするも、少し考えてから返事をした。
「わたしは頭の良い人が好きだから、あきらくんじゃまだダメ」
ふふ、と笑いながらそう言って、去っていく『ヒロイン』。
「く、くそう。知力ステータスが足りなかった。ステータス強化してから、もう一度アタックだ……! よし、行くぞ京一!」
「は? 行くってどこに……」
「ついてこい!」
僕のことなどお構いなしで、晃は走り出した。
校庭を抜け、校舎の横にある建物へ向かう。どうやら図書館のようだ。
「なんで図書館に……」
「なんでって決まってるだろ、図書館で本を読めば知力ステータスがあがるんだ」
「な、なんだそれ……?」
戸惑う僕のことなど気にも留めず、勢いよく図書館の扉を開け、中へ突っ込んでいく晃。
僕が何を言ってももう意味はない。ここは晃の夢世界で、そしてゲームとしてのプレイヤーも彼自身なのだ。あくまで僕はそれを傍で見ている立場に過ぎない。
僕が介入する余地はなく、あきらめて彼の後についていくしかないのだ。
図書館の中に入る。――だが、そこは本棚が立ち並ぶ馴染みある場所ではなかった。
真っ暗なのだ。明かりがついていないとかそういう話しでなく、上下も左右もなく、ただ暗闇が辺り一面を囲む、暗澹とした空間なのだ。
「な、なんだ?」
一体何事かと混乱した。
日常的な場面ではなかったのか。なぜ、図書館の中が暗闇なのだ。
訳が分からないまま辺りを見回していると、不意に暗闇の中から、ぼうっ、と巨大な像が浮かび上がる。暗闇の中で、うっすらとシルエットが見えるのだ。
とても大きい。二十メートルはあろうか。
暗闇の中でいて色濃く見えるその黒いシルエットがゆらりと蠢くと、――「ふはははは……」と、地の底から這いずって来るような低い笑い声が響いた。
「な、何者だっ?」
晃が声を上げる。それに答えるように、暗いシルエットが次第に鮮明な姿を現していく。
まず目につくのは、その骸骨の顔。
暗闇においてその皮膚のない白い顔は不気味に浮かび上がって見える。その頭から角が二本飛び出ていた。
「お前は、魔王!」
晃が、真面目な顔で言う。
……魔王? まあ、確かにあからさまな見た目だが。
魔王はその手に、鳥籠のようなものを持っている。巨大な魔王にとっては手に持てる小さな籠だが、それは人間一人が収まるほどの大きさなのである。
……目を凝らすと、まさしくそこに人間が捕らえられているのに気づいた。
「助けてえー、あきら!」
そう叫んだのは、明るいピンク髪の美少女。さきほどのヒロインだ。
……さっきは恋愛シミュレーションの攻略対象だったはずなのに、今度は『囚われのヒロイン』になっている。
「魔王め、ヒロインちゃんを離せ!」
「ふん、この娘を返してほしくば、四つの試練を受けるのだ勇者よ」
そう言って、ぬう、とまた闇の中に紛れて姿を消してしまう魔王。
魔王と、囚われのヒロイン、しれっと晃を勇者と呼んでいたし。
要するに、ここからRPG的な展開が始まると言うことか? さっきの学校の場面はなんだったのだ。訳が分からない。
暗闇が晴れていく。すなわち場面転換か。
では、ここから森か草原とかに出て、RPG的『冒険』が始まるのだろうか。――と思ったが、違った。
予想に反し、そこは普通に図書館の中だったのだ。開けた視界ではなかったが、目の前にあるのが本棚だったのでそう判断できた。
日常的な学校の風景から始まって、いきなり魔王が現れて、次にまた現実的な場所に戻る……、いまいちこの夢のノリが掴めない。ていうかもう早く帰りたい。
はあ、とため息を吐きながら、――ふとこの図書館の違和感に気付いた。
すぐ目の前で本棚が壁のように立っていたので、避けて進もうとしたのだが、その本棚に接して直角で別の本棚が置かれていた。
見回すと、それ以外にもあちこちに本棚がきっちり密着するように置かれていて、まるで迷路のようだ。
普通、図書館と言えばある程度規則正しい配置で本棚が並んでいる筈である。
少なくとも、こんな、本棚が来館者の行く手を阻むようなことはあり得ない。
「これは……本棚を動かして、道を切り開かなきゃならないな! これが魔王の一つ目の試練ってことか」
魔王め、小癪な真似を、……とでも言いたげに、恨めしそうに天井を見上げて言う晃。
「うーん……、まず、これを動かすんだ」
「動かすって、え?」
本がびっしり収められた本棚。こんなもの子どもの体格でなくとも一人で動かせるわけないのに、晃は軽々と引きずって動かせてみせた。
どうやら晃がスーパーパワーを得ているのではなく、本棚は簡単に動かせる『仕様』であるようだ。
第一の試練は、【パズルゲーム】なのだった。
おそらくこの状況を俯瞰で見られれば分かりやすいだろう。枠内にひしめく様々な形の四角形をうまく動かして、道を作らなければならないということだ。
晃は、まるで予め答えを知っていたかのように、迷いなくひょいひょいと本棚を動かしていく。
適当にやっているだけなのかと思いきや、ものの一分ほどで、晃は難なくそのパズルを解いてみせたのである。
意外だった。普段、あまり勉強を真面目にしない僕よりもさらにひどい成績の晃。ハッキリ言って頭は悪いのだ。しかし、このようなパズルをあっさり解いてしまうなんて。
