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79 懸念

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『明後日の朝には町を出ちゃうんですって。急だけど朝になったらお泊まりしないかって誘いに行ってくるわね』

 もしお泊まりを断られても食事にくらいは来てくれるはずよ、とファーナが言うのでルナリアがこっそり用意していた客間を見せると、ぜひお泊まりに来てもらわなければと母娘で盛り上がった。

 報告に来たアレックスと翌日の案内を買って出たシアには、華をこの屋敷に招待する前にしなければいけない重要な報告がまだあるのだが、この母娘のはしゃぎっぷりを目にして報告し損ねていた。
 華をこの屋敷に招待する前に対策を練らなければならないが、どう報告すればグレイルの異常行動をソフトに伝えることが出来るのか。

 報告を聞いた後の反応が想像できない。

 嘆くか怒るか。

 こんなときに限ってアルベルトもラインハルトも魔獣討伐後の後始末で代官所に詰めている。そちらへの報告はグレイル本人かアランもしくはナッシュが行くはず。
 グレイルが屋敷に帰って来る前に報告を済ませて対策を考えたいところだった。

 しかし、シアは数年前までのグレイルしか知らず、アレックスはそもそも甥っ子アランの幼馴染みくらいの認識で、対策と言っても知っていることすべてをありのまま報告して注意を促すくらいしか思い付かない。
 ちなみにアレックスはファーナの末の弟の子なので、グレイルとは親戚ではあるものの、叔母ファーナの孫…従姉妹ルナリアの子とは今までそんなに接点はなかった。

『御二人とも…、グレイルの事は……』

『ええ、聞いてるわよ。魔獣を討伐したんですってね』

『お家に帰って来る暇もなかったのよね?大変よね。お父さんと一緒!…別に怒ってないわよ?』

 怒ってる人の怒ってないアピールは少なからず周囲を緊張させる効果があるようだ。

 シアの方がうまく説明出来そうではあるが、ここはリーダーであるアレックスが報告説明をするべきだろうと言葉を選びつつ話す。シアだと私情の混じった説明になりそうでもある。

『どうやら昼過ぎに町に戻ってきて武具店で装備を調えていたようです』

『あら』

『まあ、魔獣が出る前で良かったこと。指揮官の騎士が装備も調っていないのでは示しがつかないものね』

『その、ラジネの武具店に行った際にですね、ハナに会って…その……』

『まあ!グレイルったらハナにもう会っていたの!?すごい偶然ねえ』

 ファーナは単純に喜んでいるが、単純に喜ぶ内容ではない核心部分を言い淀むアレックスの踵をコツンと蹴りつけるのはもちろんシアの靴だ。

『どうやらグレイルはハナに一目惚れしたらしいんですよ』

『シア』

『まああっ!!』

『きゃあ!』

 焦れったかったのだろう。シアが言ってしまった。
 ファーナは驚き、ルナリアは息子の一目惚れ報告に目を輝かせている。

『それだけならいいんですけど。グレイルが言うには、宿までハナの後を付けたって』

『後を…?どうして?』

『それが、“かわいかったから”って…』

 シアが言いながら思わずといったように身震いをする。

『っ、なんてこと…!』

『ハ、ハナは?無事なのよね…?』

『はい、幸いハナは付きまといには一切気付いていないようです』

『魔獣が出たお陰で、付きまといだけで済んでいますけど…ハナがこの家に来るとなったら何が起こるか分かりません』

 正確には『グレイルが何を仕出かすか分からない』のだが、実の母親と祖母を前にすると言いずらく、シアも微妙にぼかした言い方になってしまった。

 何せ、グレイルは華と親しくお話ししたと思い込んでいるようなのだ。
 一方、華の方はというと、武具店にいた不審な男は覚えているかも知れないが、おそらくグレイルの名前も知らないし、顔も覚えているかすらあやしい。それどころかグレイルの話からすると、武具店の店員だと思っている可能性が高い。

 …たまたま入ったお店の店員に後を付けられるというのもそれはそれで恐ろしいが。

 シアがグレイルと華を会わせることの懸念をファーナとルナリアに訴えると、ファーナは考え込んでしまい、ルナリアは動揺して青い顔でふるふるしている。

『グレイル自身もさっきまでハナに一目惚れしたことに気付いていなかったようなので、まずは様子をみてみるのも有りかもしれません』



 そうしてアレックスの提案に乗ったファーナだったが、結果、馭者をしていたグレイルをちらりとも気にした様子のない華を見て、思わず溜め息を吐いてしまった。
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