つらじろ仔ぎつね

めめくらげ

文字の大きさ
上 下
30 / 60

しおりを挟む

ー「いらっしゃいませ……あ」

「あ、とは何じゃ」

「ああ、はは、すみません。お久しぶりですゲーテさん」

「おや、俺の名を覚えていたか」

「ゲーテなんて、なかなか忘れられないですよ」

「俺も覚えとるぞ。西だ」

「名札見ましたね」

「……西 幸四郎」

「おお、すごい、フルネーム」

「何かうまいのつけてくれ。今夜はポン酒よりウイスキーの気分だ」

「はい。飲み方は?」

「水割り」

「少々お待ちを」

先に乾きものを置いて、ボトルの棚から酒を選ぶ。

「……今日はどこへお出かけに?」

「上野にパンダを見に」

「パンダ?」

「急きょそういう気分になってな。はじめて見たぞ」

「動物園、行ったことなかったんですか」

「ああ。しかしあいつのみどり色への執念には鬼気迫るものがあった」

「彼らは食ってばっかですからね。食うか寝るか……うちの猫みたいに」

「だがネコのような賢さや愛嬌はなかったな」

「そうですか。うちの子も似たようなものですが、多少は愛嬌がありますかねえ」

ゲーテが下唇を軽く噛んで、何かを探るように西の横顔を見る。

「どうぞ」

コースターの上に水割りを置く。一口飲んで、タバコに火をつけた。そのとき西がおもむろに紙袋を差し出してきた。

「これ」

「何じゃ?」

「あなたの服ですよ」

「へ?服?」

「ゲーテさん、うちに泊まった日どうやって帰ったんです?これ一式置いてったでしょう。しかも靴まで。服はクリーニングに出しときましたよ、なんかやけに高そうだったんで」

「………え、あ、ああ………すまんな」

動揺を隠しもせず受け取る。中には確かに『あの日』に着ていた服と、その奥には革靴が新聞紙にくるまって入っていた。この紙袋に服と靴を入れているのは見ていたが、どこかに捨てられたか売られたかしたと思っていたので、まさかクリーニングに出されていたとは思わなかった。

「あの日は……酔ってたからよく覚えとらん」

「かと言ってさすがに素っ裸で帰ることはないでしょう」

「たぶん寝ぼけて、適当にお前の服を着て帰ったと思う。ああ、たぶんそうだ。それしかない」

慌てるゲーテに思わずくすりと笑い、「まあ、捕まらなくてよかったです」と言った。

「今夜はなぜだか、久々にゲーテさんに会いたかったんです。どんな顔をしてたのか、もう一度よく見たくなって」

「よせ、気色悪い。俺はお前の顔をよく覚えてたぞ。俺と正反対の、むさ苦しくて垢抜けない男じゃ」

「ははは、覚えてくれてたとは嬉しいです。少なからず俺に興味があったということですね」

「そういうことではない」

「でも俺は興味がありましたよ、あなたのこの顔に、ずっと」

「………」

この顔、という言葉に、何か含みのようなものを感じた。

「ゲーテさんはやっぱりイケメンですね」

「………そうかい。そらよかったな」

「今夜は、どうしてここに来てくれたんですか?」

「飲み屋に来るのに酒を飲みたい以外の理由は無かろう」

「うちでなくとも、いろいろ行きつけはありそうですけど」

「何か妙な勘ぐりをしとるのか?俺がお前に惚れてるとでも思ってるんじゃなかろうな」

「思ってませんて。あなたは基本的にはそっけない男ですし」

何だろう、この男は、さっきから何を言いたいのだ。ゲーテは戸惑った。

「それより西よ、この水割り、ずいぶん薄い」

「また飲みすぎると困りますからね。俺はいいですけど、あんまり酔うとあなたが困るでしょう」

「もうあんなにはならん」

嫌な汗をかきながら、平静をよそおった。そろそろ話題を変えたい。

「………ときに、お前はなぜあのボロアパートに暮らしとるのだ?」

「大学から近くて、家賃の上限を三万五千円にして探したら、あそこしかなかったからです」

「なんと……三万五千円。まあ、あの部屋じゃあそのくらいが妥当か。むしろ高いくらいだ。お前は貧困家庭の生まれか。」

「ええ、はっきり言って余裕はないですね。実は兄弟も多くて、俺の上に兄貴が三人いるんですよ」

「いまどき珍しいな。四人兄弟か。親御さんはひとりっくらい女がほしかったんだろうな」

「ははは、まさしくそうだと思います。口にはしませんけどね。まあそういうわけで、ギリギリ学費だけは出してもらえましたが、それ以外のすべての生活費や税金その他諸々は、なんとかバイトでやりくりしてるんです。最初はそんなの余裕だと思ってましたが、学校に行きながらバイトをして生活するということはなかなか厳しかったです。勉強の時間も満足に取れないですし」