道が開けて、図書館の奥の出口が見える。晃は「よし行くぞ!」と格好つけて言い、小走りで出口に向かっていった。僕も後についていく。
図書館を出る。
普通に考えるとそこは図書館の裏手に当たるはずだが、学校の敷地内ではないことは一目でわかった。
そこには、城が建っていたのだ。
さきほどクララの夢で見た城と比べると、明らかにまがまがしいオーラを纏っている。すなわち魔王の城だろうか。だとすると、この頂上に魔王と囚われのヒロインが待っていることになる。
「行くぞ、京一!」
またも、きりっと格好つけた顔で言うと、晃は躊躇なく突入していく。
中には誰もいなかった。入り口のすぐそばに階段を見つけ、そのまま城を駆け上がっていく。
ときどきトラップはありながら、しかし意外にも敵が襲ってくることはなく、そのうち頂上に到着した。頂上の部屋、大きめの扉を勢いよく蹴破る晃。
そこには、一人の男が鎮座していた。入ってきた晃を見て、おもむろに立ち上がる。
魔王ではない。
普通の人間の大きさだが、しかし全身が獣の毛で覆われて、鋭い角とキバを生やしている。明らかに人間ではない。城の頂上にいて、その見た目。敵に違いなかった。
「ふっふっふ、よく来たな勇者。俺は魔王軍幹部。魔王様の右腕だ」
「魔王の右腕……」
「そう、魔王様の右腕」
名前はないのか。
ヒロインともども、名前の設定がない。夢の創造主が晃だからだ。細かいことは気にしない彼の性格がよく表れている。
「残念ながら魔王様はこの城にはいない。魔王城は、この城を超えた更に先にあるのだ。もちろん、そこへ行くには俺を倒さなければならない。つまりこれが、第二の試練さ」
そう言って、獣の男がファイティングポーズをとった。晃も同じくする。
カァン、とどこからかゴングの音が鳴った。そして、二人の頭上にゲージが浮かぶ。
第二の試練は【アクションゲーム】だ。
特に分かりやすい、対戦型格闘アクション――いわゆる格ゲーである。
すぐに殴って蹴っての激しい戦いになるのかと思いきや、お互い距離を保って牽制する。
じりじり、と一歩出たり引いたり。室内に緊張感が走る。お互い牽制しつつ、時たま距離を詰めてパンチやキックを出す。
そのたび、光のエフェクトが発生する。しかし、あくまで身の振りに合わせたものであって、派手にビームが出たり、炎が発生したりはしない。
なんだか地味な試合が、しばらく続く……。
派手な攻撃を繰り出し合うというよりは、細かな前後運動を繰り返し、動きを読み合うばかり。格ゲーってこういうものなのだろうか。僕にはわからない。
泥仕合が数分続いてから、ようやく相手が大きく動く。
「くらえ必殺、魔王の右腕!」
獣男が、ものすごいエフェクトを帯びながら渾身の右腕ストレートを放つ!
それも一発ではなく、高速の連発パンチである。
しかし晃はその高速パンチの応酬をひとつひとつ見極めて的確にブロックし、しのぎ切る。獣男が驚愕の表情をしながら、一瞬、動きを止める。おそらく技を出した直後の硬直状態だ。
晃がその隙を逃すわけはない。
すかさず間合いを詰めると、相手の目の前でしゃがみこみ、そして強烈なアッパーをお見舞いしたのだ。相手の体力ゲージが瞬く間に尽きる。
『K.O.』。空中に文字が出る。勝ったらしい。
「やったぜ! どうだ、京一」
誇らしげな顔で、こちらを振り向く晃。「ああ、すごいな」とだけ言葉を返す。心の中では、今すぐにでもこの夢から出たいと思っている。
とにかくこいつはあくまで中ボスみたいな存在。目的は、この城より向こうに建っているという魔王城。まだ終わらないのだ……。
ここから降りて、本物の魔王城に行かなければならない。
さっそく晃が階段へ向かおうとしたところで、不意に地響きが聞こえてくる……。
城の中でなく、外から聞こえてくる。僕らは急いでバルコニーへと出て、外を見た。
この城の向こう、草原の道を辿った先に、この城と比べものにならないほど大きく、そして禍々しく黒い霧が渦巻く怪しい城が見える。
魔王城である。
その魔王城から、イノシシが人型になったような化け物が、大群をなしてどんどんと湧き出てきているのだ。明らかに、この城に向かって進軍してきている。地響きはそのせいだ。
「なっ……」
突然の事態に驚く晃。そのとき、魔王城の上空にぼうっと影が浮かぶ。
「ふははは、勇者よ、見事第二の試練も制覇したようだな。しかし息をつく暇はないぞ。第三の試練だ!」
暗雲の空に投影された魔王の影は、そう言って不敵に笑うと、すうっと消えていった。
「くそう、あんな大群に城に攻め込まれたらもう終わりだ……。精霊を召喚して、この城を防衛するんだ」
「なんだ精霊って」
「俺は精霊を召喚できるんだ」
急な設定である。
晃の頭上に、またゲージが出現した。
さきほどの体力ゲージとは違う。ゲージの横に『レベル』というものがある。今は『レベル1』である。
彼が念じると、この城の門から確かに精霊らしいものが出現した。水やら火やら属性があるのか、様々な色のオーラを帯びた少女あるいは動物たち。
精霊が出現するに合わせて、晃の頭上のゲージが消費されている。でも一旦召喚の間を空けると、ゲージは徐々に回復していく。
そこで、ようやく分かった。
この第三の試練は、つまり【シミュレーションゲーム】だ。
