つらじろ仔ぎつね

めめくらげ

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「いつものような、かたくるしいことは抜きです。今夜はたんと食べ、たんと飲んで、おおいに騒ぎ、よい夜にしましょう」

梅岡こと社長がグラスをかかげ、「カンパイ!」と高らかに発する。招待客のキツネ共も、「かんぱーい」と返してグラスを傾けた。
今夜の社長は、セットアップのジャケットの中に大好きな米リアリティー番組「FOXYS」のロゴが入った、クルーネックのTシャツを着ている。ネットで輸入して買ったものだ。靴はスニーカーで、一昔前に流行った名作の復刻版なるものを履き、カジュアルダウンと銘打ったいでたちのクセに、左手首には数百万の腕時計を燦然と輝かせていた。

「相変わらずゾクブツのかたまりだ」

ゲーテが吐きすてるようにつぶやく。彼もまたクロの用意したジャケットを羽織り、細身のカラーパンツとレザーシューズを履いて"今どきの人間"をよそおっていた。だが彼は社長と違って長身でそれなりにスタイルがいいため、つまらなそうな顔をしていてもその姿がよく似合っている。


ー「ようシャム猫、久しぶりだなあ」

遅れてやってきたシロがゲーテの肩にポンと手を置く。

「おやシロ坊」

「まだあの店で"松の位"を張ってんのかい?」

「そうさ。だがなあ、最初はラクでいいもんかと思ってたが、やっぱりそろそろあすこも飽きてきた。また誰か、ひとりの人間のところに住み着きたいものだ」

「さっさと出奔すればいいじゃないか」

「お前、どっかいいとこ知らんか?イチからあたらしい飼い主を探すのは骨が折れて嫌じゃ」

「うちの店のお姉ちゃんらに聞いてやろうか。家なしで途方に暮れてる黒シャムはいらんか、と」

「半ノラでやれるとこがいいんだ。自由に外をほっつき歩けて、腹が減ったら家に帰って、いつでも清潔なメシと水を与えられる暮らしをしたい。マンションじゃなくて戸建に住んでるヤツがいいだろう。管理の甘いアパート住まいでもいい」

「近ごろはペットの猫を平気で外にほっぽり出す人間はいねえよ。都内じゃ特に、車やらなんやら物騒だからな。キャットタワーが外の世界の代わりになると思ってる。自由でいたいならもっと下町の方とか、田舎に下るしかねえだろう」

