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めめくらげ

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寒さであっという間に湯冷めする道中、太一が思い出したように言った。

ー「あ、炭酸」

「炭酸?」

「うちに炭酸水ある?」

「あー、たぶん切らしてる」

「じゃセブンで買ってくるわ。何か要る?」

すると優が「いいよ、僕が買ってくる」と太一の腕をとって引き留めた。

「…いや、俺が行くよ。寒いから先帰ってて」

「全然寒くないから平気。炭酸だけ?あとは?」

「じゃあ俺もいっしょに…」

「いいよ、すぐそこなんだから。はい鍵」

「優」

強引に手渡され、少し戸惑う太一を置いて彼はさっさとコンビニの方へ歩いて行った。いつも毅然としているのに、彼にはたまに「こういうとき」がある。以前は単なる世話焼きなのかと思ったが、黙っていると1から10まですべてやってしまいそうなので、頼み事はほとんどしないようにしていた。だから今のは迂闊であり、炭酸水のために寒い夜道を歩かせるのは忍びないのだが、しかし彼は自分がやると言ったら聞かないのだ。

この性格はあの兄によって出来上がったものなのかと思ったが、ふたりの様子を見るにそれは違うようだと感じた。彼は兄に対しては自分のことは自分でやれというスタンスを貫いているし、兄も弟には必要以上の頼み事をせず(寄生はしていたが)、出ていく前は料理も家事も彼が担っていた。

だとすれば、他人に対しては本当にただの世話焼きなのか、あるいは兄以外の「別の誰か」によって構築されたものなのだろうか。自分は優の過去をあまり知らないが、特に以前の恋人についてのことは全くといっていいほど語らぬので、彼に最初の恋人ができたときの年齢以外は恋愛事情を何も知らないのだ。

コンビニまで追おうかとも考えたが、どこか必死な彼の様子を見ると躊躇してしまう。彼は何かにとりつかれたように、自分のために完璧でいたがる節がある。あるときは夕飯を作って待っていたのに、帰りの通話で自分が「カレーのいい匂いがして腹が減った」と言っただけで、作った料理を翌日に持ち越し新たにカレーを作り直したこともある。またあるときは服を見に行って「灰色はあまり好きじゃない」とこぼしただけで、彼は自分が気に入っていたグレーのコートとスニーカーを捨てそれぞれ新たに買い直したのだ。

何でも言う通りにして尽くそうとする姿には、正直なところ痛々しさを感じる。失望されまいとするかのように無理をして、ともかく従順さの度を越しているのだ。
彼が語らない過去に、秘密があるのだろうか。そしてこの歪んだ従順さを矯正することはできるのだろうか。


ー(…たいちゃん、あんまり色々されるの好きじゃないのに)

会計をしながら小さくため息をつく。わかっていながらも、つい衝動的にこのようなことをしてしまう。捨てられたらそれでいいと思うくせに、嫌われまいと必死になっている姿は、痛々しい以外の何ものでもない。
呪縛という文字がまぶたの裏で点滅する。自分はいつまでも過去の傷にとらわれ、今度は別の人間にそれを押し付けている。いけないと思うが、これもきっと洗脳の効力なのだろう。決別しても振り払えないモノ。とうに消えた痛みが幻肢のようにうずきだす感覚。脳の片隅に潜み、ときどき夢にあらわれる悪魔。
太一は違う人間だとわかっているのに、彼がいつしか「それ」に変貌しやしないかと、心のどこかで恐怖している。それがあまりにも悲しくて虚しい。

「もう大丈夫だ」と兄に抱きしめられたときのことを思い出す。あの温かさがあるから、自分は今もなんとかやっている。家族というものの形態にはこだわりはないが、家族がいて良かったと心から思えたあの瞬間。祖父も兄も死んだ父母も、自分を生かしてくれる自分だけの味方だ。

(…もうやめなきゃな)

炭酸水と適当なつまみを提げて寒い夜道を歩く。必死になればなるほど引かれるだけだというのはよくわかっている。彼は自分の強引な世話焼きに従ってくれているだけで、つまり彼のために動くことは、尽くすこととは真逆の単なる親切の押し付けにすぎない。そんなことを考え、辟易しながら街灯の下に落ちる影を見ていたら、「優」と声をかけられた。

「…待ってたの?」

「待ってた」

「…じゃあコンビニ来ればよかったのに」

「へへ」

優の手から袋を奪うと並んで歩き出し、冷えた手を同じくらい冷たい手で握る。

「もう春なのに寒いなあ」

「まだ2月だよ」

「来週から3月だ」

「…早いね。こないだ正月だったのに」

「優のじいちゃんもさっき同じこと言ってた」

そういうとふたりでくすくすと笑い出し、太一は細い指を握る手に力を込めた。

角で待ち構えていた悪魔とすれ違うと、それは街灯の真下で身体ごと影になりながらこちらを見つめ、「どうせ同じさ」とささやいてきた。なんとなく悪夢を見そうな夜だ。しかし明日の朝もとなりに彼が眠っているのなら怖くない。
それよりも、兄は未来とうまくやれているかのほうが気にかかる。帰ってこないということは今ごろちゃんと彼の家にいるのだろうが、未来は何を思って兄にあのようなことを言ったのだろう。

(今さらだけど、灰枝くんってどんな人なんだ?)

冷えた月に彼の顔を浮かべる。深くは知らないが、きっと兄が家族以外に同居するなら彼しかない。謎の奥行きと寛大さを秘めた男だ。沢尻が苦手だというのなら、完璧さを好まないし求めない性格ゆえのことだろう。もしも自分が彼の恋人になったのなら、この痛々しさのせいで3日で愛想を尽かされそうだと思った。
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