その中でも、『タワーディフェンス』という種類のもの。
敵・魔王軍と、こちらの精霊たちが衝突し、先頭のものたちが攻撃し合う。
叩かれたものがいかにも昇天するように空に消えていく。そいつに代わって後ろからどんどん新しい者が前線に出て行くが、しかしどうも精霊が劣勢だ。どんどん魔王軍がこちらに距離を詰めてくる。
「お、おい、もっとどんどん召喚しなきゃ! 押されてるぞ」
僕は彼に言う。
ゲージには余裕がある。もっと召喚のスパンを早めなければ、敵に攻め切られてしまうのではないか。
しかし彼は冷静な顔で、進軍してくる魔王軍をじっと見る。
相手の進軍はなおも続き、もう少しでこの城へ攻撃が開始されてしまう。じり貧だ。
「ま、まずいって」
僕はあわてて彼の方を見る。
そこで気づく。彼の頭上にあるゲージの、横に書かれたレベルが『MAX』になっている。
「よし、こっから反撃だぜ」
にやり、と笑う晃。
それまでと打って変わってほとんど間隔を空けずに次々と精霊を召喚していく。
それだと一気にゲージが消費されていくが、回復もまた目まぐるしい速度なのだ。
どうやら召喚よりもレベルアップの方にゲージ消費を回していたらしい。レベルが上がったことにより、ゲージの最大値と回復スピードが上昇しているのだ。晃は間髪入れずに召喚を続けていく。数の暴力で、魔王軍を後退させていく精霊たち。
「ここで神獣投下だ!」
晃がそう言うと、城の足元からものすごいでかくて青白く光るドラゴンが出てきた。
他の精霊たちと比べ物にならない速度でびゅーんと飛んで前線に出ていくドラゴン。そして口から炎を履いて、魔王軍のイノシシの怪物たちを一斉に消滅させていく。
なんだあれすげえ、と思っていると、ドラゴンに続いて大鳥や獅子や、果ては羽衣に身を包んだ女神なんかが出てきて、もうあっという間に魔王城まで攻め込んでいく。
その逆転の快進撃は見ていてとても爽快感がある。
そうして、たちまち魔王城は陥落してしまった。
「むう……、勇者め」
崩れ去った魔王城の残骸から黒い煙が立ち上り、それが魔王の姿へと変わる。
「おい魔王、観念しやがれ!」
晃が叫ぶも、魔王はまたも不敵な笑い声を出す。
「ふん、我が城を落としたからといって、終わりではない。まだ最後の試練が残っている!」
そう言って魔王は、いきなり空に向かって飛び出していったのだ。
「追いかけるぞ、京一!」
「え、追いかけるって、どうやって……」
「ここにボタンがある!」
果たしていつからそこにあったのか、この城の頂上の部屋の壁際に、赤いボタンがくっついていた。晃は躊躇なくそれを押す。
すると、ごごごごご、部屋が大きく揺れ、部屋の内装ががちゃがちゃと勝手に変わりだす。
バルコニーがなくなり、大きな窓が出来て、床から椅子がせり出して来て、細かなボタンやハンドルが浮き出してくる。
察するに、操縦席である。
窓の外の風景が、ゆっくり下に流れ出した。
……飛んでいる。
そのまま、地面をずっと離れ、空へ。――宇宙へと、飛び出していく。
なんだこれ。展開がぶっ飛びすぎていてついていけない。
……しかし晃は至極真面目な面持ちで操縦席に座り、ハンドルを操作している。すなわちこの『宇宙船』を操縦しているのだ。
宇宙。一面真っ暗な闇の中に、遠い星々が点となって光っている。
しばし代わり映えのしないその景色が続く中で、不意に前方からなにかが近づいて来るのが見えた。
それは、クラゲとタコを足したような、奇怪な生物だった。
「な、なんだ、あのきもいの」
「魔王の手下だ! 撃ち落とすぞ」
晃がそう言って、ハンドルの左右についたボタンを親指でぐっと押す。
ぴゅん、と安い効果音を発しながら、クラゲダコに向かって光の弾が放たれる。命中し、そいつは消滅するも、また続々と同じ姿の敵が現れ出す。
そこで察せた。
最後の、第四の試練は【シューティングゲーム】だ。
晃は次々に接近してくるクラゲダコを的確に撃ち落とし、あるいは隕石を避け、そして宇宙空間に不自然に浮かぶアイテムらしきものに接触して宇宙船を強化しながら進んでいく。
右に左に、激しく船体が動くが、船内はそれに伴って揺れはしない。
よかった。……でなければ激しく酔って、下手をすれば吐いていたかもしれない。今ここでもし吐いたらそれは寝ゲロということになるのだろうか。
数分間、一切のダメージを負うことなく宇宙飛行を続け、ついに前方に大きな黒い影を捉えた。
マントを纏った、二十メートルほどもあろうかという大きな体。魔王である。
「追いついたぞ、魔王! 観念しろ」
晃が声を上げる。
「ふん。よくぞここまでたどり着いたものだ勇者よ」
低くおぞましい声で答える魔王。
宇宙船の中と宇宙空間とでなぜか会話が成立しているが、でもまあそんなことは今更気にするものでもないだろう。
魔王はその手に、鳥籠を持っている。
中には当然、ヒロインちゃんが閉じ込められている。こちらに向かって、「助けてあきらー」と叫ぶ。……すなわち彼女は生身の状態で宇宙空間にいることになるが、気にしまい。
「よく四つの試練をクリアしてみせたな、勇者よ。しかし、最後はこの私が相手だ。覚悟するがいい」
ここからシューティングとしてのラスボス戦が始まるのだろう。僕はそう思っていた。
――ババン!
