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127 防空体制下

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 この日、華は自分が戦禍を逃れて来た事を初めて話した。

 別に隠していたわけではない。
 言葉の問題もあるとは思うが、独り山中に住む華を気遣ってか誰も華の家族について触れて来なかった。
 聞かれなかったし話さなかった。

 どう思っただろう。
 独り戦禍を逃れて山の中でのんびり暮らしている華を。

 非国民?
 それとも女子だから疎開は仕方ない?

 違うんです。と華は言いたい。

(もう、わたしは死んでいるの)

 だからもう帰れないし、戦いに参加することも出来ないのだと。

(でも、言えない)

 やはり誰も日本どころかアメリカもイギリスもオランダも支那も知らなかった。
 当然だ。

 だって、こことは違う、異界の国なのだから…。





 そんな話をしたからだろうか。
 その夜、華は久しぶりに故郷の夢を見た。



 3月の内はちょくちょく空襲の夢を見ていた。
 藤棚さんの周辺の静けさが、空襲警報が鳴る直前のようで、今でも夜中の変な時間に目を覚ましたり。

 開戦から半年くらいで本土への空襲が始まったけれど、分散計画…疎開する人はほとんどいなかった。
 以前からあった防空訓練も防空法が出て日常的になっていたし、婦人会でだって消化訓練も頻繁にしていた。一戸にひとつ、庭の地下に防空壕も掘った。爆撃でガラスが飛び散らないように窓ガラスにも紙を貼った。ラジオや鉄カブトや防空頭巾も常備して。爆撃の的にならないように灯りに被いをして爆撃機を郊外に誘導することにも成功していた。

 でも去年サイパンが獲られてからは本土への空襲が本格化して、夏頃に集団疎開で子供達は都市部からいなくなったけど、残った子もいた。

 華くらいの年の子は小学校時代から防空訓練をしているけれど、華はガスマスクを着けての防空訓練が一番嫌だった。
 主要なガスとその処置法を覚えるのは何てこと無かった。寧ろ勉強することが増えて嬉しいくらい。
 でもガスマスクは息が苦しいし視界が遮られるし臭いしでしたくなかった。

 そもそも日本もアメリカもジュネーヴ議定書で戦争では毒ガスなんかの化学兵器は使わないはずなのに、ガスマスクを着けて訓練する必用なんかある?それとも鬼畜米英は毒ガスを都市部に散布するくらいする?

 華はそう思っていたが、夢の中で誰かが言った。

『日本が化学兵器の準備をしているんだから敵だってしているに決まっている!』

 そうなの?日本が毒ガス攻撃をするの!?

『神国日本は化学兵器等に穢されない!きっと神風が吹いて敵機ごと退けるはずだ!!』

 ……それはどうだろう。



 ガスマスクもだが、華は竹槍の訓練が嫌だった。
 修練の時間も内心では無駄なことをしていると…竹槍では敵兵は倒せないと冷めた目で見ていた。
 そして自分では……薙刀で敵兵の銃弾を斬る練習をしていた。
 兄に大笑いされて喧嘩になった…。

 しかし元々速さには自信があっての事だったが、すぐに現実的ではないと気が付いた。
 銃弾を斬るより、銃弾を避けて敵兵を斬った方が確実だ。

(でもあんなに笑って馬鹿にしていた兄さまが、出征前に銃弾を斬る練習を真剣にしていた)

 出征する兄と従兄弟へ千人針を贈りたくて、街頭での協力は募らず、同級生や小学校中学校で一緒だった女の子にも華がお願いしに行って刺して貰った。

 白い布に赤い糸でひと刺し、ひと刺し。
 血の色。日の丸の色。魔除けの色。

 たまたま道ですれ違ったお相撲さんにも寄せ書きを入れて貰った。

(だから。だから、大丈夫。兄さまにも輝兄ちゃんにも銃弾は絶対当たらない)



 そんな訳、ないのにーーー。







 宴は昼餐を兼ねたガーデンパーティーと晩餐で、侯爵家別邸に向かう時、華達は代官役宅からの短い距離をゴムタイヤを履いた馬車を楽しんだ。

 森に向かって建つ屋敷は町には背を向けて建っている。
 裏から入れば近いのを、わざわざ北門を通過して街道に入り脇道から別邸に向かった。

『やっぱりすごいわねえ。このゴムタイヤって』

 すでに何度も試乗をしているファーナが言うと、ルナリアも何度も頷いている。

『こんなにも振動がしないなんて。快適だわ!』

 華としてはまだまだガタガタゴトゴトはしている気がしていたが、それは恐らく道路のコンディションの問題だろうとも思っていた。山道で乗せて貰った馬車を思うと遥かに快適だった。
 ゴムタイヤ自体は華の予想もしなかった、細いチューブを無数に巻き付けた物で、その上のゴムカバーをしなければ小回りも効きそうなアイデアタイヤだった。
 しかし物が馬車なので、固いカバーが無ければすぐに駄目になってしまうのだろう。

 馬車は森を抜けて侯爵邸の正面ファサードが目の前に現れた。
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