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ー「ありゃー確実にカン違いしてるな。奴はサラを女人だと思い込んでやがる」

結局サラ抜きで天音と大吾郎と3人で離れの風呂に浸かり、笑一の不自然な振る舞いや反応について語り合った。

「さっき庭で脱がそうとしたのも、奴からサラへのこれまでの態度がどーにもおかしいと思って、わざと試したんだ。それでまさかあんな渾身のモンゴリアンチョップを喰らうとは思わなかったがなあ」

「そーだったんだ。……でも笑一さんもやっぱり君の血筋の人なんだなって、さっきのを見てよーやく実感できたよ」

「俺も。技にためらいが無かったな」

「ふん、あんな感情と肉体が直結してるよーな野人といっしょにするな」

「それにしても、サラってそこまで……」

「エミちゃんたちだってサラのこと女子だなんて思ってなかったぞ」

「あんくらいのジジイになると、若い奴らの顔が判別できないのと同じで、女顔の男など最早性別の区別もつかんのだ。島の男にあんなモヤシは居ないから、あーゆー男を見たことないしな。それにあいつはテレビに出てる女装のカマ野郎共のことも、何人かはモノホンの口うるさいババアだと思ってたんだぞ」

「ええ……」

「そこまで見分けがつかないんじゃあ無理はないか」

「でもさあ、そうとなると、笑一さんにとってのサラって……」

「渦川くんが実家に連れてきた女子、ってことになるな。かなり意味深な存在だ」

ヒノキ造りの浴槽でもくもくと湯けむりに包まれながら、3人は気まずい顔をして数秒ほど黙り込んだ。

「……だいたいさあ、男子校なのに少しも疑われなかったわけ?学校の子を連れてくって言ったんじゃないの?」

「いや」

「じゃあなんて?」

「単純に、仲間を連れて行くと伝えただけだ」

「そしたら?」

「わかった、とそれだけだった。だがどんな奴かと尋ねられたから、香月サラという名で、引きこもりのネクラだとだけ伝えて、ついでに奴とボーリングに行ったときの写真を添付したんだ。そんときにカン違いしたのかもしれん」

「ああ……制服だったならまだしもねえ。それに名前も女の子みたいだから、なおさらだ」

「そのあとにやたら多く小遣いを振り込まれるようになってな。サラと使えという名目だった。だが奴といても金を使う機会などそう無いから、ほとんど俺の私腹を肥やしただけで終わった」

「あーあ、カンペキに彼女だと思われてるね」

「な」

「笑一さん、内心ではすごく喜んでんだろうなあ。息子のような君が、女の子連れて帰ってきたんだから」

「へっ、俺にはメキシコで待ってる女がいるっつーんだよ」

「期待させっぱなしもかわいそうだから、笑一さんにちゃんとサラは男だって教えてあげなよ」

「何を期待しとるんだか」

すると大吾郎は、さきほどからサラの件と並行して言うか言うまいかと悩んでいたことを、やはり言っておこうと思いおずおずと切り出した。

「あの、それもそうなんだけど……天音もさ……」

「ん?」

「なんていうか……エミちゃんのこと、どう思ってる?」

「へ?エミちゃん?……何で急にエミちゃん?」

突然何を聞くのかという顔をする。この男はやはりなんにも察していなかったのだ。

「その……俺から言うことじゃないんだけど、ここにいる時間が限られてるから、一応言っとくよ。エミちゃんさ、天音のことたぶんけっこー好きだよ。……惚れてるっていうか」

「え……」

たちのぼった湯気がしずくとなり、天井からぽたりと垂れて天音の傷口を打った。妹の美和くらいわかりやすく好意をあらわにしていなければ、彼には女心が見えないのであろう。

「……それこそカン違いじゃない?ゴローだけの。ミワちゃんにいろいろ優しくしてもらって、なんかのぼせあがってるんじゃないの?」

「いや、明らかに天音のこと好きだって。たぶんみんな思ってるよ。あとで多数決とってもいい」

「多数決って……」

「ほーん、イグアナちゃんはエミで童貞卒業か。気をつけろよ、ぼやぼやしてたらジジイに流されてそのまんま婿に取られちまうぜ。農家の親父だからそこらへんの手は早いぞ」

「バカ言うな。ていうか……」

僕が好きになる対象を知っているだろう、と言いかけてハッと口をつぐんだ。大吾郎には自分が同性愛者であることを明かしていない。

「……そ、そしたら渦川天音になるんでしょ?ぜったいに嫌だ、死んでもゴメンだ」

「苗字の問題なの?」

「あーそーだよ!それならエミちゃんが僕のお嫁さんになって星崎エミになるほうがずっといい!まあハルヒコと親戚になることがもっともイヤだけどね!」

「スクラップ工場の長男坊に嫁入りか……まあ奴は島を出たがっているし、大学に行ったらもう島には帰らんだろうから、それが良かろうな」

「ていうか話がめちゃくちゃすっ飛んでるけど、そうじゃなくてその……たぶん気のせいだよ」

「じゃあもし気のせいじゃなかったら?」

「なかったら……?」

「エミちゃんに連絡先交換してとか言われて、そのあともずっとやり取りが続いて、ある日突然告白とかされたらどーする?それか来年島からこっちに移ってきて、もしかしたら会うことになってダイレクトに好きって言われるかもよ」

「ゴロー、なんかいつもと違う……なんで急にそんな詰めるの?」

長く浸かっていたせいで、ダラダラと汗をかきはじめる。だが暑さによる汗以外のものも混じっている。

「いや、天音ってそういう人が現れたときどーなんのかなって、ひそかに気になってたから」

「なんでそんなこと……別にふつうだよ」

「ふつうって?」

「ふ、ふつうはふつうだ……」

「てゆーーかいいかげん上がるぞ。茹でタコになっちまう」

ハルヒコがザバリと湯船から出ると、気まずそうに大吾郎から目をそらしたまま天音もそれに続いた。こういう類いのことには疎そうだとは思っていたが、少し問い詰めただけでこんなにも童貞丸出しのリアクションを見せるとは思っていなかった。

大吾郎はその様子にめずらしくいたずら心が湧き、彼も湯船から上がると「そんな照れるなよ」とニヤつきながら天音の背中をつついた。

だが同時に、この男はこのあいだハルヒコのをしゃぶったんだよな、とはたと思い出す。耀介があれほどに狼狽しながら見たと言ったのだから本当なのだろう。

あのときの天音は確かにあまりにも様子がおかしかったから、一連のことは「ぜんぶ頭を打ったせいだ」、と仲間たちのあいだで結論付けもうそのことには蓋をしているが、しかしその奇行が事実であることも確かなのだ。

だがそのことを差し引いても、天音という男の真意はよくわからない。いつも感情的で単純なように見えるが、耀介や高鷹のような「少年」としてのシンプルさとは違う。そもそも感情的というのも、ハルヒコがやって来てから露呈し始めた面なのだ。彼にはまだ、掘れば出てくるものがいろいろとありそうな気もする。
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