「問題」
コミカルな効果音ののち、魔王が言った。
「今まで受けた四つの試練から、連想される言葉を一つ答えよ」
魔王の言葉の後に、チッ、チッ、チッ、と時計が秒針を刻む音が聞こえてくる。時計なんてどこにもないのに。
え? 問題?
……ここへ来て、まさかの最後が『クイズゲーム』。
「答えられればこの娘は返す。しかし間違えれば貴様もろとも死ぬのだ。ふはははは」
晃の頭上には、おそらくライフとしてハートの形が浮かんでいる。
しかしそれは一つだけ。絶対に間違えられないということだろう。
「どうだ勇者よ。答えるか。それともパスか?」
「頭を使って! 頭を使うのよ、あきら!」
囚われのヒロインが叫ぶ。
晃は腕を組み、ぐっと考え込んでいる。
問題は、今までの四つの試練から連想される言葉はなにか……、なんだろう。僕も考えてみる。
図書館での【パズル】、
幹部との闘い【アクション】、
城同士の攻め合い【シミュレーション】、
宇宙での【シューティング】。
……共通する要素とかはないように思えるが。
「なんだ分からぬのか? 答えるか、パスしてしまうか、二つに一つだぞ勇者ァ!」
魔王の長髪に対し、晃がぴっ、と指を鳴らした。
「わかったぜ」
なんと。もう答えが出たらしい。
「パスだ!」
したり顔でそう言う晃。…………、え?
しばし沈黙してから、静かに笑みをこぼす魔王。
「……、ふ、さすがだな勇者。正解だ、娘は返してやろう」
…………。
それが、正解だったらしい。
ああ、なるほど。頭を使って、か。
魔王が霧になって消えていき、鳥籠も開け放たれた。
それと同時に宇宙の闇も晴れていき、そのまま青空へと変わっていった。どすん、と宇宙船もひとりでに地面に着地する。
そこは、最初の場面。――校庭だった。
晃は宇宙船から飛び出して、ヒロインのもとに駆け寄る。少女のすぐ近くまで行ったところで、晃の目の前の空間に、ぽん、と文字が浮かび出すのだ。
『こくはくする』
選択肢は一つだけ。
晃は迷いなく、それを選ぶ。
「好きです、付き合ってください!」
告白を受けた少女は、ふっと笑って、答える。
「ええ。とっても賢いあなたのこと、私も好きよ」
リーンゴーンリーンゴーン。
それは学校のチャイムでなく、教会の鐘であった。
…………
……
/
――そして、目が覚める。
寝ていた筈なのに、なんだかすごく疲れた。
クララと晃、二人分の夢世界を続けて体験したのだ。無理もない。
しかもクララの夢はともかく、晃の夢はとても……長かった。くそ、あの野郎、ハチャメチャな夢見やがって――と心中ぼやく。
ともかくこれで、僕は四人全員と夢世界上でのつながりができたということだ。
キューピーに頼めば、彼ら全員を一つの場所に集めることが出来る。
今夜。それを行う。
……なのでまあ、日中には何もすることがない。
今日は土曜日。何の気負いもなく、ただ無為な時間を過ごすのだ。
キーンコーンカーンコーン。
お馴染みの音が響く。
小人に付いてもやを抜けた先にたどり着いたのは、学校だった。
見た感じの雰囲気からして小学校である。しかし、凛の夢のように、僕らが通っていた学校がそのまま再現されているのではない。馴染みのない校舎である。
「よっす京一!」
僕の肩をとん、と軽くたたいてくる少年。……晃だ。
言わずもがな、ここは遠野晃の夢世界である。
やはり彼も、凛やイブやクララがそうだったように、小学校に上がったばかりの頃の姿をしている。
しかし、少々意外だ。
晃といえば、日々ゲームに時間を費やす生粋のゲーマーである。日常会話の中でも、ソシャゲのイベントがどうだとか、積みゲー消化がどうだとか、僕にはよく分からないことを一方的によく話してくる。
彼のゲーム好きは子供の頃からのものだ。
当時、インドア趣味だったということはなく、外で活発に遊ぶ子供ではあったが、家で一人ゲームに興じることも多いようだった。今と同じように、当時もRPGの進捗について、一方的によく話して来ていた。
晃は僕ら五人の中で、皆を先導するリーダーのような立場だったのだが、森の中とか雨上がりの川辺とか、少し危険な場所によく行きたがった。
そしてそれを『冒険』だと称していたのだ。
……今になると、たぶん、そのときはPRGでいう勇者としてパーティーを率いているような気持ちだったのだろうと察せられる。つまり家でゲームするのと同じように、外での遊ぶもゲーム感覚だったのだろう。
だから、彼の夢世界と言えば、てっきりゲーム画面をそのまま立体化したようなものだと予想していた。特に、そういうRPG的な、ファンタジーの世界観ではないかと。僕はあまりゲームをやらないもので、「ゲームと言えばRPG」という漠然としたイメージがある。
しかし。この夢の舞台は小学校で、隣を歩く晃は勇者という格好ではない。
いたって日常的な場面である。
