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55 町に到着
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『うーん、考えても仕方がないですね。御二人とも、詳しいことが聞けるようにこちらの言葉を教えてあげてください』
ホーソンの言いようにファーナが反応した。
『ホーソン。こちらの言葉を覚えてもらっているのよ』
『そうだね。ハナは別にこちらの言葉を覚えなくても山で暮らすのにはまったく困らないのだからね。それを必要としているのは我々の方だ』
『……そうでした。失礼しました』
ファーナの癇に障った事に気付き、すぐさま謝罪をしたホーソンは、お詫びとして華に自分から、貴族や商家の子供が文字や言語を覚えるのに使うような簡単な本を贈らせてくれと夫妻に願った。
『わかったわ。…過剰反応だったかしら?』
『いえっ、』
『いや、どうだろう。ハナの持ち物や知識をこうやって利用させてもらおうとは思っているけどね。これからの事を考えると、ハナを食い物にしないためにも少々過剰なくらいでいい気がするんだ』
ファーナもホーソンの言葉の綾だと分かったのでこれ以上は言わない。
なんといってもホーソンは、公正公平、どんな相手にもフェアな取引をすることを信条としているローレンス商会の現会長だ。アルベルトの言はホーソンに改めてそれを思い出させる為でもあり、今後訪れるであろう嵐に対する心構えでもあった。
もちろん嵐とは華の事ではなくーー。
その頃華は、大分麓に近いところまで来ていた。
街道は山道を下りたり登ったり下りたりして続き、段々麓へと近付き、そして初めての追分にたどり着いた。
(脇街道…じゃ、ないね。うん)
あちらの道もそれほど立派なものではないが、明らかに華が歩いてきた道の方が脇街道だった。
そもそも途中で休憩はしたが、7、8時間歩いて誰にもすれ違わなかった。
馬車の轍が続いていなければ軽く心が折れていたかもしれない…。
追分のささくれの向こうにも今は人影は見えないが、合流した街道の先には荷車を引く人の後ろ姿が見える。
それを見ながら歩いて行くと、追分からいくらもしない内に、木々の間から麓が見えるようになってきた。そしてその先も。
「わ…わわっ」
遥か彼方まで見通せるような広い広い平野が見える。
点在する森と農地と、町も見てとれる。
この街道の先があそこに続いているのだろう。
(もうすぐだ。もうすぐ町に着く!)
目的地が見えたことで、疲れた足を元気に動かす事が出来た。
それからいくらもしない内に麓へとたどり着き、道の先に町が見えるようになった。
どんどん近くなる町を見ながら歩いていると、新たな追分に出会う。
華が歩いて来た道幅の3倍くらいある立派な街道は、ファーナの幌馬車がすれ違うことも余裕でできそうだ。
こちらと違って人や馬車が往き来しているその街道に入ると、町の方から来た人たちにもすれ違う。
(やっぱりいないのかな)
華を追い抜いていく人、すれ違う人の中に日本人はいなかった。
大きな街道に入って少し歩くと、町に入る列が出来ていた。
そろそろ日が傾いてきている。
特に待たされることも引き留められる事もなく列に混ざって町へ入る。
(お巡りさんじゃなくて、兵隊さん?憲兵さんかな…)
町の入り口には数人の兵が立って人の出入りを監視していた。
町に入る時になって、華は町が立派な塀で囲まれているのに気が付いた。
町を塀で囲うなど、東京で暮らしていた華には考えられない事だった。
(こんな、石造りの塀を作らなければいけない…防衛が必要な事があるの?………戦争?戦争があるの?)
