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41 異文化の片鱗

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『連れて来なかったのか?小さい女の子が独りでいたんだろう?…ああ、山脈の向こう側へ行くところだったのか』

 小さな女の子一人くらい町まで馬車に乗せてやればいいだろう。ひどく真っ当なことを言うホーソンに、アレックスはそうじゃないと言う。

『そうじゃなくて、その娘は山の上に住んでるって言うんだ』

『は?山の、上?』

『休憩場所の上を指したからそういうことなんだろう。勿論奥様は一緒に連れて行こうとしたさ。町までかどうかは怪しいがな』

『家が、山の上にあるってその娘が言ったのか?あの休憩場所だって充分山の中だろう。集落ひとつ無いのに人なんて住めるのか?』

 ホーソンの疑問は尤もだった。しかしアレックスたちも疑問に思わなかった訳ではない。直接華に出会ったアレックスたちの方がむしろ疑問だらけだった。

『あるのかもな。集落が』

『山脈の中に?』

『山脈の中に』

 山脈の中は何処の国にも属していない。
 大陸を縦断するアゼリアル大山脈は各国の国境線にもなっていて、先人逹が街道を作らなければ行来も出来ていないだろうし、山脈街道があっても遠回りで移動する人間の方が多いくらいだ。

 うーむ、腕を組んで考え込むホーソンに、アレックスはそれだけじゃないと言う。

『その娘は大陸の言葉を話せなかったんだ』

『言葉を話せない?どういう事だ』

 まさか、言葉を覚える前に山に捨てられたとでもいうのか⁉ホーソンの中で華の像がぼろぼろの浮浪児になる前に訂正が入る。

『そうじゃない、言い方が悪かったな。その娘…ハナは異国の言葉を話したんだ』

『異国の…は?』

『東の国みたいに訛っているわけじゃないぞ。…なあ、ホーソン。この大陸共通の言葉を話さない国ってどこだと思う?言葉だけじゃない。おそらく文化も違うな』

 アレックスの言葉にロイが大きく頷いている。

『なんだ、それは…』

 言葉も文化も違う集落が山脈の中にある…?いつから…。

『ホーソン、ホーソン!これ見て!』

 ホーソンが考え込んでいると、叔母が“天使”から貰ったという“えんぴつ”と言うものを渡された。
 小さな木の棒の欠片の片側が削られている。
 ファーナによると、これはペンなのだという。小さくなって使えなくなった物を譲って貰ったのだと。

『これだけじゃないのよ?露店で布と糸を買ってくれたから、針はいいの?って聞いたら“きんちゃく”っていう小物入れから針を出して、持ってるからって見せてくれたんだけど、その“きんちゃく”っていう小物入れの袋の布地が素晴らしいの!“ちりめん”って言うんですって!一見ごわごわしているのに触ったら柔らかいのよ。どうやっって織っているのかさっぱりなんだけど、ハナが言っていた“きぬ”は恐らく絹のことね。生地だけじゃなくって、デザインも素晴らしくって!あんなに濃くて深い美しい黒の染めなんて初めて見たわ!真っ黒の地に白い小花と花びらが刺繍してあるの。全体にじゃないのよ?隅に控え目に刺繍してあるの。なんて上品なデザインなの!って感動していたら、よく見たら華の不思議な金具のお財布も同じ布で作られているじゃない!すごいわって私が言っていたらね、カバンから同じ布を張った板を出して見せてくれてね、何とその板、二つ折りの鏡だったのよ!畳んで手の平くらいの小さな鏡でね、鏡自体の品質も高いのに、片面の布がぽっけになっていてね、なんと櫛が収納されていたのよ!半円の“なんとか”って櫛でね、』

『“ほんつげ”の櫛って言ってたね』

『そう“つげ”!その櫛にも』

『わかった』

『小花と可愛いうさぎが…』

『叔母上、わかりました。詳しくは後程聞かせていただくとして…』

 文化が違うとか言う話ではない気がするのは気のせいだろうか。ファーナが言う品質の高い鏡と言うのはどの程度の事を言っているのか。それを持ち歩いている?それにこの“えんぴつ”……そもそもの文明のレベルが違うような…。

『どう考えても山の集落でその文化が生まれたとは考えられないな』

『同じ考えだ。突然どこからかやって来たという印象だったな。ロイ?』

 斥候役のロイがこの報告の場にいるのは、その少女に最初に遭遇したからかとホーソンはようやく気が付いた。
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