ここから一体どのような展開になるのかと様子を窺っていたところ、僕らのもとへ、ある一人の少女が近寄って来た。見覚えのない顔である。少女は、晃に声をかけた。
「おはよう、あきらくん」
「ヒロインちゃん!」
晃が嬉しそうに少女のもとに駆け寄る。ヒロインちゃん。名前はないのか。
……まあ確かに、そう呼ばれるのを納得できるほど、とても可愛い女の子である。中でもその髪色に目が行く。明るいピンク色なのだ。小学生ではあり得ない、現実離れした奇抜な色。
突然、晃の目前の空間に、ぽん――と、なにやら文字が浮かびだした。
『あいさつする』『むしする』『こくはくする』。
――選択肢だ。
なるほど。そこで僕は理解した。ここは確かにゲームの世界なのであった。
RPGではなく、恋愛シミュレーションなのだ。
となると、少女の髪色にも納得がいく。あり得ない髪色の少女が日常的な光景の中で平然としているのは、そういったゲームではむしろありがちなことだろう。
ただ、こういう恋愛シミュレーションゲームというと、主人公や攻略対象は高校生であるのが定番だと思う。どちらも小学生のものなんて僕は見たことがない。
やはり夢世界は幼い頃の心象が基になっている以上、幼い姿であるのが常なのか。
目の前の少女を攻略することが目的だ。そのための三つの選択肢。
真ん中は論外、三つめはいくらなんでも早すぎるだろう、したがってここでは『あいさつする』が正解なのではないか……、
と思っていたところ、晃が選択肢を選んだ。
『こくはくする』
いや、早すぎるだろ!
心の中でつっこんだ。晃は選んだ通り、その場でいきなり告白をしてしまう。
「すきです! つきあってください!」
安直な告白。……ヒロインはきょとん、とするも、少し考えてから返事をした。
「わたしは頭の良い人が好きだから、あきらくんじゃまだダメ」
ふふ、と笑いながらそう言って、去っていく『ヒロイン』。
「く、くそう。知力ステータスが足りなかった。ステータス強化してから、もう一度アタックだ……! よし、行くぞ京一!」
「は? 行くってどこに……」
「ついてこい!」
僕のことなどお構いなしで、晃は走り出した。
校庭を抜け、校舎の横にある建物へ向かう。どうやら図書館のようだ。
「なんで図書館に……」
「なんでって決まってるだろ、図書館で本を読めば知力ステータスがあがるんだ」
「な、なんだそれ……?」
戸惑う僕のことなど気にも留めず、勢いよく図書館の扉を開け、中へ突っ込んでいく晃。
僕が何を言ってももう意味はない。ここは晃の夢世界で、そしてゲームとしてのプレイヤーも彼自身なのだ。あくまで僕はそれを傍で見ている立場に過ぎない。
僕が介入する余地はなく、あきらめて彼の後についていくしかないのだ。
図書館の中に入る。――だが、そこは本棚が立ち並ぶ馴染みある場所ではなかった。
真っ暗なのだ。明かりがついていないとかそういう話しでなく、上下も左右もなく、ただ暗闇が辺り一面を囲む、暗澹とした空間なのだ。
「な、なんだ?」
一体何事かと混乱した。
日常的な場面ではなかったのか。なぜ、図書館の中が暗闇なのだ。
訳が分からないまま辺りを見回していると、不意に暗闇の中から、ぼうっ、と巨大な像が浮かび上がる。暗闇の中で、うっすらとシルエットが見えるのだ。
とても大きい。二十メートルはあろうか。
暗闇の中でいて色濃く見えるその黒いシルエットがゆらりと蠢くと、――「ふはははは……」と、地の底から這いずって来るような低い笑い声が響いた。
「な、何者だっ?」
晃が声を上げる。それに答えるように、暗いシルエットが次第に鮮明な姿を現していく。
まず目につくのは、その骸骨の顔。
暗闇においてその皮膚のない白い顔は不気味に浮かび上がって見える。その頭から角が二本飛び出ていた。
「お前は、魔王!」
晃が、真面目な顔で言う。
……魔王? まあ、確かにあからさまな見た目だが。
魔王はその手に、鳥籠のようなものを持っている。巨大な魔王にとっては手に持てる小さな籠だが、それは人間一人が収まるほどの大きさなのである。
……目を凝らすと、まさしくそこに人間が捕らえられているのに気づいた。
「助けてえー、あきら!」
そう叫んだのは、明るいピンク髪の美少女。さきほどのヒロインだ。
……さっきは恋愛シミュレーションの攻略対象だったはずなのに、今度は『囚われのヒロイン』になっている。
「魔王め、ヒロインちゃんを離せ!」
「ふん、この娘を返してほしくば、四つの試練を受けるのだ勇者よ」
そう言って、ぬう、とまた闇の中に紛れて姿を消してしまう魔王。
魔王と、囚われのヒロイン、しれっと晃を勇者と呼んでいたし。
要するに、ここからRPG的な展開が始まると言うことか? さっきの学校の場面はなんだったのだ。訳が分からない。
暗闇が晴れていく。すなわち場面転換か。
