つらじろ仔ぎつね

めめくらげ

文字の大きさ
上 下
48 / 60

しおりを挟む


「知らなかった……ずいぶんバチあたりなことをしてたなあ」

「お前の貧困はこのせいかもしれんな」

たまにはバイトを休めと言われ、西 幸四郎は人に化けたゲーテに連れられ、都内某所の墓地にやって来た。一日分の給料のことが少し気にかかるが、晴れの日曜日に自由な時間を過ごせるのはいつ以来であろう。墓地ではあるが気分は良かった。

「……とは言え、墓には骨しかないけどな」

「それでも、東京にいながらずっと来てあげられなかったのは、やっぱり少し悪い気がしますね」

【西 平八】と縦に彫られた古い墓石と、幸四郎は初めて対面した。八人兄弟の長男であった高祖父の末の弟……という、当然だがまったく見ず知らずの、名前すらも知らなかった血縁者の墓。兄弟の中で唯一東京に出てきて生涯を過ごしたそうで、子供はいなかったが、最期まで共に暮らしていた者があったという。

「うちの一族の墓でもないし、たった一人きりでずっとここに居たんですね。彼の家族は誰も知らなかったのかな」

「平八が自らの意志でふるさとを捨て、家族を忘れて生きたのだ。報せたところで弔いにいってやる筋合いもない。奴がそういう人生を選んだんだからな」

「そうですか……平八さんはどんな人でした?」

昨晩の強風のせいか、古ぼけた墓石は薄く砂や塵にまみれていた。それを拭き取ってやり、汲んできた水をかけ、買ってきた花を挿してやる。そうするとまるでつい最近葬られたかのような新しさがよみがえった。キセルをいつも吹かしていたそうだが当然持っていないので、線香の代わりにタバコに火をつけて置いてやり、ついでにゲーテはそこで一服することにした。

「……つかみどころのない生意気なガキじゃ。ませてたせいか、田舎から出てきたわりに垢抜けてて、一応は男前の部類じゃな。口もうまいし遊びもよく知ってるから、女にはそれなりにモテてた。フーテンのくせに運だけはあって、立松百貨店の前身である立松呉服店の旦那に拾われ、十年ほど仕えておってな。三十すぎまではそこに落ち着いておった。」

「え……そんなすごい人だったんですか?」

「立松の旦那に気っ風を買われてたらしく、妙に気に入られてたからなあ。あいつがそのまんま立松家に残ってりゃあ、創業者一族として立松や柿本の中にその名を連ねていたかもしれん。だが奴もどっかひねくれててな、俺のように定住を好まんし、人間のくせに名声やら名誉やらに無関心な男だ。立松の使用人をやめる際に旦那からまとまった金をもらって、それを元手に人を雇って商売をしながら、自分はあんまり仕事に縛られず自由に生きていた。まあ、当時だから出来た生き方さ」

「へえ……俺とは正反対だ。ずいぶん身軽だし、粋な人だったんですね。でも、うちの家系にそんなすごい人がいたとは驚きましたよ」

「兄弟の中でも異端児だったんだろ。だから田舎じゃ水が合わず、ガキのうちにさっさと出奔したのさ。……この男が添い遂げたのが、明日の"キツネ会"に誘ってきた男だ」

「添い遂げたということは、ただの友達じゃないですよね?」

「勿論」

「平八さんは同性愛者だったんですね。この時代にはずいぶん生きづらかったんじゃないですか」

「その前に人間とキツネのつがいだ。性別の問題など余裕で超越しとるわ。だが平八は男色家などではない。ないが、このキツネの方が奴にぞっこんでなあ。どこに行くにも何をするにも飼い犬のごとくそばに居るんだ。何だってしてやれると言わんばかりさ。だから平八の方でも捨てるに捨てられなかったんだろ」

「ずいぶん愛されたんですね。……お墓だってこんなにきれいにしてもらって、とても何十年とあるようには見えない」

「いまだに月に一回は来てるそうだからな。骨だけでも奴にとってはまだ大事なのだろう。花と線香は回収が面倒だっつって挿さなくなったが、あったかいうちは周りの草も毎月むしって、石もぴかぴかに磨いていくんじゃ」

