つらじろ仔ぎつね

めめくらげ

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ー「悪いな、貴重な睡眠時間を」

「ううん、退屈してただけだから」

キタキツネの檻に向かって、ひとりでボソボソと話している男。カップルがぎょっとして通り過ぎていったときにその構図にはたと気づいて、やはりゲーテたちと共に来るべきだったと佐野は思った。

ロボと名づけられたキタキツネはごくふつうのキタキツネであり、子供のころに別の施設からここに送られてきたのだという。佐野は声を潜めて会話を続けた。

「やはりここでの暮らしは退屈か」

「うん。仲間もいないし、狩りもできない。したことないけどね。でもときどき檻の外に鳥がとまってるのを見ると、つい捕まえたくなるよ」

「檻の中におびきよせりゃいいんだ。お前の食うエサをほんの少し残しておいて、それを檻の端っこにまいて、お前はひっそりとその草むらの中に隠れておけ」

「入ってくるかな?」

「この敷地一帯に獣臭が立ち込めているから、気配さえ消せば鳥どもには気づかれない」

「なるほど。頭がいいね。佐野はどこのキツネなの?」

この一帯を管轄下におくキツネたちが、ときどきやってきてはこのロボと話をしていくそうで、それに慣れているためか、ロボは佐野を見てもそれほど驚かなかった。

「俺はへんぴな田舎狐よ。ここには東京見物の一環で立ち寄った」

「いいなあ、どこにでも自由に行ける身か。僕もここを出たいよ」

「だが俺の在所は本土ではなくとある島でな。そこで長いあいだひとりきりで暮らしておった。ひとりなもんだから、代わりもなく身動きも取れん」

「島?でも島なら話し相手は山といるじゃないか」

「まあ……だが動物は、あまり意思を疎通できる高等なものは棲息しておらん。当然人間どもと話すこともない。走り回ることもないし、遊びなど何もない。いくら島の中を自由に移動できようと、毎日つまらなかった」

「ふうん」

ロボのまん丸に光る無垢な目が、うすぐらい檻の中から佐野をじっと見つめている。

「今はこうして短い期間だけなら外に出られるが、仲間がいない地域では結局孤独を免れん。それを何百年と生きてきたのだ。そしていつしか俺はその飽き飽きした退屈な島で生を終える」

周囲の人間が怪訝な顔を向けてくるが、その妙な男の前に座り、じっと見つめるキツネを写真に撮ろうと、何人かが近づいてきて携帯を向ける。

「白狐もおんなじだね」

「そうさ。俺とお前はおんなじ。似た者同士、せっかくこうして出会ったから、今日から友達になろう。東京に来ることがあればお前に会いに来る」

「ほんと?」

「ああ」

佐野が友達になろう、と発したところで、とうとう写真を撮っていた客すらも怪訝な顔でその場から去っていった。

「ときに、お前の仲間はほかに送られてこないのか?」

「うん。仲間はちょっと前までいたけど、その子だけ引っ越してった。それからずっとひとりだ」

「早く仲間が来るといいな。母親はどうしてる?」

「お母さんのことは知らない。それにずっと前に離れたからほとんど覚えてないよ」

「そうか……」

「でもまた会ってみたいな。どんな顔をして、どんな匂いなのか知りたいよ。もう忘れちゃったけど、会えば思い出せそうだ」

「…………」

「いまも一日一回は考えるけど、ほかの白狐にそう話したら、それは僕がほとんど野性を失ったからだと言ってた。普通は忘れるものらしい。でも野性のみんなも離ればなれになるのなら、きっと悲しいことじゃないんだね」

見知らぬキツネが、情け心を起こしてそう言ったのだろう。佐野も否定しなかった。

「そうさ。俺とて母親など知らん。われわれは群れをなす種族だが、ぜんぶがそうとは限らない。だがきっと、母親もどこかでお前の幸せを願っているだろう。心が通じ合っているはずだ。だから寂しがることはない。目に見えぬつながりがきちんとあるのだ」

「……よかった、じゃあ僕のことをちゃんと知ってるんだね」

「そうとも。お前はひとりではないぞ」

佐野が微笑む。そのとき、ゲーテとサノが背後から声をかけた。

「そうだ、ついでにこいつらとも友達になってやってくれ。昔からの腐れ縁と、最近できた腐れ縁だ」
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