では、ここから森か草原とかに出て、RPG的『冒険』が始まるのだろうか。――と思ったが、違った。
予想に反し、そこは普通に図書館の中だったのだ。開けた視界ではなかったが、目の前にあるのが本棚だったのでそう判断できた。
日常的な学校の風景から始まって、いきなり魔王が現れて、次にまた現実的な場所に戻る……、いまいちこの夢のノリが掴めない。ていうかもう早く帰りたい。
はあ、とため息を吐きながら、――ふとこの図書館の違和感に気付いた。
すぐ目の前で本棚が壁のように立っていたので、避けて進もうとしたのだが、その本棚に接して直角で別の本棚が置かれていた。
見回すと、それ以外にもあちこちに本棚がきっちり密着するように置かれていて、まるで迷路のようだ。
普通、図書館と言えばある程度規則正しい配置で本棚が並んでいる筈である。
少なくとも、こんな、本棚が来館者の行く手を阻むようなことはあり得ない。
「これは……本棚を動かして、道を切り開かなきゃならないな! これが魔王の一つ目の試練ってことか」
魔王め、小癪な真似を、……とでも言いたげに、恨めしそうに天井を見上げて言う晃。
「うーん……、まず、これを動かすんだ」
「動かすって、え?」
本がびっしり収められた本棚。こんなもの子どもの体格でなくとも一人で動かせるわけないのに、晃は軽々と引きずって動かせてみせた。
どうやら晃がスーパーパワーを得ているのではなく、本棚は簡単に動かせる『仕様』であるようだ。
第一の試練は、【パズルゲーム】なのだった。
おそらくこの状況を俯瞰で見られれば分かりやすいだろう。枠内にひしめく様々な形の四角形をうまく動かして、道を作らなければならないということだ。
晃は、まるで予め答えを知っていたかのように、迷いなくひょいひょいと本棚を動かしていく。
適当にやっているだけなのかと思いきや、ものの一分ほどで、晃は難なくそのパズルを解いてみせたのである。
意外だった。普段、あまり勉強を真面目にしない僕よりもさらにひどい成績の晃。ハッキリ言って頭は悪いのだ。しかし、このようなパズルをあっさり解いてしまうなんて。
道が開けて、図書館の奥の出口が見える。晃は「よし行くぞ!」と格好つけて言い、小走りで出口に向かっていった。僕も後についていく。
図書館を出る。
普通に考えるとそこは図書館の裏手に当たるはずだが、学校の敷地内ではないことは一目でわかった。
そこには、城が建っていたのだ。
さきほどクララの夢で見た城と比べると、明らかにまがまがしいオーラを纏っている。すなわち魔王の城だろうか。だとすると、この頂上に魔王と囚われのヒロインが待っていることになる。
「行くぞ、京一!」
またも、きりっと格好つけた顔で言うと、晃は躊躇なく突入していく。
中には誰もいなかった。入り口のすぐそばに階段を見つけ、そのまま城を駆け上がっていく。
ときどきトラップはありながら、しかし意外にも敵が襲ってくることはなく、そのうち頂上に到着した。頂上の部屋、大きめの扉を勢いよく蹴破る晃。
そこには、一人の男が鎮座していた。入ってきた晃を見て、おもむろに立ち上がる。
魔王ではない。
普通の人間の大きさだが、しかし全身が獣の毛で覆われて、鋭い角とキバを生やしている。明らかに人間ではない。城の頂上にいて、その見た目。敵に違いなかった。
「ふっふっふ、よく来たな勇者。俺は魔王軍幹部。魔王様の右腕だ」
「魔王の右腕……」
「そう、魔王様の右腕」
名前はないのか。
ヒロインともども、名前の設定がない。夢の創造主が晃だからだ。細かいことは気にしない彼の性格がよく表れている。
「残念ながら魔王様はこの城にはいない。魔王城は、この城を超えた更に先にあるのだ。もちろん、そこへ行くには俺を倒さなければならない。つまりこれが、第二の試練さ」
そう言って、獣の男がファイティングポーズをとった。晃も同じくする。
カァン、とどこからかゴングの音が鳴った。そして、二人の頭上にゲージが浮かぶ。
第二の試練は【アクションゲーム】だ。
特に分かりやすい、対戦型格闘アクション――いわゆる格ゲーである。
すぐに殴って蹴っての激しい戦いになるのかと思いきや、お互い距離を保って牽制する。
じりじり、と一歩出たり引いたり。室内に緊張感が走る。お互い牽制しつつ、時たま距離を詰めてパンチやキックを出す。
そのたび、光のエフェクトが発生する。しかし、あくまで身の振りに合わせたものであって、派手にビームが出たり、炎が発生したりはしない。
なんだか地味な試合が、しばらく続く……。
派手な攻撃を繰り出し合うというよりは、細かな前後運動を繰り返し、動きを読み合うばかり。格ゲーってこういうものなのだろうか。僕にはわからない。
泥仕合が数分続いてから、ようやく相手が大きく動く。
「くらえ必殺、魔王の右腕!」
獣男が、ものすごいエフェクトを帯びながら渾身の右腕ストレートを放つ!
