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117 東門

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    ルーシェッツの町。東門の当番兵士タイラーは、欠伸を噛み殺すことなく大きく口を開けた。

『おいお前!』

『すいまっせえん!』

 途端に叱責が飛んで来て、タイラーは(うぜえ)と思いながらも謝罪を口にした。

『欠伸は見えないようにしろ!あとすみませんではなく、申し訳ありませんと言え!』

『はいっ、申し訳ありません!』

(何でお前がここにいるんだよ!)

 内心で悪態を吐く。

 目の前の若い黒髪の偉丈夫は、春に突然やって来てこの町の町兵の指揮官に収まった。

 タイラーは知らなかったが、他の門番達の噂だと元々この町の出身で、帝国の騎士団にいたのを追い出されて戻ってきたらしい。
 それが領主の一族だと言うのでいきなり指揮官に抜擢だ。
 当然、今までナッシュ兵士長の指揮下でのんびりやってきたタイラー達には面白くなかった。

 何でも、ただの門番だと思っていたこの町の兵士はモルメーツ侯爵領の領兵団の一部隊…ルーシェッツ町兵部隊と言うそうで、その領兵団を率いるのは騎士団らしい。
 その騎士団の騎士様達が、今まで指揮官がいなかった部隊に配属されたと言う説明がされたのだが、正直タイラーにとってはいい迷惑だった。

 これまで町の門に立ってぼーっとしていれば給料が貰えた楽な仕事だった。実際、家の手伝いなんかしたくなくてぼーっと突っ立っている門番を見て楽そうだと思ったから門番になったのだ。
 西門は人の出入りも多くて忙しそうだったので東門を希望したら東門の門番になることが出来た。
 しかも常に3~5人いるから、たまに何かで町の人間に呼ばれても他の門番が行ってくれる。夜勤はあるが本当に楽で最高な仕事だったのに。

 それがこのグレイルと、アランという補佐の二人の騎士様がやって来てからちっとも楽ではなくなった。

 まず各門に固定ではなく4つの門でのローテーションになった。
 班長以外が1月毎にそれぞれ異動して別の門に詰める。
 それだけでも面倒だとタイラーは思うのに、町中警らの仕事が増えた。これになると町中を巡回…つまり歩き回らなければいけない。

 そして最高に面倒なのが、訓練だった。

『ただで訓練が受けられて給料まで貰えるんだぞ!何が不満なんだ?』

 などとナッシュ兵士長は言うが、タイラーは不満しかなかった。

 走り込みから始まり、素振りや武器の扱い方を学ぶのはまだいい。
 しかし毎回毎回、立ち方歩き方整列の仕方、礼の執り方挨拶の仕方…。

(立って歩くぐらい誰でも出来るっつーの)

 それでも町の顔になる門番の立ち方がみっともないのは駄目だとか、同じく巡回兵の歩き方がだらしがないのは駄目だとか言われたら、まあ仕方ないかとは思う。
 実際タイラーは歩き方が出来ていないので巡回に出せないと言われている。
 それでも良かった。行進とか言うのが出来たら面倒な巡回に出なければいけない。

 しかし騎士様や教官役の領主館詰めの領兵に言わせると、タイラーは挨拶どころか謝罪も出来ないらしい。今はそれでも、訓練をしてもいつまでも出来ないようだと辞めさせなければいけないと言われて、いつの間にか自分が落ちこぼれている事に気が付いた。
 周りを見ると、タイラーが憧れたぼーっと突っ立っている門番は何処にもいなかった。いつの間にか皆、訓練を受けた兵士だと判る立ち姿になっている。

 最初は一緒になって騎士様の悪口を言っていた奴等も、今では大型魔獣討伐の時の事を誇らしげに話したり、帝国の話をコノエシダンがどーの、コノエキシタイがどーのと言っている。

 その騎士様が、何故か今日は東門に詰めている。
 班長によると、要人の出迎えらしい。

(早くどっか行ってくれねえかな)

 せっかく他の門から古巣(?)の東門に異動してきたところだというのに。
 いつまでも騎士様に居座られては気が抜けない…などと思っていると、東の街道から騎馬が駆けて来るのが見えた。

(面倒事か)

 やめてくれよとタイラーが思うまでもなく、とっくに気が付いていたらしい騎士様が門の外に出た。

『ハナ、久しぶり!元気だった?会いたかったよ!』

『何でグレイルがこんなところにいるの!いや、分かってるから言わなくていいよ』

 女二人乗りの騎馬に近付い騎士様が、止まりきっていない馬の後ろに乗った少女に一生懸命に話し掛けるが、無視された形の前の女性…シアは構わず馬を降りることなく事情を話した。

『山脈街道の方に狼の群れが出た。率いていた山牙王も含めて討伐済み。ちょっと数が多いから荷車を取りに来たの』

『なに!?ハナ、怪我は無い!?大丈夫!?』

 頻りに後ろに乗った少女を気にしている事から、待ち人の要人とやらがこの少女だというのは分かるが、端から見ていてもちょっと鬱陶しい。

『大丈夫。けがない』

『シア、そんな危険なのに何故単騎で来るんだ!エド兄は!?狼なんか埋めて来れば良かっただろう!?』

『うっさいな…すぐそこだってば。ハナが毛皮が欲しいって言ったの!ね、ハナ』

『もふもふ“勿体ない”』

 華が頷いて言った。
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