つらじろ仔ぎつね

めめくらげ

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「またやったんだってね。女将さんから聞きましたよ」

「あのババア、とうとう僕のことを柱に縛りつけやがった。足にキセルまで押し付けやがって」

荒くれの客が多い中で、身なりもよく、おとなしい優男。厚いメガネをかけ、仕立てのよい着物を着崩さずきちんとまとっている。男は倖田といい、父親の後を継ぐために医者の勉強をする学生であった。客と立場が逆転したかのように、小春が倖田のヒザに頭を乗せてキセルを吸いながら寝転がっている。

「元気なのはいいことですが、あんまりおてんばが過ぎるのも心配です。顔に傷がついたりしたらコトだ」

「だから僕はこんな商売には向いてねえと言ったのさ。とっとと揚がりてえよ。実入りはいいけど、さすがにもうしんどい」

「………ここを出たら、何をしたいですか?」

「さあね。考えたことない」

優しくひたいを撫でられ、きらりとした猫のような眼で倖田を見上げる。

「……考えたことないけど、楽しく暮らしたいな」

「小春さんなら叶えられます」

「あんたと一緒じゃなきゃダメさ」

「僕?……僕はつまらない男ですよ」

「つまらないものか」

のそりと起き上がり、愛おしい彼と向き合う。そして指先をちょこんと握り、大きな手を取るとそのまま腕を引き寄せ、抱きついた。

「ねえ、どうしていつも僕に会いに来てくれるの?」

耳元で弱々しく尋ねる。

「……なんべんも言ってますけど、あなたに惚れてるからですよ」

「あんたのお父様に知れたらとっちめられるよ」

「そしたらあなたのようにやり返してやりますよ」

「できるわけないよ。あなたはいい子だもの」

「……小春さん、僕が医者になったら、あなたのことをこっから請け出していいですか」

「ずいぶん年季が入っちまわないかい?どのみちそれまでにゃお払い箱さ。……でもその言葉ホントだね?ウソだったら承知しないよ」

「いますぐ小指を切ってみせましょうか」

「何をバカなことを………」

鼻で笑うが、しかし目の前の倖田は真剣な顔をしていた。

「………いまどき小指のない人が、まともな仕事につけるわけないだろう。お医者になりたいなら尚やめときな。僕はそういう半端モンはきらいさ」

「すみません、はやまったことを。でも僕は本気です」

「わかってる。信じるよ」

もう一度、今度は倖田から抱きついて、強く強く抱きしめた。こうされると、身体の奥底がちりちりとなる。小春にはそのしびれの正体がわからなかった。だが肌が触れ合って唯一安心できるのは、この男だけである。
去年、見世の前で冷やかしてきた通行人と取っ組み合いのケンカになり、大立ち回りの末に男は逃げたものの、道ばたで傷だらけになっていた小春を治療してくれたのがこの倖田であった。騒ぎを聞きつけて大門をはじめてくぐったそうだが、キッとにらみつけた小春のまなざしに、ついうっかり「落ちた」のだという。
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