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125 賢者の国

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 華はゴムタイヤの中身がどうなっているのか知らなかった。なんとなくチューブ状の空気の入ったゴムが中に仕込まれているのではと想像していた程度。
 しかしこちらで出来上がったゴムタイヤは、車輪に指より細いチューブ状のゴムの輪が無数に巻き付けてあり、固めのゴムのカバーでそれを覆っている。

 馬車を作るならと、バネ…スプリングについても話したが、馬車の力が何処に掛かって何処にバネを付けたらいいのかなど華は知らない。すべてローレンス商会の職人達が研究開発したものである。

『しかし、ハナが教えてくれなければ我々が知ることのなかった技術です』

 なんとなくでも『こういうものを作れ』と完成形を教えられたからこそ職人が試行錯誤してそこにたどり着けた。そしてそれは今でも続いている。

『馭者がな、初めはあの黒い足回りを気味悪がっておったが…すぐにあの乗り心地の虜になりおった。馬もさして疲れておらんようだ』

 話を聞きながら新しく出来上がった紙を捲ったりして手触りを楽しんでいたロットバルトが、馬車を操っていた馭者の誇らしげな顔を思い出して言った。
 今回、最新式の馬車の試乗と称して街道を走らせたが、他のゴム製品、紙やタオル、縮緬等の布は町の外には出していない。職人にも口止めをしている。

 ずっと輪ゴムを指に掛けて遊んでいたピエールが呟いた。

『こんなものがありふれているとは…。面白そうな国だな。ニホンか…』

『ピエール様。こういった物だけではないのですよ。そうだな、ラインハルト?』

 ロットバルトが代官であるラインハルトに訊いた。

『はい。彼女が自宅に作っている畑を参考に試験的に畑を作らせました。発芽が揃っているのもそうですが、根張り、水捌け、管理のしやすさと、これまでとは格段に違うそうです。葉物はそろそろ収穫出来るものもあるようですが、作物の出来自体が今までとは違うようです』

 ゴムや紙等の製品とはまた違う、国力に直接関わる生産力が上がる話をされて、ピエールが唸る。話を振ったロットバルトまでもが初めて知る試みの結果に驚愕した。

『いや、待て。その少女は学生だと言っていたな?何故畑の事に詳しい。農民の出だと言うことか?』

 それともそんな畑の知識までもがありふれているというのか。
 帝都で学生と言えば、ちょっと複雑な計算や歴史、経営等を教わったり研究したりで、それにしては実践的な事にはあまり詳しくなく、どの現場でも即戦力としては役に立たない印象だった。

『いえ、ハナはブケの出…シゾクだと言っています』

『ブケ?シゾク…?なんだそれは』

 その国の職や家格なのだろうが、アルベルトの言う言葉はピエールが聞いたことがないものだった。ロットバルトもだが、フラウベル、ラインハルト、その後ろに控えているグレイルも同じような顔をしている。

『どうやら軍人の家系をニホンではブケ、シゾクと言うようです。昔は騎士のようなブシを輩出していたようですが、現在はブシというのはいないそうです。ハナの話から推察したのですが…時代が変わって政治体制が変わったのではないかと』

 華はハッキリと80年前と言っていた。アルベルトはそこで社会の仕組みが変わるなにかしらの政変があったのではと思ったのだ。
 今年70になったアルベルトは、ついつい自分が生まれる10年前か…と考えてしまう。父ロードバルトが内親王である母メイリーンを娶った頃だろうかと。

『軍人の家系だと!?余計にわからんではないか!軍人の娘が畑に詳しいなどと…』

『畑にも、だな。…これがそのニホンの国民の一般的な知識であるのだとしたら何か?そのニホンは賢者の溢れる国ではないか』

 これまで聞いたことが無かった国の存在に、狐狸の妖獣に騙される昔ばなしを思い出したロットバルトは遠い目をしてしまったが、妻の声で我に返った。

『…そんな遠い国の娘さんが独りでこの国に来たのは何故なの?言葉も通じないのよね?』

 フラウベルの質問は尤もだった。
 グレイルの手前口には出せないが、それも誰一人住んでいない山の中に華は独りでいるのだ。アルベルトも常々疑問に思っていた。

 しかし、言葉の壁があり、これまで聞くに聞けなかったその事を、先程華の国の名前が出た流れで尋ねてみたのだ。
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