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34 日本人としての振る舞い

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 しかし、止まったのは歩みだけだった。
 全身をふるふる震わせたその手が自らの頬を包んでいる。

『なんって賢いの……!』

 華を除く全員が心の中で深く同意したが、ファーナの様子が気になってそれどころではない。

 明らかに止まったのは足だけで、勢いはまったく止まっているようには見えないのだ。むしろ、気持ちの勢いがより増しているように見えるので、ファーナが今にも少女に飛びかかったり抱きしめたりちゅうしたり仕出かすのではと全員がはらはらしていた。

 実際に、少女がお辞儀をしていなかったら最低でも手はにぎにぎしていただろう。
 ただぺこりと頭を下げたのではなく、少女が落ち着いた、ゆっくりとした“礼”を“型”にしたと分かるお辞儀をして見せたからこそ、ファーナもかろうじて“礼儀”を思い出し、必死で自制している。



 相対している華は、老婦人が何とか止まってくれたことに内心ほっとしながら口を開く。

「はじめまして。私は華です。はな」

 胸に手を当てて、なるべくシンプルになるように心がけて挨拶をする。





 ロイが去って行き、商隊がやって来るまでの間、華は自分がこれからどのように振る舞うべきなのかを考えていた。

 このおそらく異界に来て初めて出会ったロイは日本人ではなかった。
 直にやって来るだろうそのお仲間にも日本人はいないだろう。いればたかがお辞儀にあれほど驚かれたりはしない。

 真っ先に思ったのが、日本人として恥ずかしくない振る舞いをしよう、ということだった。


 祖母に聞いた、日比谷にあった海外の外交官をおもてなしするための社交場は、国内外から批判されていた。

 “猿真似の欧米化政策”と。

 幕末に結ばれた不平等条約を是正するために、立派な大名屋敷を洋館に建て替え。洋楽器を演奏できる日本人がいないからヨーロッパから楽団を呼んで。欧米の社交場は夫婦同伴が基本だから新政府高官の妻女たちはドレスの着付けやダンスを習い。

(御国のために、旦那様のためにって慣れないことをしたから“教科書通りのつまらないダンスだ”なんて言われたんだっけ…)

 異国の外交官め…とかは物凄く思う華だが、そもそも立派な大名屋敷を見せつけてやれば良かったのだと思っている。新政府高官の武家の出の妻女たちなのだから、とっておきの季節の装いでおもてなしをするべきだったのだ。

(でも…。批判されたけど、ひいお祖母様たちはだからものすごく頑張ってダンスや会話術…外国語も修めてそれはとても評価されたんだって…)

 華は、日本人として評価されたかった。

 外国語は挨拶や日常会話ならいくつかできるがロイには通じなかった。
 ダンスも結構できるしドレスでの所作も知っているが、当然国によって違うだろう。

 そうではなくて。

(そっか。日本人として、もだけど。武家の、千田家の娘としての振る舞いを見せつけ・・・・たいんだわたしは)

 華が日本人として立派な振る舞いをすれば、ロイやそのお仲間は華を通して日本を素晴らしい国だと思うだろう。千田家の娘として恥ずかしくない振る舞いをすれば、それが千田家の格となるだろう。

(わたしはわたし。千田家の娘として堂々と振る舞えばいい)



 千田家の娘はこれくらいのことでは動じない。

 名乗る時には堂々と。


「千田 華です」
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