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120 ゼカリア大公国

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    ゼカリア大公国は成立して200年経たない国である。

 その成り立ちは、肥大し過ぎた帝国から独立させたものであり、国を委されたのは時の皇帝の弟大公。

 飢饉や戦災により幾つかの国が、強大な帝国に庇護されようと自ら降ることが続き、帝国が支えきれないほど拡がってしまったのだ。
 それらの所謂属国とゼカリア大公国とはまったく立ち位置が違うものであり、大公家の直系は帝国皇帝の継承権すらあった。

『これは今回のグレイル卿の件で発覚したことですが…。誠に愚かしい事ではありますが、件の皇子殿下を始め、そのような思い違いをする者が若い貴族の中にいるようなのです。そもそも以前より属国を下に見すぎている風潮はあったのですが…』

『属国出身者相手なら何をしてもいいということか』

 そもそも大公国を属国と侮るとは…。ロットバルトは腹立たしく思ったが、大公殿下や使者殿の手前、発言はしなかった。

『恐らく、大公位を継ぐ際に帝国議会の承認が必要であることからの誤認なのだろうが…。その皇子殿下はきちんと教育を受けて居られるのか』

 帝国皇族に対して侮辱とも取れる大公殿下の発言ではあるが、ごもっともな内容であり、さらには大公殿下御自身も帝国皇族の一員である。使者は無言で礼を執り畏まるしかなかった。

 しかし帰り際、非公式の発言として、使者は皇帝の言葉を残していった。

『陛下は今回の件を受け、そろそろ王国を名乗っても良いのではないかと仰せです』

『ヘルムートもお怒りか。まあそうだろうな。…しかし、そのような愚かしい思い違いをする者には名を変えたところで認識が変わるものではなかろう』

 皇帝を呼び捨てにする大公は、王になる気はないと言った。





 そのようなことがあって、間を置かずに報告という形でもたらされた、グレイルの祖父であるアルベルトの話にはより興味を惹かれた。

 アゼリアル大山脈の山中に、高度な文明を持つ集落があるかもしれない。

 それまで噂でも聞いたことの無いような話ではあるが、遭遇したのは少女一人だと言う。それはつまり、分け入ることの出来ないような秘境ではなく、交流出来るような場所にその集落があると言うことだ。

 そこと交流することで大公国の国力や価値が上がり、帝国貴族共に存在感を示す事が出来れば侮られることも減るだろうと、まだ詳細が何も分からない時点で妄想してしまった。

 アルベルトは前侯爵の末弟でロットバルトの叔父にあたり、妻の生家であるローレンス商会の行商に共に赴き、祖父の時代から国を跨いだ各地の情報を侯爵家へもたらしている。
 必要とあれば外交交渉の根回し的なこともしてきた人物だ。

 そのアルベルトがにこにこと、機嫌良さそうに出会った少女の事を語るのだ。
 しかも当分は極秘扱いで自分や商会に任せて欲しいと言う。
 国力向上とまでは行かないまでも影響力のある案件だろうと想像が出来た。

 それから二月程でもたらされたものは。

 間違いなく帝国どころか世界を変えると思われる物だった。
 物だけではなく農地等に関する情報もあったが、まだ極秘扱いは続いている。

 皮紙でない紙やゴムという樹液の利用だけでも大事だったし、エンピツなる筆記用具に驚愕していたら先日新たにマンネンヒツという、ペンにインクが仕込まれた物まで持ち込まれた。

 これがすべて、一人の少女がもたらしたものだと言う。
 そう、集落等何処にも無かったらしい。
 聖獣様のお膝元に独りで暮らしているとの報告だった。

 ロットバルトは孫と同じ年頃の娘が、言葉も解らぬ異国の山奥に独りで暮らしていると聞いて、アルベルトと同じようにこれらの情報を秘匿している。

 侯爵家、ひいては大公国のためにこれらの情報は有効活用させてもらう。
 しかしこれは、その少女を守る武器でもあるはずだ。
 言葉の壁があり、未だに少女の出自等の事情は分からないというが…。
 ロットバルトは侯爵家の力でもって必ずや少女の力になろうと心に決めていた。

 そして、初夏。
 少女に直接会う機会を作ってみた。

 前以て、グレイルが少女に傾倒していて、少女を前にすると壊れるのでご寛恕をと言われている。
 わざわざ言うほどの壊れっぷりは見てみたい気もするがはっきり言って不安の方が大きい。少女の心が心配だ…。
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