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めめくらげ

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ー『そんな沢尻さんが今注目しているものとは?』

インタビュアーの問いに、沢尻は組んでいた腕をほどき、指で顎先をいじりながら答える。

『特に着目しているのはやはりロケット開発ですね。と言っても僕ができることは投資や技術者への支援ですが、いつか自分でもチームを作って宇宙へ行くことはひとつの目標ではあります』

『今あらゆる投資家や企業が続々と参入を始めていますね』

『僕は…現在のARソフトウェアの開発もそうですが、日本で波が起こる前から、それこそ在学中からすでに海外で情報を仕入れ、留学を兼ねて現地での関連事業にもいくつか取り組んできました。なので今ようやく国内でもその潮流が起こり始めているかなと言った感覚です』

『なるほど。たしかにここ何年かは、国内での新規事業やブームの原点に沢尻さんの名が見受けられることが多いですね』

『むしろ新たな需要を世間に作り出すことが僕の仕事であり挑戦ですからね。しかしロケット開発に関しては、どんなに技術や資金を集めようとも、民間ではまだまだ成功までは約束されていませんし、遠い道のりです。だから終わりのわからない面白さがあるんですけどね。成功の見えないプロジェクトなんて久しぶりですよ』

自社のオフィスで悠然とインタビューに答える彼の映像を、リビングの作業スペースで未来と並んで観る。未来が自身のチャンネルの編集をしがてら、「沢尻さんの動画もありますよ」と見せてもらったものだ。ある報道局の公式チャンネルに収められているもので、過去にテレビで放送されたものであるらしい。

「なんでこーゆー奴って宇宙が好きなんだろうな」と時生がつぶやくと、未来は小さく噴き出しつつ「さあ」とだけ返した。 モニターの中の沢尻は、最後に視聴者への宣伝とメッセージとして、自身の取り組むプロジェクトの紹介と春からの人員募集をし、そして「あなたの未来を明るくできる力が、今の我々にはあります」という言葉で締めくくった。

彼は最初の印象の通りの男で、良い家庭に育ち良い大学を出て早々に独立した敏腕ビジネスマンであった。ビジネスマンという呼ばれ方はしたくないかのようなことも語っていたが、ともかくこの若さで成功を収め、人より優れて秀でた仕事人間なのだ。賢い人間は装いや見た目にあらわれる。これは長年客商売をしてきた祖父がしょっちゅう言っていることだ。

実家の外で一晩を過ごすのは、中退するより前の高校の修学旅行以来である。友人の家すら泊まることはなく、遅くなっても必ずあの家に帰っていた。これからはずっとこの家に居ていいという。未来の心境は謎だが、自分に対して悪い気持ちを抱いているわけではないということは段々と理解できてきた。

「そういや明日は何時に起きればいい」

「何時でも」

「お前は何時に起きるんだ」

「俺は寝る時間によりますけど、どんなに遅くとも10時には目は覚めてます」

「俺はいつも6時に起きて走ってから優くんとじいちゃんの朝飯の支度をするんだ」

「意外。走ったりとかしてたんですね」

「優くんに太るのは見苦しいと言われたからな」

「なるほど。俺は土日の朝にジムに通ってますよ」

「お前は痩せてるから必要ないだろ」

「いやあ、動かないと多分あっという間に太りますって。年も年だし」

「年か?ていうかお前って…」

「ああそうだ、そういえばマラソンコースあるの知ってます?」

「マラソンコース?」

「ミドリホームの向かいに森林公園あるじゃないですか。あの中の池の周りがコースになってるんです。確か1周5キロとか…」

「ほう、そーだったのか。ならあそこまで走って1周して戻ってからお前の朝昼飯を作ればいいな」

「トータルだと相当走ることになりません?」

「別に苦ではない」

「すごいなあ」

その後は少し遅めの夕食を作ってから風呂に入り、まだ仕事をするという未来よりも先にベッドに入った。布団の代わりだと寝袋を持たされていたがまったく必要はなく、家のせんべい布団とは違う寝心地の良さであっという間に深い眠りに落ちた。

そして翌朝。6時に目覚めてリビングに行くと、未来は仮眠のつもりなのかソファーで眠っており、時生は少し考えたのち自分がかけていた羽毛布団を部屋から持ってきて彼にかけてやった。かたわらにはルイも眠っていたが、丸まったまま時生の姿をちらりと確認すると、またすぐに目を閉じた。


ー「やあ、おはようございます」

「…なぜまたお前に会わなきゃならんのだ。まさかストーカーか?」

朝陽のさす森林公園を走っていると、背後からペースアップした足音が聞こえ、よく聴き慣れたさわやかな声で挨拶をされた。アスリートのようにランニングウェアと専用シューズ一式を纏った沢尻が、となりに並ぶ。

「まさか。単に俺もこの辺に住んでるからですよ」

「いつも車で来てたろ」

「ここに走りに来るときは家からそのまんま来ますよ。トータル10キロが目安です」

「犬も走らせてやればジューブンな運動になる」

「ペースがありますから。…それよりあなたこそ何故ここに?今まで見かけたことないですけど」

「未来の家から来たからだ」

そう返すと彼は突如時生の前に回り込んできて、こちらを向いてぴたりと止まった。

「ぬおっ!!何すんだオメーは!!」

「灰枝さんの家からって…朝からですか?」

「朝からというより昨日からだ。おい、急に止まると心臓に悪いぞ。知らんのか」

「昨日…?」

「俺は昨日からあの家の住人になったのだ」

「はあ?」

沢尻が珍しく表情を崩し目を丸くしたが、すぐにいつもの涼やかな顔立ちに戻した。しかし驚愕の色は浮かんだままだ。

「なぜです?」

「なぜって…あれ、なんでだっけな?」

「まさかあなた方、なにか妙な関係になったんじゃ」

「妙な関係?…別にふたりでテロを企てたり爆発物を作ったりとかはしとらんぞ」

「そういうことじゃなくて…結婚もしてない大の男ふたりで暮らすって、相当妙ですよ」

「じゃーどっちも結婚してればまともなのか?そっちの方がおかしいだろ」

「それはそうですけど…でも柊さん、弟さんのもとを離れられたのなら、きっちり自活すべきです。あなたいい大人なんですから」

「…お前俺の自立にいやに執着するな。まさか親戚か?」

「違いますけど…なんだって灰枝さんがあなたを…」

「お人好しだからだ」

「お人好しにもほどがある。まさかあなた、何か彼の弱みを握ったとか?」

「優くんと同じこと言うな。それよりお前に言いたいことがある」

「な、何ですか」

「お前ってなんかさあ~、来年の都知事選に出馬して、再来年には脱税で捕まってそうだな」

「なっ…」

「きのうお前のインタビューを観たんだ。昔からお前みたいな奴は宇宙と政治と怪しいビジネスが好きで、そのせいか金がらみでよく捕まるからなあ。気を付けろよ」

そう言って時生は沢尻をよけて再び走り出したが、面と向かってこんなに失礼なことを言われたことのない沢尻は、同居への衝撃の余波もあり、しばらくその場で茫然と立ち尽くした。
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