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ⅱ
しおりを挟むー「やいキツネ、コンと鳴いてみろ」
それがこの平八にはじめて投げられたセリフであった。
おつかいの帰りに通りがかった横丁で、キセルを吹かしながら意地悪そうな笑みを浮かべていた男。蓮太郎はその不躾な態度にいらだつより先に、人間に正体がバレたことに対して焦りを感じた。
「お前はまだ小僧のキツネだな。よーく目をこらすと、お耳としっぽが見えるぞ。修行の足らん証拠だ。ついでにご面相も……キツネらしい、根性悪なツラをしとるわ」
噛み付いてやろうかと思ったが、なかなか手強そうな手合いだと感じた。人の顔に文句をつける割には、この男もずいぶん擦れた目つきをしている。
「まあそうニラむな。何だ、その隙だらけのナリで、見破られたのは初めてという顔だな」
「あなた、誰です」
「この町でしばらく厄介になっとるモンさ。西 平八だ」
平八、どこかで聞いたことがある。誰だったか、座敷で客がたびたびその名を口にしていたような……
「お前は妓楼の丁稚だろう。はちす屋だかなんだか……。あすこは親父もただならぬ人相をしとるから、いやに頭にこびりついてな。あの店は女郎も化け狐かい?」
「そんなわけないでしょう」
それだけ言って、相手にするのはよして歩き出した。しかし平八は面白そうな顔で、並んでくっついてくる。
「あっちへ行ってください」
「ツレない奴だ。なあ、俺はときどきキツネ憑きや、お前のように稲荷の使いらしきモンを町で見かけるんだ。お前たちはなぜ人間のフリをして暮らしている?」
「そんなことより、あなたは何者なんです?なぜそんなものが見えるのですか」
「さあな。だがうちは代々そういうモンを見やすいタチなんだ。ガキの頃にな、神社の境内に寝そべってあくびをしてる白狐も見たことあるぞ。近寄って頭を撫でたら驚いて噛みつきやがったが、慣れれば奴らもイヌと同じに、なかなかかわいいもんだった」
確かに、人間の中にもときどきするどい奴はいる。さすがに自分たちがキツネとバレたことはないものの、悪霊の気配を自分たちと同じように感じられる者や、宴会中の座敷を通りがかる霊などをうっかり見てしまい、ひとりで大騒ぎする客もあった。女郎にも「見える」のは多い。だからこそあんなにも稲荷に対する信仰心があついのかもしれない。
「キツネ、お前の名は?」
こんな男に明かしたくなかったが、名乗られた以上は名乗るのが礼儀だと養父の梅岡に教え込まれている。
「梅岡 蓮太郎」
「蓮太郎。よろしくな」
「よろしくされても困ります。ついてこないでください」
「なら今からお前の見世に客として行こう。金は持ってるから心配するな」
「うちは一見はお断りです」
「それなら、親父に"鶴本の旦那の知り合い"だと言え」
鶴本、はちす屋の上得意の金貸しをやっている男だ。そうだ、平八の名も、たしかその鶴本から聞いたのだ。
「………来て何をするのです?」
「それはお前がいちばんよくわかってるだろう?」
「ならウチでなくとも、ヨソにもおねえさんはいくらでもいるでしょう。けどそうじゃない、あなたの目的は私だ。言っときますけど、あなたとは絶対に仲良くしたくありません」
「ううむ、お堅い奴だな。それならお前の気に触りそうなことは言わん」
「…………」
「酒をちびっとやったらすぐに出てくよ」
「どうしてそんなに私に執着するのです?」
「そりゃあ珍しいモンだからさ。こうして堂々と人のナリをして歩いてる奴はあんまり見かけねえからな」
「面倒な人にとっ捕まったものだ」
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