それも一発ではなく、高速の連発パンチである。
しかし晃はその高速パンチの応酬をひとつひとつ見極めて的確にブロックし、しのぎ切る。獣男が驚愕の表情をしながら、一瞬、動きを止める。おそらく技を出した直後の硬直状態だ。
晃がその隙を逃すわけはない。
すかさず間合いを詰めると、相手の目の前でしゃがみこみ、そして強烈なアッパーをお見舞いしたのだ。相手の体力ゲージが瞬く間に尽きる。
『K.O.』。空中に文字が出る。勝ったらしい。
「やったぜ! どうだ、京一」
誇らしげな顔で、こちらを振り向く晃。「ああ、すごいな」とだけ言葉を返す。心の中では、今すぐにでもこの夢から出たいと思っている。
とにかくこいつはあくまで中ボスみたいな存在。目的は、この城より向こうに建っているという魔王城。まだ終わらないのだ……。
ここから降りて、本物の魔王城に行かなければならない。
さっそく晃が階段へ向かおうとしたところで、不意に地響きが聞こえてくる……。
城の中でなく、外から聞こえてくる。僕らは急いでバルコニーへと出て、外を見た。
この城の向こう、草原の道を辿った先に、この城と比べものにならないほど大きく、そして禍々しく黒い霧が渦巻く怪しい城が見える。
魔王城である。
その魔王城から、イノシシが人型になったような化け物が、大群をなしてどんどんと湧き出てきているのだ。明らかに、この城に向かって進軍してきている。地響きはそのせいだ。
「なっ……」
突然の事態に驚く晃。そのとき、魔王城の上空にぼうっと影が浮かぶ。
「ふははは、勇者よ、見事第二の試練も制覇したようだな。しかし息をつく暇はないぞ。第三の試練だ!」
暗雲の空に投影された魔王の影は、そう言って不敵に笑うと、すうっと消えていった。
「くそう、あんな大群に城に攻め込まれたらもう終わりだ……。精霊を召喚して、この城を防衛するんだ」
「なんだ精霊って」
「俺は精霊を召喚できるんだ」
急な設定である。
晃の頭上に、またゲージが出現した。
さきほどの体力ゲージとは違う。ゲージの横に『レベル』というものがある。今は『レベル1』である。
彼が念じると、この城の門から確かに精霊らしいものが出現した。水やら火やら属性があるのか、様々な色のオーラを帯びた少女あるいは動物たち。
精霊が出現するに合わせて、晃の頭上のゲージが消費されている。でも一旦召喚の間を空けると、ゲージは徐々に回復していく。
そこで、ようやく分かった。
この第三の試練は、つまり【シミュレーションゲーム】だ。
その中でも、『タワーディフェンス』という種類のもの。
敵・魔王軍と、こちらの精霊たちが衝突し、先頭のものたちが攻撃し合う。
叩かれたものがいかにも昇天するように空に消えていく。そいつに代わって後ろからどんどん新しい者が前線に出て行くが、しかしどうも精霊が劣勢だ。どんどん魔王軍がこちらに距離を詰めてくる。
「お、おい、もっとどんどん召喚しなきゃ! 押されてるぞ」
僕は彼に言う。
ゲージには余裕がある。もっと召喚のスパンを早めなければ、敵に攻め切られてしまうのではないか。
しかし彼は冷静な顔で、進軍してくる魔王軍をじっと見る。
相手の進軍はなおも続き、もう少しでこの城へ攻撃が開始されてしまう。じり貧だ。
「ま、まずいって」
僕はあわてて彼の方を見る。
そこで気づく。彼の頭上にあるゲージの、横に書かれたレベルが『MAX』になっている。
「よし、こっから反撃だぜ」
にやり、と笑う晃。
それまでと打って変わってほとんど間隔を空けずに次々と精霊を召喚していく。
それだと一気にゲージが消費されていくが、回復もまた目まぐるしい速度なのだ。
どうやら召喚よりもレベルアップの方にゲージ消費を回していたらしい。レベルが上がったことにより、ゲージの最大値と回復スピードが上昇しているのだ。晃は間髪入れずに召喚を続けていく。数の暴力で、魔王軍を後退させていく精霊たち。
「ここで神獣投下だ!」
晃がそう言うと、城の足元からものすごいでかくて青白く光るドラゴンが出てきた。
他の精霊たちと比べ物にならない速度でびゅーんと飛んで前線に出ていくドラゴン。そして口から炎を履いて、魔王軍のイノシシの怪物たちを一斉に消滅させていく。
なんだあれすげえ、と思っていると、ドラゴンに続いて大鳥や獅子や、果ては羽衣に身を包んだ女神なんかが出てきて、もうあっという間に魔王城まで攻め込んでいく。
その逆転の快進撃は見ていてとても爽快感がある。
そうして、たちまち魔王城は陥落してしまった。
「むう……、勇者め」
崩れ去った魔王城の残骸から黒い煙が立ち上り、それが魔王の姿へと変わる。
「おい魔王、観念しやがれ!」
晃が叫ぶも、魔王はまたも不敵な笑い声を出す。
「ふん、我が城を落としたからといって、終わりではない。まだ最後の試練が残っている!」
そう言って魔王は、いきなり空に向かって飛び出していったのだ。
「追いかけるぞ、京一!」
「え、追いかけるって、どうやって……」
「ここにボタンがある!」
果たしていつからそこにあったのか、この城の頂上の部屋の壁際に、赤いボタンがくっついていた。晃は躊躇なくそれを押す。
すると、ごごごごご、部屋が大きく揺れ、部屋の内装ががちゃがちゃと勝手に変わりだす。
バルコニーがなくなり、大きな窓が出来て、床から椅子がせり出して来て、細かなボタンやハンドルが浮き出してくる。
察するに、操縦席である。