「そうだろうな。大学は昔から、金に余裕のある家の奴らしか行けないところだ」

だが……と、言おうかどうか迷いつつ、続ける。

「それでも……お前はとてもよく頑張ってるようじゃないか。一所懸命やることは……俺は嫌いだが、人間としてとても大事なことだろう。だから人間のお前はその点に関してはエライと言える」

目を逸らしながら、小さな声でいう。西はそんなゲーテを見て、少し恥ずかしそうに穏やかな笑みを浮かべた。

「ゲーテさんにそう言ってもらえると、どんな苦労も吹き飛びます」

「お前、俺のことが相当スキだな」

「好きですよ」

「俺はお前など何とも思っとらん」

「そういうのが、なんかちょうどいいんです。俺たち」

「…………」

「何か食べます?」

「突き出しのおかわりくれ」

「はい」

小鉢にニボシを山盛りに入れてやり、「いくらでもありますので」と笑った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【R18】孕まぬΩは皆の玩具【完結】

海林檎
BL
子宮はあるのに卵巣が存在しない。 発情期はあるのに妊娠ができない。 番を作ることさえ叶わない。 そんなΩとして生まれた少年の生活は 荒んだものでした。 親には疎まれ味方なんて居ない。 「子供できないとか発散にはちょうどいいじゃん」 少年達はそう言って玩具にしました。 誰も救えない 誰も救ってくれない いっそ消えてしまった方が楽だ。 旧校舎の屋上に行った時に出会ったのは 「噂の玩具君だろ?」 陽キャの三年生でした。

食事届いたけど配達員のほうを食べました

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか? そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。

とろとろ【R18短編集】

ちまこ。
BL
ねっとり、じっくりと。 とろとろにされてます。 喘ぎ声は可愛いめ。 乳首責め多めの作品集です。

【R18】奴隷に堕ちた騎士

蒼い月
BL
気持ちはR25くらい。妖精族の騎士の美青年が①野盗に捕らえられて調教され②闇オークションにかけられて輪姦され③落札したご主人様に毎日めちゃくちゃに犯され④奴隷品評会で他の奴隷たちの特殊プレイを尻目に乱交し⑤縁あって一緒に自由の身になった両性具有の奴隷少年とよしよし百合セックスをしながらそっと暮らす話。9割は愛のないスケベですが、1割は救済用ラブ。サブヒロインは主人公とくっ付くまで大分可哀想な感じなので、地雷の気配を感じた方は読み飛ばしてください。 ※主人公は9割突っ込まれてアンアン言わされる側ですが、終盤1割は突っ込む側なので、攻守逆転が苦手な方はご注意ください。 誤字報告は近況ボードにお願いします。無理やり何となくハピエンですが、不幸な方が抜けたり萌えたりする方は3章くらいまでをおススメします。 ※無事に完結しました!

彼女ができたら義理の兄にめちゃくちゃにされた

おみなしづき
BL
小学生の時に母が再婚して義理の兄ができた。 それが嬉しくて、幼い頃はよく兄の側にいようとした。 俺の自慢の兄だった。 高二の夏、初めて彼女ができた俺に兄は言った。 「ねぇ、ハル。なんで彼女なんて作ったの?」 俺は兄にめちゃくちゃにされた。 ※最初からエロです。R18シーンは*表示しておきます。 ※R18シーンの境界がわからず*が無くともR18があるかもしれません。ほぼR18だと思って頂ければ幸いです。 ※いきなり拘束、無理矢理あります。苦手な方はご注意を。 ※こんなタイトルですが、愛はあります。 ※追記……涼の兄の話をスピンオフとして投稿しました。二人のその後も出てきます。よろしければ、そちらも見てみて下さい。 ※作者の無駄話……無くていいかなと思い削除しました。お礼等はあとがきでさせて頂きます。

生贄として捧げられたら人外にぐちゃぐちゃにされた

キルキ
BL
生贄になった主人公が、正体不明の何かにめちゃくちゃにされ挙げ句、いっぱい愛してもらう話。こんなタイトルですがハピエンです。 人外✕人間 ♡喘ぎな分、いつもより過激です。 以下注意 ♡喘ぎ/淫語/直腸責め/快楽墜ち/輪姦/異種姦/複数プレイ/フェラ/二輪挿し/無理矢理要素あり 2024/01/31追記  本作品はキルキのオリジナル小説です。

新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~

焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。 美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。 スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。 これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語… ※DLsite様でCG集販売の予定あり

処理中です...