周りを見ても戦の気配はしない。
ふらふら歩いて見えたのかもしれない。
通りに面したお店の呼び込みをしていた人に声をかけられた。
『ちょっと、あなた大丈夫?うちで休んでいかない?ほら、ここ、宿屋よ』
濃い金髪のお姉さんが指した木の看板にはベッドが描かれている。分かりやすい。
『うちはご飯が美味しいのよ!まだ早い時間だし、お嬢ちゃんにはお湯もオマケで付けてあげる!どお?』
普通に呼び込みみたいだった。
(オマケって言ったよね、今。メインストリートにある宿ならちゃんとしたところだろうし、ローレンス商会を探すなら明日でもいいかな。…疲れちゃったし)
『あ、親が一緒なのね、連れてくる?』
「お姉さん、泊まります。大人ひとりで」
華が日本語で話すと、言葉が違うことに驚いたようだが、華が人差し指を立てて、こちらの言葉で『ひとり』と言うと、呼び込みのお姉さんは戸惑いながらもちゃんと中に案内してくれたのだった。
ホーソンの言いようにファーナが反応した。
『ホーソン。こちらの言葉を覚えてもらっているのよ』
『そうだね。ハナは別にこちらの言葉を覚えなくても山で暮らすのにはまったく困らないのだからね。それを必要としているのは我々の方だ』
『……そうでした。失礼しました』
ファーナの癇に障った事に気付き、すぐさま謝罪をしたホーソンは、お詫びとして華に自分から、貴族や商家の子供が文字や言語を覚えるのに使うような簡単な本を贈らせてくれと夫妻に願った。
『わかったわ。…過剰反応だったかしら?』
『いえっ、』
『いや、どうだろう。ハナの持ち物や知識をこうやって利用させてもらおうとは思っているけどね。これからの事を考えると、ハナを食い物にしないためにも少々過剰なくらいでいい気がするんだ』
ファーナもホーソンの言葉の綾だと分かったのでこれ以上は言わない。
なんといってもホーソンは、公正公平、どんな相手にもフェアな取引をすることを信条としているローレンス商会の現会長だ。アルベルトの言はホーソンに改めてそれを思い出させる為でもあり、今後訪れるであろう嵐に対する心構えでもあった。
もちろん嵐とは華の事ではなくーー。
その頃華は、大分麓に近いところまで来ていた。
街道は山道を下りたり登ったり下りたりして続き、段々麓へと近付き、そして初めての追分にたどり着いた。
(脇街道…じゃ、ないね。うん)
あちらの道もそれほど立派なものではないが、明らかに華が歩いてきた道の方が脇街道だった。
そもそも途中で休憩はしたが、7、8時間歩いて誰にもすれ違わなかった。
馬車の轍が続いていなければ軽く心が折れていたかもしれない…。
追分のささくれの向こうにも今は人影は見えないが、合流した街道の先には荷車を引く人の後ろ姿が見える。
それを見ながら歩いて行くと、追分からいくらもしない内に、木々の間から麓が見えるようになってきた。そしてその先も。
「わ…わわっ」
遥か彼方まで見通せるような広い広い平野が見える。
点在する森と農地と、町も見てとれる。
この街道の先があそこに続いているのだろう。
(もうすぐだ。もうすぐ町に着く!)
目的地が見えたことで、疲れた足を元気に動かす事が出来た。
それからいくらもしない内に麓へとたどり着き、道の先に町が見えるようになった。
どんどん近くなる町を見ながら歩いていると、新たな追分に出会う。
華が歩いて来た道幅の3倍くらいある立派な街道は、ファーナの幌馬車がすれ違うことも余裕でできそうだ。
こちらと違って人や馬車が往き来しているその街道に入ると、町の方から来た人たちにもすれ違う。
(やっぱりいないのかな)
華を追い抜いていく人、すれ違う人の中に日本人はいなかった。
大きな街道に入って少し歩くと、町に入る列が出来ていた。
そろそろ日が傾いてきている。
特に待たされることも引き留められる事もなく列に混ざって町へ入る。
(お巡りさんじゃなくて、兵隊さん?憲兵さんかな…)
町の入り口には数人の兵が立って人の出入りを監視していた。
町に入る時になって、華は町が立派な塀で囲まれているのに気が付いた。
町を塀で囲うなど、東京で暮らしていた華には考えられない事だった。
(こんな、石造りの塀を作らなければいけない…防衛が必要な事があるの?………戦争?戦争があるの?)
周りを見ても戦の気配はしない。
ふらふら歩いて見えたのかもしれない。
通りに面したお店の呼び込みをしていた人に声をかけられた。
『ちょっと、あなた大丈夫?うちで休んでいかない?ほら、ここ、宿屋よ』
濃い金髪のお姉さんが指した木の看板にはベッドが描かれている。分かりやすい。
『うちはご飯が美味しいのよ!まだ早い時間だし、お嬢ちゃんにはお湯もオマケで付けてあげる!どお?』
普通に呼び込みみたいだった。
(オマケって言ったよね、今。メインストリートにある宿ならちゃんとしたところだろうし、ローレンス商会を探すなら明日でもいいかな。…疲れちゃったし)
『あ、親が一緒なのね、連れてくる?』
「お姉さん、泊まります。大人ひとりで」
華が日本語で話すと、言葉が違うことに驚いたようだが、華が人差し指を立てて、こちらの言葉で『ひとり』と言うと、呼び込みのお姉さんは戸惑いながらもちゃんと中に案内してくれたのだった。
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