上 下
146 / 154

145 転移

しおりを挟む
 ロイは自分の目がおかしくなったのかと思った。
 世界の色が反転して稲妻が落ちたように空が、というよりもっと低い山頂付近の空間が割れたように見えたのだ。
 それも一瞬で、目を見張っている僅かなうちに陽炎のようになり、そして気が付くと何事もなかったかのような静謐さを取り戻していた。

『『『…………』』』

『っ!!戻るぞ!!』

 4騎で慌てて今下りて来たばかりの山を駈け登った。

 竹藪の道を抜け、川を渡ればすぐに竹垣が見える。
 つい先程は北斗が竹垣の外で華を待っていた。

『うそ……』

 何時も掘りの外で馬を降りるが、ロイとシアが開け放ったままの竹垣の門に騎馬のままで駆け込んだ。

『ハナっ!』

『ハナっ!どこ!?ハナーっ!!』

 マールとエドワードは竹垣の外で騎乗したまま警戒している。
 竹垣の中は4騎も入れないし、騎乗したままの高い視点からだと竹垣の外からでも分かった。

『まじかよ……』

 藤棚さんは半壊していた。
 屋根に葺いた茅はほとんど吹き飛ばされて、屋根の骨組みが一部壊れている。
 竹垣も畑側が壊れている。
 外からそれを確認したエドワードは畑を見て声を上げた。

『ロイ!シア!こっちだ!!』

 綿が綺麗に並んだ畑も一部潰れていて、その上。

 鬱蒼とした木々の上で、白く大きな鳥が低く羽ばたいている。
 その下にいる何かと戦っているようだった。

『ハナ!?』

 シアが騎馬でそこへ向かおうとしたとき、白い鳥がシア達に気付いた。

「ーーーー!!」

『ぐっ………』

 鳥から放たれたと思われる衝撃波で吹き飛ばされそうになるが、馬上で伏せて耐える。

「ギャーーッ!ギャーーッ!!」

 衝撃波が止んだと思ったら、鳥の下方から逆さまにした雨のように礫が鳥を攻撃していた。

 その隙に4騎で畑の上に駈け上がり、礫の下に向かった。

 しかし。

『……ホクト?』

 そこに華の姿は無く、いたのは亀の北斗。

 4騎がそこに辿り着いた時、北斗の周囲から打ち出される礫に追われ、鳥が飛び立って行くところだった。

『北斗…。幻獣だったのか…』

 神獣の眷属。知能が高く、魔法を使う事もあると云われている。
 マールとシアは初めて見る魔法だった。
 しかし、初めて見た魔法よりも今は優先することがある。
 サラから降りてシアは北斗の前にしゃがんだ。

 鳥が去った事で礫は止み、シューシューと息を荒く鳥のいた方を睨み付けていた北斗にシアが尋ねた。

『ホクト。ハナは?ハナはどこ?』



 答えは無く、その後の捜索でも華が見付かることはなかった。











 鬱蒼とした山の中にある藤棚さんにいたはずなのに、華はいつの間にか草叢に横たわっていた。

 何もない空間にぽいっと投げ出されたような感覚は覚えている。

(なんか…既視感………)

 転がったまま手や足首を動かしてみる。痛みや怪我などは無いようだ。
 キョロキョロと視線を動かしても見えるのは穏やかな空と膝丈くらいの草ばかり。

 華は状況が分からなくて起き上がれないでいた。

 周囲に人や動物…魔獣がいたら。
 起き上がって発見されてしまったら。

(でもずっとこのままでいるわけにもいかないし…。そっと起き上がってみる?)

 そう思った時、ガサガサと草を掻き分ける音がしてびくっとした。
 それは真っ直ぐに華のところへ向かって来る。

(あれ?でも…)

 その音がすぐそばまで来たとき、ガササッと黄色いふわふわが草叢から飛び出て来た。

「ことりさん…」

「ひよひよひよひよひよひよひよひよ」

 ひよこに似たフォルムの物体がすごい早さで華のところまで歩いて来たと思ったら、華のほっぺにすりすりしだした。

 まあるい体はひよこに似ているが、しっかりした羽もあるし先程はちゃんと飛んでいた。太った雀のような見た目の小鳥の目が黒曜石のようで華は親近感を覚えた。

「ひよひよひよひよ…」

「……ないてるの?」

 華はむくりと起き上がり、小鳥を大事に掌に抱き上げる。

 辺りは見渡す限りの草原。
 遠くに森が見え、その遠くの背景にうっすらと霞がかった大山脈が、万里の長城のように横たわり空と草原を隔てている。
 周囲に人はいないようだ。

「ふっ…うぅ~…っ。うっ……ーーっ」

 分かっていた。
 東京はきっと焼け野原でこんな草原などどこにも無い。
 それでも自分が草叢に転がっていると思った時、まず心配したのがB29スーパーフォートレス…敵機の存在だった。人や魔獣に発見されるよりも敵機からの攻撃をとっさに考えたのは、また異界の門を潜ることが出来た、帰って来たと思ったからだ。

 違うと。
 草原や大山脈、藤棚さんで会った小鳥を見て、東京に帰れた訳ではないと悟った華は、天を仰いだまま涙していた。

 華の慟哭を、掌に包まれて共に啼く小鳥だけが聞いていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

砕けた愛は、戻らない。

豆狸
恋愛
「殿下からお前に伝言がある。もう殿下のことを見るな、とのことだ」 なろう様でも公開中です。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる

兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。

【完結】逃げ出した先は異世界!二度目の人生は平凡で愛ある人生を望んでいるのに、平凡では終われない

絆結
恋愛
10歳の時に両親と妹を一度に事故で亡くし、親戚中での押し付け合いの末、叔母夫婦に引き取られた主人公。 暴力、暴言、実子との差別は当たり前。従姉妹からの執拗な嫌がらせの末暴行されそうになり逃げだした先は異世界。 ─転写─ それは元の世界の自分の存在を全て消し去り、新たな別の世界の人物として魂を写すこと。 その人の持つ資産の全てを貰い受ける代わりに、別世界に創られた"器"にその魂を転写する。 前の人生の記憶は持ったまま、全く別の身体で生まれ変わる。 資産の多さに応じて、身体的特徴や年齢、性別、転写後の生活基盤を得ることができる。 転写された先は、地球上ではないどこか。 もしかしたら、私たちの知る宇宙の内でもないかもしれない。 ゲームや本の中の世界なのか、はたまた死後の夢なのか、全く分からないけれど、私たちの知るどんな世界に似ているかと言えば、西洋風のお伽話や乙女ゲームの感覚に近いらしい。 国を治める王族が居て、それを守る騎士が居る。 そんな国が幾つもある世界――。 そんな世界で私が望んだものは、冒険でもなく、成り上がり人生でもなく、シンデレラストーリーでもなく『平凡で愛ある人生』。 たった一人でいいから自分を愛してくれる人がいる、そんな人生を今度こそ! なのに"生きていくため"に身についた力が新たな世界での"平凡"の邪魔をする――。 ずーっと人の顔色を窺って生きてきた。 家族を亡くしてからずーっと。 ずーっと、考えて、顔色を窺ってきた。 でも応えてもらえなかった─。 そしてある時ふと気が付いた。 人の顔を見れば、おおよその考えていそうなことが判る─。 特に、疾しいことを考えている時は、幾ら取り繕っていても判る。 "人を見る目"──。 この目のおかげで信頼できる人に出逢えた。 けれどこの目のせいで──。 この作品は 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。

112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。 目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。  死にたくない。あんな最期になりたくない。  そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...