「老体に長旅は禁物だ」

「何を言うか化け猫。だいたいお前、人間として生きてく気はないのかい?ヘタを打って行き詰まってもネコに戻りゃいいんだ、ラクな人生じゃねえか」

「ネコが人の世でイバラの道を生きようと思うわけねえだろう。俺がネコをやってるのはラクだからだ。なぜラクが良いかといえば、そりゃあ俺がネコだからさ」

「ネコじゃねえ、妖怪だ。化け猫だ」

「へっ、妖怪だろうがなんだろうが本質はネコじゃ」

「ネコが斯様にキツネの集まりにやすやす来れるかね。我々はケモノとは違うぞ、あくまでも化け物の・・・・」

「よう、ゲーテ!」

二人のあいだに上機嫌の社長が割り入ってきた。

「………やあ梅岡どの。お招きありがとう。こんなところを借り切って集会とは大したものだ。あいかわらずハデ好きだな」

「なあに、こんなところの貸し切りなんぞ、いまどきは一見の者でもネット予約でサッと出来るのだ。会員制のお座敷とは違う」

「そうかい。それよりあんた、近ごろはこういう見世もやりたいようだね。プール付きの成金趣味まるだしの。儲かんのかい?」

ゲーテがあごでしゃくった先には、水着を着たキツネ共が、水の中で酒を飲みながら楽しげにゆらゆら漂っていた。

「クロが洩らしたか。まあな、グループをもう少し大きくしたいんだ。これまで女を使う店ばかりだったから、いいかげんこういう分野にも挑んでみたいとは思ってる」

「年の割にずいぶん野心があるな。すでにもう充分、経営者としては成功してるじゃないか」

「金はいくらあっても足らんのだ。われわれはバカみたいに長生きなのだから」

「金が尽きたら野山に帰ればいい」

「バカ言え、ホントのキツネと一緒くたにするな。だいいち今さらケモノ然と暮らせるわけなかろう。われわれはずっと人と同じに生きてきたんだぞ」

「それを俺に言うか。俺はこの姿になっても"カリカリ"を美味しく食えるぞ」

「そりゃあおめえさんがたるんどるからだ。どうだい、ヒマなら俺の事業を手伝わないか?東京でもっと成功して、いずれはロスやニューヨークにも系列店を出したい」

「社長、何かにつけてアメリカのことを言いやがる。あいかわらずホクシーズにかぶれてるな」

シロが横槍を入れる。

「フォクシーズだバカ者。いいか、ドラマと関係なく、あの大国で成功すれば億万長者も夢じゃないんだぞ」

「われわれは日本のもののけですよ。あの国のケツのでかい魑魅魍魎にゃきっと太刀打ちできまい。拳銃にもね」

「何をいう。俺たちはもうほとんど人間だ」

「果たしてそうかね。見なさい、あそこで間抜けヅラでプカプカ浮いてるキツネどもを。プールがあんまりにも気持ちよくてしっぽが出ちまってる。あれじゃあダメさ」

「しっぽも耳もヒトには見えんからモンダイない」

「あはは、キツネは隙だらけでかわいいのう」

ゲーテが冷やかすように笑った。

「だが社長、あんたは化け物界の一番星さ。金に汚くて浮わっついた奴だが、頭もいいし向上心も計り知れない。がんばっとくれ。俺はまあ、このまま死ぬまで気ままな暮らしをするよ」

「なんだ化け猫、手伝っちゃくれないのか」

「あんまりにも退屈したら顔を出そう。働くのは嫌いだが、人が何かをしているのに手を出すのは嫌いじゃない」

「はっ、ネコらしい」

社長が笑いながら、通りかかったウエイターの銀盆からカクテルを取る。

「まあ、何かあったらまたクロに伝言をさせよう。楽しんでってくれ」

そう言ってゲーテの胸を小突き、他の客のもとへ去っていった。

「そうだ、クロ坊は?」

ゲーテが辺りを見回す。

「プールかい?」

「いや……ああほら、あすこに居る。お客らの接待さ」

クロは、シロが指をさした先のカウンターに腰掛け、客たちと何やら話をしている。だが二人の視線に気がついたと見え、カクテルグラスをそっと下げてこちらにやってきた。

「クロ坊、大層な衣装をありがとうよ」

「ゲーテさん、よくお似合いですね。サイズもちょうどよかった」

クロはここに来る前に、猫カフェの入った雑居ビルのポスト上の紙袋に、いつものように"集会用"の服を入れて置いておいた。

「こないだのと違うやつだ。わざわざ買ってくれたんだね。仕立てもいいし、値が張ったろう」

「経費で落とせますから。立松百貨店で買いました」

「そうかい。こんなにいいモノ今夜限りではもったいない。これからずっとこれでいい。俺は服に頓着しねえタチだからな」

「流行りは移り変わりが激しいですから、次もあればまた新しく買いますよ。社長はその辺のことにもうるさくて。今夜限りになるのなら、シロにでもやって下さい。サイズもほとんど同じでしょう」

「社長はいかにも昔の日本人の体型だからな。着飾ることでごまかしとるのさ。高いモノをつけるのもアメリカかぶれも、コンプレックスの裏っ返しだ」

「ははは、ゲーテよ、ここであんまり本当のことを言うな。それよりクロ、そろそろやるかい?」

「そうですね。皆さんがあまり酔いすぎる前に……」

「パパッと終わらせとくれ」

「はい。ゲーテさんはそこのカウンターにでも掛けててください。すみませんね、ソファーが埋まってて」

「年寄り扱いするな」

クロが社長のもとに向かい、"報告会"の準備を始めた。「企業の内容に関することだから」と、このダイニングバーの従業員たちには伝えてあるので、報告会のあいだだけ会場から抜けていてもらうことになっている。係りの者には照明だけ落としてもらい、シロがスクリーンに資料を映し出した。
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