窓の外の風景が、ゆっくり下に流れ出した。
……飛んでいる。
そのまま、地面をずっと離れ、空へ。――宇宙へと、飛び出していく。
なんだこれ。展開がぶっ飛びすぎていてついていけない。
……しかし晃は至極真面目な面持ちで操縦席に座り、ハンドルを操作している。すなわちこの『宇宙船』を操縦しているのだ。
宇宙。一面真っ暗な闇の中に、遠い星々が点となって光っている。
しばし代わり映えのしないその景色が続く中で、不意に前方からなにかが近づいて来るのが見えた。
それは、クラゲとタコを足したような、奇怪な生物だった。
「な、なんだ、あのきもいの」
「魔王の手下だ! 撃ち落とすぞ」
晃がそう言って、ハンドルの左右についたボタンを親指でぐっと押す。
ぴゅん、と安い効果音を発しながら、クラゲダコに向かって光の弾が放たれる。命中し、そいつは消滅するも、また続々と同じ姿の敵が現れ出す。
そこで察せた。
最後の、第四の試練は【シューティングゲーム】だ。
晃は次々に接近してくるクラゲダコを的確に撃ち落とし、あるいは隕石を避け、そして宇宙空間に不自然に浮かぶアイテムらしきものに接触して宇宙船を強化しながら進んでいく。
右に左に、激しく船体が動くが、船内はそれに伴って揺れはしない。
よかった。……でなければ激しく酔って、下手をすれば吐いていたかもしれない。今ここでもし吐いたらそれは寝ゲロということになるのだろうか。
数分間、一切のダメージを負うことなく宇宙飛行を続け、ついに前方に大きな黒い影を捉えた。
マントを纏った、二十メートルほどもあろうかという大きな体。魔王である。
「追いついたぞ、魔王! 観念しろ」
晃が声を上げる。
「ふん。よくぞここまでたどり着いたものだ勇者よ」
低くおぞましい声で答える魔王。
宇宙船の中と宇宙空間とでなぜか会話が成立しているが、でもまあそんなことは今更気にするものでもないだろう。
魔王はその手に、鳥籠を持っている。
中には当然、ヒロインちゃんが閉じ込められている。こちらに向かって、「助けてあきらー」と叫ぶ。……すなわち彼女は生身の状態で宇宙空間にいることになるが、気にしまい。
「よく四つの試練をクリアしてみせたな、勇者よ。しかし、最後はこの私が相手だ。覚悟するがいい」
ここからシューティングとしてのラスボス戦が始まるのだろう。僕はそう思っていた。
――ババン!
「問題」
コミカルな効果音ののち、魔王が言った。
「今まで受けた四つの試練から、連想される言葉を一つ答えよ」
魔王の言葉の後に、チッ、チッ、チッ、と時計が秒針を刻む音が聞こえてくる。時計なんてどこにもないのに。
え? 問題?
……ここへ来て、まさかの最後が『クイズゲーム』。
「答えられればこの娘は返す。しかし間違えれば貴様もろとも死ぬのだ。ふはははは」
晃の頭上には、おそらくライフとしてハートの形が浮かんでいる。
しかしそれは一つだけ。絶対に間違えられないということだろう。
「どうだ勇者よ。答えるか。それともパスか?」
「頭を使って! 頭を使うのよ、あきら!」
囚われのヒロインが叫ぶ。
晃は腕を組み、ぐっと考え込んでいる。
問題は、今までの四つの試練から連想される言葉はなにか……、なんだろう。僕も考えてみる。
図書館での【パズル】、
幹部との闘い【アクション】、
城同士の攻め合い【シミュレーション】、
宇宙での【シューティング】。
……共通する要素とかはないように思えるが。
「なんだ分からぬのか? 答えるか、パスしてしまうか、二つに一つだぞ勇者ァ!」
魔王の長髪に対し、晃がぴっ、と指を鳴らした。
「わかったぜ」
なんと。もう答えが出たらしい。
「パスだ!」
したり顔でそう言う晃。…………、え?
しばし沈黙してから、静かに笑みをこぼす魔王。
「……、ふ、さすがだな勇者。正解だ、娘は返してやろう」
…………。
それが、正解だったらしい。
ああ、なるほど。頭を使って、か。
魔王が霧になって消えていき、鳥籠も開け放たれた。
それと同時に宇宙の闇も晴れていき、そのまま青空へと変わっていった。どすん、と宇宙船もひとりでに地面に着地する。
そこは、最初の場面。――校庭だった。
晃は宇宙船から飛び出して、ヒロインのもとに駆け寄る。少女のすぐ近くまで行ったところで、晃の目の前の空間に、ぽん、と文字が浮かび出すのだ。
『こくはくする』
選択肢は一つだけ。
晃は迷いなく、それを選ぶ。
「好きです、付き合ってください!」
告白を受けた少女は、ふっと笑って、答える。
「ええ。とっても賢いあなたのこと、私も好きよ」
リーンゴーンリーンゴーン。
それは学校のチャイムでなく、教会の鐘であった。
…………
……
/
――そして、目が覚める。
寝ていた筈なのに、なんだかすごく疲れた。
クララと晃、二人分の夢世界を続けて体験したのだ。無理もない。
しかもクララの夢はともかく、晃の夢はとても……長かった。くそ、あの野郎、ハチャメチャな夢見やがって――と心中ぼやく。
ともかくこれで、僕は四人全員と夢世界上でのつながりができたということだ。
キューピーに頼めば、彼ら全員を一つの場所に集めることが出来る。
今夜。それを行う。
……なのでまあ、日中には何もすることがない。
今日は土曜日。何の気負いもなく、ただ無為な時間を過ごすのだ。
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