20 / 60
陸
しおりを挟む「この子がいい旦那様に嫁げますように。ホラ、ちいちゃんもお手手をあわせて」
島民やよその男と"つがう"ようになって、業を背負わずに生まれてくる子供もだんだんと増えてきた。それでもやはり脈々と、呪われた血筋は受け継がれている。割合でいうなら半々だ。
島のしきたりで、『祟られた子供』は島外にやられてしまう。ここに残れるのは『普通の』男児か女児だけである。今年もまたそんなのが数人ほど生まれて、いまこの若い母親に連れられて拝みに来ているのは、まだよちよち歩きをしているような幼い子だ。この母もわざわいを受けて生まれ、男ながらに男と結婚し、そして自分と"おなじ"子供を産んだ。兄弟は他にいくつかあるが、祟りを持ったのはこの子だけであったようだ。
「佐野様、僕たちの先代がしでかしたことの報いは、甘んじて受け入れます。ですが、先々うまれてくるこの不浄の子らをどうぞおまもりください。あつかましく、罪をおゆるしいただこうとまでは願いません。それでもどうか、このような子らが、少しでも仕合わせに生きられるよう、なにとぞお力をお貸しください」
震える声で祈り、ぽろりと涙をこぼす母を見上げながら、事情のよくわかっていない子供もそれをまねておとなしく手を合わせていた。
ううむ、困ったなァ。
佐野はその母子を見ながら銀ギセルを吹かし、ためいきをついた。この呪いは、すでに現世にはいない先代のキツネがかけたものであり、徐々に途絶えるだろうが効力は今後何百年と続き、なおかつ佐野が勝手に解いていいものではなかった。
人間の法律のように、キツネの祟りにも厳正なる決まりごとがあるのだ。こんなふうに泣かれてしまうと、ええいままよと解いてやりたくなるのが『人情』だが、無論そういうわけにはいかない。それにこの母親は、できることならもちろん呪いを解いてほしいのだろうが、そうとは言わず、仕合わせを願ってほしいと言っている。
ともかく、手下のキツネたちがここに到着したら『子供たちの嫁ぎ先』を見に行くくらいはしてみよう、と考えていた。しかし嫁いで行った子らはその土地の人となり、そこに住まうキツネの管轄下におかれるから、自分がどうこうすることはできない。あくまでも見に行くだけだ。
さして犯罪めいたことも起こらぬのどかな島だが、不在をするなら代理のキツネはかならず置いとかなければならない。佐野は呼びよせた彼らをこのまま据え置いて、自分は隠居同然の身で、テレビの水戸黄門のように全国行脚をするのが夢である。それに、ひさびさに本土に上がって人々の暮らしも見たかったし、物見遊山もしたかった。江戸はにぎやかで疲れるが、変化の最先端にあるから退屈がない。人はいつでもくだらないことを考えついて、バカなことをやっているから、見てて飽きないのだ。
……それに、ひとりだけ特に気になっている者がいる。
嫁ぐのではなく、丁稚として引き取られて行った子供だ。なんせケンカっ早くて、大人たちはよく手を焼かされていたものだ。鶏ガラみたいなナリをしているくせに腕っぷしが強く、似たような悪ガキどもが勝負を挑んでは、いつも返り討ちにあい泣かされていた。
あの子はこの島で唯一、このキツネの姿を見破ることができたのだ。社を建てられてから二百年もすると、佐野たちは人間の前に実体をあらわすことはせず、せいぜい"するどい人間"がその霊的な気配をほんのわずかに感じとる程度にとどまっていた。
しかしくだんの子供は、幼いころに託児小屋の者に連れられてこのようにお参りにやってきたとき、佐野を指差しながらこう言ったのだ。
「ねえせんせい、キツネがそこで寝そべりながらお腹をぼりぼり掻いてるよ。いまは眠いから、お願いなんか聞いちゃくれないよ」
先生と呼ばれた女は「そんなはずないでしょう。お稲荷様の御前で失礼なことを言うんじゃないよ」と叱ったが、見えないのをいいことにまさしくその通りの姿をさらしていたので、佐野は目玉が飛び出しそうなほど驚いた。そして手を引っ張られて帰っていくその子供は、「あそこにいるよ、なんで見えないの?」と女に何度も訴えて佐野を指さしていた。
それが、小乃との出会いであった。
0
お気に入りに追加
151
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
禁断の祈祷室
土岐ゆうば(金湯叶)
BL
リュアオス神を祀る神殿の神官長であるアメデアには専用の祈祷室があった。
アメデア以外は誰も入ることが許されない部屋には、神の像と燭台そして聖典があるだけ。窓もなにもなく、出入口は木の扉一つ。扉の前には護衛が待機しており、アメデア以外は誰もいない。
それなのに祈祷が終わると、アメデアの体には情交の痕がある。アメデアの聖痕は濃く輝き、その強力な神聖力によって人々を助ける。
救済のために神は神官を抱くのか。
それとも愛したがゆえに彼を抱くのか。
神×神官の許された神秘的な夜の話。
※小説家になろう(ムーンライトノベルズ)でも掲載しています。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
黄色い水仙を君に贈る
えんがわ
BL
──────────
「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」
「ああ、そうだな」
「っ……ばいばい……」
俺は……ただっ……
「うわああああああああ!」
君に愛して欲しかっただけなのに……
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる