つらじろ仔ぎつね

めめくらげ

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「最近はそのような子も少しずつだが増えてきたと聞く。もっとも、発情期が"軽い"者に限るがな。たいていの子は抗えん。本能だから仕方ないのだが」

「僕には兄がおります。彼は普通の子を二人も産みました。そのあとの僕が……もしまた"同じ性質"の子を産めば、親は悲しむでしょう。ですから、僕はそれを恐れて見合いを避けるために島を出たのです。出てしまえば、どういうわけかそれほど発情することもなかった。……それから何年も暮らして、ようやく子を産める時期を過ぎ去ったときに、心から安堵しました。その日から新たな人生が始まったと思っています」

「………そうか」

あの呪いはいまだにこのように人々を苦しめ続けている。その事実は、やはりたびたび佐野の心の中に暗い陰を落とす。

「ですが島では、この身体そのものが一種の産業として根付いていますからね。災いを持って生まれれば、それなりの家柄の男に買われ、将来は安泰です。あんな小さな島でも、良い家柄の子しかいません。貧困のない恵まれた島です。……僕や親はそれが嫌でしたが、しかしそれが悲劇だとは、今や島の誰しもが思っていません」

冷たい冬の眼が、佐野を見上げる。

「ですから……佐野様、あなたは何も気負うことなく、これからもあの島で彼らをお護りください。皆は、あなたが災いの原因でないことまできちんと理解していますよ。そのように教わってきたからです。……僕はもう帰らないでしょうが、ずっと僕の家族や友人らの心の支えであり続けてください」

「冬………」

佐野はその青年をじっと見つめ、コクコクと小さくうなずいた。それを横目にサノと社長がニヤニヤ笑いながら目配せし、「お前、もうこの子に惚れちまったんだろ」とサノが冷やかすと、「バカ言うな」と慌てて否定した。

「佐野はよう、シロと同じで、昔っからこういう気の強い、生意気なツラの奴に弱いんだ。知ってんだぜ、東京に来たときだけ会いに行く人間がいたこと。これまで何人か居たようだが、どうせこういうタイプばっかだろ」

「何だいお前、ちゃっかり遊んでやがったのか。キツネのくせに薄汚い男だ」

「遊ぶだなんて人聞きの悪いこと言うな。だが俺とてそういう相手くらい在ったに決まっとろうが」

「今は?」

「今は無い」

「ならちょうどよかったね。冬くん、キミ恋人は?」

「いえ…」

「島のカミサマで良けりゃどうだい。キミにとっては忌まわしいだろうし、何せ年寄りだけど、見た目は悪くないと思う……連れて歩く分にゃそれなりに良いだろう」

「サノ、いい加減にしろ。おい冬、俺は決して遊び人のような不義理を働いたことはないからな。いつだって真剣勝負だ。お前の故郷の神として誓うぞ。だから今のことを家族や友達にぜったいに言うんじゃないぞ」

「……はい」

焦る佐野を目の当たりにして、「神様とは存外に軽薄だ」と、冷静に思った。しかし今まで町中ですれ違ってきたキツネたちは、確かに少しなら遊んでみたいと思えるほど、どこか魅力的な者が多かった。人に化けるものとして、太古の昔から、彼らも見目麗しい人間を手本にしてきたのだろう。

梅岡は"いかにも"なナリをしているが、佐野もシロもクロも、初めて見たが化け猫だというゲーテも、ずいぶんと整った顔立ちで、年寄りのくせに妙にキラキラと眩しい。人間には決して持ち得ない彼らなりの魅力があり、これでは人間を騙すことなどいともたやすいだろうと思えた。

「ははは、神の子を産んでみるのも面白えじゃねえか。冬、お前に平凡は似合わん。お前は背後に陰のあるワケあり感が魅力なんだよ。クロとちっと似てるかもな。薄幸の美青年だ」

「適当なことばかり」

「いーや、他人事のように言っとるつもりはない。お前は……まあ縁は薄いが、あの先生が愛した慎司くんとこの血筋の男さ。俺にはお前もかわいいのだ。これほど年を取るとな、少しでも近しい者はだいたいかわいいモノなのだ」

「そうですか」

冬がチラリと時計を見やる。

「なんだい、何か用事でも?」

「一応仕事中ですからね。そろそろお暇します」

「えー、せっかく顔を見れたのになあ。つれねえ奴だ」

「うちの社長が、またあなたとも近々顔を合わせたいと言ってましたよ。ここのオープンの日には寄るそうです」

「そうかい。あのタヌキにもよろしく言っといてくれ。だが儲け話しか要らぬぞ、ともな」

「それはお互い様です」

手土産のシャンパンやブランデーを置いて、他の面々にも軽く挨拶を交わし、冬は一足先に会場を出た。去っていく車を見届けながら、佐野はシロにまで「あの気位の高そうな男、まさしくお前の好みだな」と言われた。
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