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98 大きな猫

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『なんじゃこりゃーー!?』

『なんじゃー?こ?』

 マールが上げた山中にこだまする大きな叫びを例によって華が反復しようとするが、シアによって止められる。

『覚えなくていいから』

 馬上からファーナが困った顔をしている。

『華みたいな小さくて可愛らしい子の口からそんな言葉が出てきたら、みんなびっくりしちゃうわ』

『意外にギャップが受けて変な輩に付きまとわれそうだね…』

『?』

 華は川に晒したままの大きな猫を見てマールが声を上げたので、大きな猫の名前を『なんじゃこりゃー』で覚えるところだった。どうやら違うらしい。
 大きな猫を指して『なんじゃ?』と聞くとロイが名前を教えてくれる。

『これは“闇豹”だな。“まだら猫”なんて言われたりもする。夜行性だから、この黒まだらの毛が迷彩になって忍び寄られると接近に気付き難いんだ。よく無事だったな』

『やみひょー?ゆうがた。かいどう下、出た。おもい。やり、おれた。…ごめんなさい』

 ロイに貰った槍が折れてしまったと肩を落とす華だが、元々折れて使えない槍だったし、そもそもちび鉛筆と交換したことを忘れている。

『無事ならいいさ。それで町に槍を買いに来たんだな』

 バルミラ討伐の前に槍を買いに来たとは聞いていたのだが、華の言う“大きな猫”を実際に見て納得した。岩熊もそうだがよく仕留めたな、と。

(それにしても…)

『ねえ、ハナ。やっぱり山で暮らすのは危険ではない?』

 こんな魔獣が出るなんて、とファーナが不安気に言う。
 ルナリアにも一緒に町で暮らそうと誘われていたが、『家、だいじ』だと華が言うのでルナリアはしぶしぶ引っ込んでいた。

 華としては藤棚さんを離れる気はなかった。
 藤棚さんといれば東京に帰れると思っている訳ではない。華はあちらですでに死んでいるのか、生きたまま異界の門をくぐったのかは分からないが、少なくとも今はまだこの山で、藤棚さんを家にして暮らしていきたかった。
 ここに来てから半月余りでせっかく快適に調えたのに、というのも今は大きい理由だが。

(あまりにも豪雪に見舞われるようなら、冬の間だけ町で暮らすのもいいかな)

 いちど町に行った事で、ようやくそんな選択肢も浮かんできたが、その時になってみないとわからない。
 それに、ファーナ達が心配しているのはおそらく魔獣の事だろう。

『ここ、まじゅうない。まじゅう、かいどう下』

『え!?どうゆうこと?』

 シアが驚いて聞いてくる。全員驚いているようだった。

『山、上。まじゅう、ない』

『……』

 華は魔獣が出るのは街道より下で、街道より上、少なくとも藤棚さん周辺では魔獣どころかうさぎやらリスやらも見ていない。たまに鳥を見るくらいか。
 例外は落ち化蛇と気弱さんだが、どちらも下で遭遇する魔獣と違って襲いかかって来てはいない。

『言われてみれば、ここまで魔獣を見ていないな…』

 街道を進んでいるときは今日も、遠くに狼種だと思われる姿を確認していたロイだったが、休憩場所からこちらまで、あまり生き物を見ないことに気が付いたのだった。
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