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しおりを挟むー「…き、来ちゃった」
午後8時。時生からの連絡を待っていたら、電話より先に本人が再び灰枝宅に現れた。
「あの…優さんにちゃんと言いました?」
「おう言った。そしたらすぐ俺の荷物をこのリュックにまとめて追い出された」
「…。じゃあ決まりってことですね。どうぞ上がってください」
優も少しは引き止めるのかと思っていたが、大の男がぶらぶらと家にいる現状によほど嫌気がさしていたのだろう、何の迷いもためらいもなく兄を人の家によこしてきた。
リビングに入るとルイはげんなりとした顔で時生を迎えたが、時生は追い討ちをかけるように「よう犬~、これから一緒に暮らすんだぞお~」と不敵な笑みを向けた。
「それと今日から作り置きはしないんだな。リアルタイム調理だ」
「(リアルタイム… ?)そうですね、まあお好きなようにお任せしますけど」
微笑みながら平静を装うが、あっさり押し付けられた居候の存在に未来の胸は高鳴りっぱなしである。
「ああ、時生さんの部屋、こっちです」
「俺用に部屋があるのか」
「当然でしょ。リビングで寝るつもりですか」
「てゆーかこの家の間取りはどーなってる?」
「知りませんでした?」
「リビングと台所と便所以外に立ち入ることがない。だから玄関の右側は知らん」
「そうか…。一応3LDKで、今ほとんど使ってない部屋がひとつあります。そこの部屋は俺の寝室ですけど」
「なんだ、ひとり暮らしでそんなに部屋があるのか?もっと狭いと思っていた」
「はは、まあ…有るに越したことはない」
「そうか…?」
玄関に面した廊下の奥、ひとつはクローゼットか何かの扉だと思っていたが、開けると自室の六畳間よりずっと広々としたバルコニー付きの洋室が広がり、使っていない部屋だというのに鏡台やソファーや照明器具、そしてセミダブルのベッドが置かれていた。未来によると来客用らしいが、使う機会はないようだ。この家に友人を招くことがほとんど無いのだろう。
「家具も収納も好きに使ってください」
「お前いったい何者だ?俺にこんな恵まれた部屋をポンと与えるとは…」
「ふつうの部屋だと思いますけど…いいんですよ、使わなきゃもったいないですし」
するとそのとき優から着信が入り、未来が出ると彼は気まずそうな声で『連絡しなくてごめん』と詫びた。
「ああ、いいよ。急に来たからびっくりしたけど」
『押し付けといて今さらアレだけど、ほんっっとにいいの?灰枝くんアイツになんか弱み握られたりとかしてない?』
「(惚れた弱みならあるけど…)してないよ。大丈夫。俺時生さんとならウマが合うし、どうにかやれるかなって」
『そう…?君ってほんと変わってるね』
「時生さんにも言われた」
『嫌になったら遠慮なく追い出してくれ。やだけどちゃんと引き取るから」
「平気だってば」
『必要以上にお金も与えなくていいからね。むしろ住まわせてもらうんだから、まだ給料出るならそこから家賃とか諸々引いておいて』
「お金のことも平気。…それに俺、この人にいろいろ可能性を感じてるから、今までよりも世話になるかもしれない」
『??…そう』
「寂しいならたまには返すよ」
『いやいい!絶対に返さなくていいから!アイツにも帰ってくるなって言っといて!!』
「そんなに拒絶しなくても…」
優は未来の好意が腑に落ちない様子のままだが、しばらくして通話を終えると、「これで晴れて同棲…じゃなくて同居スタートですね」と晴れやかな笑みを向けた。すると時生はまたもその笑顔をどこか不思議そうな顔でじっと見つめ、未来が首をかしげるとハッとしたように「あ、ああ…そうだな。今の電話でカンペキに捨てられた気分だが」と寂しげに返した。
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