つらじろ仔ぎつね

めめくらげ

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大和が代金を支払い、二人揃って車から降りて、エレベーターの前で思わず顔を見合わせて笑った。車中で知ったが、フロアは違うが、偶然にも同じマンションに部屋を借りていのだ。大和は一年前にここを借り事務所の一つとして使っていたが、新宿で飲んだあとはだいたいここに仮眠をしに帰っていた。この一年二人がずっと会わなかったのは、休日も違えば生活の時間帯も丸きり正反対だからであった。

「こんなことあるんですね」

クロがまたフッと笑った。

「ですね………」

「……私の部屋、石川さんのお部屋より家賃が安いんですよ」

おもむろに言われ、大和は首を傾げた。

「安い?……間取りが違うんですか?」

「いえ。管理人さんにはあまり言わないでほしいと言われてるんですけどね。……ときに……」

エレベーターに乗り込む。

「石川さんは、幽霊を信じますか?」

思わぬ問いかけに、言葉が詰まる。

「………怖がりなので信じたくないですが、信じてますよ」

「見たことは?」

「………あります」

「ならいいです。私の部屋はいわゆる曰く付きのお部屋だそうでね、よくお隣の方から管理人のところに苦情が入るんです」

「苦情?」

「壁をドンドン叩いたり、走り回ったり、ゲラゲラ大声で笑ったりしているのがうるさいと……いずれも夜間ですが、私の留守の時間です」

「それは………」

「幽霊だなんて言えないですし、言ったところで信じてもらえないから、と管理人さんが困っていました。私が部屋にいるあいだは悪さをしないのですが、おとなりさんに対しての冤罪がもっぱらの悩みです」

エレベーターがクロのフロアに到着する。

「ですからそろそろ引っ越したくて。……今度こそは家賃をケチらずにね」

ゾクリとするほど綺麗な顔で笑う。

「おやすみなさい」

扉が閉まる直前に、大和はその後ろ姿にはっきりと真っ白な尾を見た。いつもチラチラと見え隠れしていたもの。街でもときどき、あんなのをぶら下げてるヒトのような何かを見かける。
あれがはっきりと見えるときは、彼らが恐らく気を張っていないとき。それだけは昔からぼんやりとわかっていた。ヒトの幽霊などとは比べものにならないほどの威圧感のようなものは感じていたけれど、電車の座席でうつらうつらとなり船を漕いでいる者から、ときおりチラリと白い何かが垣間見えたときにそれを察した。

そして初めてあの店に連れてこられた日に白咲を見て、ようやく今まで見かけたそれらの者が『動物の妖怪』であると知ったのだ。白咲は常に耳としっぽが出たまま仕事をしていた。誰にも見えないのをいいことに気が緩んでいるのか、あるいは仕事そのものに気が緩んでいるのかはわからないが、ともかく犬のような動物であり、どうやら悪いものではないと知った。

あの子は、自分が正体を見破っていることに気がついているのだろうか。部屋に戻り悶々と考えて、眠りから覚めてもまたそのことと、そして別れ際のあの笑顔を思い浮かべた。

そしてその晩もストーカーのごとくクロの職場に向かい、大和は言ったのだ。

「あのう……前から気になってたんですが、白咲さんは……どうしてそんなにお耳が大きいのですか」


ー「み……みんなの声をよく聞くため……」とシロがしどろもどろで答え、その日以降、大和とクロのあいだにわだかまりのようなものは無くなった。そしてちょうどそのとき、大和が担当していた仕事が夜間に切り替わったために生活の時間も変わり、彼は堂々と帰宅時間の同じクロを自分の車で迎えに行くようになった。
今度は「ついでだから」と言いつつ、進んでやっていた。

「またお隣から苦情が来たようです」と助手席でクロがぽつりと言ったときに、「それならあの部屋は引き払って、うちに住めばいい」と言った。

「家賃はゼロ。悪くないだろう」

「ゼロというわけには……」

「いいんだ。まあ、君があの部屋で良ければだけど」

「………お部屋はいいです。でも、一緒に住むんですよね」

「俺のことが嫌になったら、そのときの引っ越しの資金は出すよ」

「………」

頬を赤くしてうつむくクロを、横目でちらりと見た。初めて一緒に帰ったあの日から、まだ半年ほどしか経っていない。それなのに互いの心情はすでに分かっていた。というより、大和はとっくにひと目でクロに落ちていたのだ。

明け方に大和の部屋でキスをして、疲れてそのまま同じ布団で眠った。
昼前に大和が目を覚ますとクロは本来の姿に戻っており、真っ白なキツネの半妖の寝顔に長い時間見惚れた。あの薄暗い店内でも、彼は白くキラキラと輝いていた。だからどうしても目で追ってしまうのだ。寝ても覚めても離れなかったこの美しさを手放したくないと強く思い、出来ることなら死ぬまで見ていられますように、と祈った。
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