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151 これから

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「で?これからどうするんだ?」

「もちろん帰るよ!」

「ひよっ」

 華とお友達になってくれたらしい伊吹に改めて訊かれた華は、迷わず帰ると言った。

 藤棚さんへ。
 これから独りで住むことを考えて、必死で造った華の拠点へ。

 己の足で、歩みで、どれだけかかるか分からない。

 それでもこの世界に墜ちて来たあの山へ帰ると決めたのだ。

「…ここが何処だかわかってんのか」

 華には伊吹の鹿と牛の中間…細めの牛だろうか、つまり動物の顔の表情などは読み取れないが、呆れると言うより渋っている声音でその困難さを想像するが、やはり藤棚さんのあるあの山へ向かうという決意は変わらない。

「うん。多分、草原の国って言われているところだと思う。…伊吹くんはここが何処だか知ってる?」

「わからん。あの場所からかなり離れているとしかな。人間の国の名前もよく分からん」

「ひ~よ~」

 え~、知らないの~?と言わんばかりの月子に伊吹がそっぽを向く。

「うるさいな。空飛ぶ奴らと一緒にするな。ていうか月子も知らないだろうが」

 聞けば、伊吹は草原に跳ばされてすぐにこの森に入ったのだと言う。
 その際華はともかく月子もこちらにいることは分かっていたらしいが…。

(んん?)

 何故すぐに合流しなかったんだろうという疑問がもたげたが、逆に合流する必要がなかったからかと。月子と伊吹は特に親しい訳ではなく、一緒に行動する必要は無かったからかと思い至った。
 しかしどうやら華のお友達になったらしい伊吹は、月子と3人一緒に藤棚さんを目指してくれるつもりなのだろうか。
 それは華にとってとても嬉しいし有り難い事である。
 因みに月子は初めから華と一緒に行動する気満々な様子を見せている。

「伊吹くん。あの山へ帰るのに、一緒に行ってくれるの?」

 言質を取ろうとか思った訳ではないが、期待が裏切られるのも嫌なのではっきり訊いてみる、

「ふんっ。俺はいちどあの馬鹿気狂いをぶちのめさないと気が済まないんだ。あの場所も気に入ってたしな」

 ふんすっ、と鼻を鳴らして伊吹は憤ってみせた。
 だから、と。

「千田 華。あんたたちがあそこに帰ると言うなら一緒に行ってやる。目指す場所は同じなんだ。一緒に行動した方がいい」

「うん。ね、華。華だよ、伊吹くん。千田は家の名前だから、華って呼んでね」

「華、か。分かった」

「ひよっ」





 そして3人で現在地と藤棚さんの場所を確認した。

「この森の向こうにこう、山脈があるでしょ。霊峰があって、現在地はこのへん。で、多分藤棚さんはこの辺り。…問題はどうやっても一度は山脈を越えなきゃいけないって事なんだけど…」

 華が薙刀の柄で地面に現在地と目的地を描いていく。

「標高の低い所を選んで行くんだな。…あ、いや待て。確か、山脈を越える人間の街道があったはずだ」

「えっ。それって霊峰の北側?南側?」

「分からん」

「ひよ~…」

 そんな感じで、結局森を出たら山脈を目指し、その麓を南下。街道が見つかれば良し、見つからなければ標高の低い所を探して山脈を越えようということになった。
 その際、人の住む集落や村があっても近寄らず、もし町があればその規模によっては立ち寄るかを決めようということになった。
 大きな町なら立ち寄って、伊吹が生やした稀少な薬草を現金化するのだ。
 そんなことが可能なのかと華が訊けば「分からん」と返って来た。
 伊吹は人と交流したことがほぼ無いので、人間の国や町の事はよく分からないらしい。華の知っているルーシェッツの町を基準に華が判断するしか無いのだろう。月子はというと見たままで、卵から孵って数か月ほどだという。そもそも人間は華しか見たことが無いらしい。

 そして肝心の水や食料はというと。
 水はなんと伊吹が魔法で出すことが出来た。
 食料は森の恵みをあてにする。

「動物や魔獣を狩れればお肉が手に入るんだけど…」

「いないぞ。そんなの」

「ひよっ?」

「どういうこと?」

 きっぱりいないと言い切った伊吹に華と月子が驚く。動物がいないとは此れ如何に。

(あれ?でも…)

 思えば華はここ数ヵ月はそんな場所に住んでいた。それはつまり…。

「俺が動物や魔獣を来ないようにしている」

「もしかしてあの山でも…」

「ああ。俺が動物や魔獣避けをしていた。あの気狂いには効かなかったが」

 それは北斗もだろう。北斗がただの亀ではなく幻獣…伊吹の言うところのチカラのある存在だという証左か。
 ロイたちはあの巨鳥がいるから藤棚さんの辺りに動物がいないのだと推測していたが、伊吹の仕業だったらしい。

「なんでそんな事…」

「は?なんでって、山に住むのにいきなり襲われたら嫌だろ?俺は安全に静かに暮らしたいんだ」

 聞けばなるほど確かにと思うが、魚は急に襲ってきたりしないから対象外だったということか。それが出来る能力が有るとはいえ、何とも器用な事だと華は思った。

「あれ?山にしては虫もそんなにいなかったけど、もしかしてそれも伊吹くんがやったの?」

「俺は虫が嫌いなんだよ!なのに虫には大して効きやしないんだ…」

 どうやら畑をするなら手動で受粉をしなければいけないようだ。
「だいたい虫が好きな奴なんていないだろ」とかぶつぶつ言っている伊吹に、虫が大好きで標本をコレクションしている人間も世の中には存在するということは言わないでおく華だった。
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