上 下
56 / 154

55 町に到着

しおりを挟む
『うーん、考えても仕方がないですね。御二人とも、詳しいことが聞けるようにこちらの言葉を教えてあげてください』

 ホーソンの言いようにファーナが反応した。

『ホーソン。こちらの言葉を覚えてもらっている・・・・・・・・・のよ』

『そうだね。ハナは別にこちらの言葉を覚えなくても山で暮らすのにはまったく困らないのだからね。それを必要としているのは我々の方だ』

『……そうでした。失礼しました』

 ファーナの癇に障った事に気付き、すぐさま謝罪をしたホーソンは、お詫びとして華に・・自分から、貴族や商家の子供が文字や言語を覚えるのに使うような簡単な本を贈らせてくれと夫妻に願った。

『わかったわ。…過剰反応だったかしら?』

『いえっ、』

『いや、どうだろう。ハナの持ち物や知識をこうやって利用させてもらおうとは思っているけどね。これからの事を考えると、ハナを食い物にしないためにも少々過剰なくらいでいい気がするんだ』

 ファーナもホーソンの言葉の綾だと分かったのでこれ以上は言わない。

 なんといってもホーソンは、公正公平、どんな相手にもフェアな取引をすることを信条としているローレンス商会の現会長だ。アルベルトの言はホーソンに改めてそれを思い出させる為でもあり、今後訪れるであろう嵐に対する心構えでもあった。

 もちろん嵐とは華の事ではなくーー。





 その頃華は、大分麓に近いところまで来ていた。

 街道は山道を下りたり登ったり下りたりして続き、段々麓へと近付き、そして初めての追分にたどり着いた。

(脇街道…じゃ、ないね。うん)

 あちらの道もそれほど立派なものではないが、明らかに華が歩いてきた道の方が脇街道だった。

 そもそも途中で休憩はしたが、7、8時間歩いて誰にもすれ違わなかった。
 馬車の轍が続いていなければ軽く心が折れていたかもしれない…。

 追分のささくれの向こうにも今は人影は見えないが、合流した街道の先には荷車を引く人の後ろ姿が見える。
 それを見ながら歩いて行くと、追分からいくらもしない内に、木々の間から麓が見えるようになってきた。そしてその先も。


「わ…わわっ」


 遥か彼方まで見通せるような広い広い平野が見える。
 点在する森と農地と、町も見てとれる。

 この街道の先があそこに続いているのだろう。

(もうすぐだ。もうすぐ町に着く!)

 目的地が見えたことで、疲れた足を元気に動かす事が出来た。



 それからいくらもしない内に麓へとたどり着き、道の先に町が見えるようになった。
 どんどん近くなる町を見ながら歩いていると、新たな追分に出会う。
 華が歩いて来た道幅の3倍くらいある立派な街道は、ファーナの幌馬車がすれ違うことも余裕でできそうだ。

 こちらと違って人や馬車が往き来しているその街道に入ると、町の方から来た人たちにもすれ違う。

(やっぱりいないのかな)

 華を追い抜いていく人、すれ違う人の中に日本人はいなかった。





 大きな街道に入って少し歩くと、町に入る列が出来ていた。
 そろそろ日が傾いてきている。
 特に待たされることも引き留められる事もなく列に混ざって町へ入る。

(お巡りさんじゃなくて、兵隊さん?憲兵さんかな…)

 町の入り口には数人の兵が立って人の出入りを監視していた。
 町に入る時になって、華は町が立派な塀で囲まれているのに気が付いた。
 町を塀で囲うなど、東京で暮らしていた華には考えられない事だった。

(こんな、石造りの塀を作らなければいけない…防衛が必要な事があるの?………戦争?戦争があるの?)

 周りを見ても戦の気配はしない。

 ふらふら歩いて見えたのかもしれない。
 通りに面したお店の呼び込みをしていた人に声をかけられた。

『ちょっと、あなた大丈夫?うちで休んでいかない?ほら、ここ、宿屋よ』

 濃い金髪のお姉さんが指した木の看板にはベッドが描かれている。分かりやすい。

『うちはご飯が美味しいのよ!まだ早い時間だし、お嬢ちゃんにはお湯もオマケで付けてあげる!どお?』

 普通に呼び込みみたいだった。

(オマケって言ったよね、今。メインストリートにある宿ならちゃんとしたところだろうし、ローレンス商会を探すなら明日でもいいかな。…疲れちゃったし)

『あ、親が一緒なのね、連れてくる?』

「お姉さん、泊まります。大人ひとりで」

 華が日本語で話すと、言葉が違うことに驚いたようだが、華が人差し指を立てて、こちらの言葉で『ひとり』と言うと、呼び込みのお姉さんは戸惑いながらもちゃんと中に案内してくれたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私はいけにえ

七辻ゆゆ
ファンタジー
「ねえ姉さん、どうせ生贄になって死ぬのに、どうしてご飯なんて食べるの? そんな良いものを食べたってどうせ無駄じゃない。ねえ、どうして食べてるの?」  ねっとりと息苦しくなるような声で妹が言う。  私はそうして、一緒に泣いてくれた妹がもう存在しないことを知ったのだ。 ****リハビリに書いたのですがダークすぎる感じになってしまって、暗いのが好きな方いらっしゃったらどうぞ。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

彼女の幸福

豆狸
恋愛
私の首は体に繋がっています。今は、まだ。

転生先が意地悪な王妃でした。うちの子が可愛いので今日から優しいママになります! ~陛下、もしかして一緒に遊びたいのですか?

朱音ゆうひ
恋愛
転生したら、我が子に冷たくする酷い王妃になってしまった!  「お母様、謝るわ。お母様、今日から変わる。あなたを一生懸命愛して、優しくして、幸せにするからね……っ」 王子を抱きしめて誓った私は、その日から愛情をたっぷりと注ぐ。 不仲だった夫(国王)は、そんな私と息子にそわそわと近づいてくる。 もしかして一緒に遊びたいのですか、あなた? 他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5296ig/)

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

処理中です...