「ホントなら俺がやるべきだったのに……ありがたいことです。平八さんもきっと、彼のこととても愛していたでしょうね。でなきゃ一生なんて暮らせない」

「さあ、どーだろーな。そんな重たい愛情など向けられて、俺だったら逃げ出す」

「俺はそんな人と出会えたらいいなと思ってますけどね。かすかにでも血のつながった俺がそう思うんですから、平八さんもしあわせだったに決まってます。ゲーテさんはネコの中でも薄情の部類ですから、仕方ない」

「お前が鬱陶しいだけじゃ」

「気まぐれに甘えてくるときは、ずーっとぴったりくっついて離れないのに……あれはどういう心境の変化なんですか」

「そういう気分になるときもある、というだけさ。発作的なものだ。夜に突然暴れたくなるのとおんなじ心境よ」

「けどあれをまさか、その姿でなおかつ電車の中でやられるとは思いませんでしたよ」

「何かまずかったか?」

「そうですね、あれが家なら悪い気はしませんが、公共の場で男同士でベタベタしてる光景はさすがにまずいです」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【R18】孕まぬΩは皆の玩具【完結】

海林檎
BL
子宮はあるのに卵巣が存在しない。 発情期はあるのに妊娠ができない。 番を作ることさえ叶わない。 そんなΩとして生まれた少年の生活は 荒んだものでした。 親には疎まれ味方なんて居ない。 「子供できないとか発散にはちょうどいいじゃん」 少年達はそう言って玩具にしました。 誰も救えない 誰も救ってくれない いっそ消えてしまった方が楽だ。 旧校舎の屋上に行った時に出会ったのは 「噂の玩具君だろ?」 陽キャの三年生でした。

食事届いたけど配達員のほうを食べました

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか? そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。

とろとろ【R18短編集】

ちまこ。
BL
ねっとり、じっくりと。 とろとろにされてます。 喘ぎ声は可愛いめ。 乳首責め多めの作品集です。

【R18】奴隷に堕ちた騎士

蒼い月
BL
気持ちはR25くらい。妖精族の騎士の美青年が①野盗に捕らえられて調教され②闇オークションにかけられて輪姦され③落札したご主人様に毎日めちゃくちゃに犯され④奴隷品評会で他の奴隷たちの特殊プレイを尻目に乱交し⑤縁あって一緒に自由の身になった両性具有の奴隷少年とよしよし百合セックスをしながらそっと暮らす話。9割は愛のないスケベですが、1割は救済用ラブ。サブヒロインは主人公とくっ付くまで大分可哀想な感じなので、地雷の気配を感じた方は読み飛ばしてください。 ※主人公は9割突っ込まれてアンアン言わされる側ですが、終盤1割は突っ込む側なので、攻守逆転が苦手な方はご注意ください。 誤字報告は近況ボードにお願いします。無理やり何となくハピエンですが、不幸な方が抜けたり萌えたりする方は3章くらいまでをおススメします。 ※無事に完結しました!

彼女ができたら義理の兄にめちゃくちゃにされた

おみなしづき
BL
小学生の時に母が再婚して義理の兄ができた。 それが嬉しくて、幼い頃はよく兄の側にいようとした。 俺の自慢の兄だった。 高二の夏、初めて彼女ができた俺に兄は言った。 「ねぇ、ハル。なんで彼女なんて作ったの?」 俺は兄にめちゃくちゃにされた。 ※最初からエロです。R18シーンは*表示しておきます。 ※R18シーンの境界がわからず*が無くともR18があるかもしれません。ほぼR18だと思って頂ければ幸いです。 ※いきなり拘束、無理矢理あります。苦手な方はご注意を。 ※こんなタイトルですが、愛はあります。 ※追記……涼の兄の話をスピンオフとして投稿しました。二人のその後も出てきます。よろしければ、そちらも見てみて下さい。 ※作者の無駄話……無くていいかなと思い削除しました。お礼等はあとがきでさせて頂きます。

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

生贄として捧げられたら人外にぐちゃぐちゃにされた

キルキ
BL
生贄になった主人公が、正体不明の何かにめちゃくちゃにされ挙げ句、いっぱい愛してもらう話。こんなタイトルですがハピエンです。 人外✕人間 ♡喘ぎな分、いつもより過激です。 以下注意 ♡喘ぎ/淫語/直腸責め/快楽墜ち/輪姦/異種姦/複数プレイ/フェラ/二輪挿し/無理矢理要素あり 2024/01/31追記  本作品はキルキのオリジナル小説です。

処理中です...