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「おう、エミちゃん。サラも来たのか」

試合を終え汗だくの大吾郎がやって来くると、笑美は「おっす」と片手を上げマネージャーのようにタオルと半分凍ったペットボトルを差し出した。

「すごいねゴローくん、ほとんど無双状態じゃん。女バスの子たちみんなキャーキャー言ってたよ」

「うちの学校むちゃくちゃ練習厳しいからな。ここの高校とはやったことないけど、他校との試合もほぼ毎週組み込まれてる。でもここのバスケ部けっこー強いし、1回くらいここともやってみたいなあ」

「まあ~ここは東京のガラパゴスですからなあ。遠征するにもお金がねえ」

ガラパゴス、という言葉に天音だけがぴくりと反応し、今この場にハルヒコがいなくてよかったと思った。「ガラパゴスの生き物ならここにもいますけどなあ」とあの憎たらしい顔で余計なことを言う様が目に見えるようだ。

「そういえば、ハルヒコどこ行ったんだろ」

「野球かサッカーか泳いでるか、疲れてどっかの港で寝っ転がってるんじゃない?車使ってないみたいだから、その辺にいると思う」

「ほんとーにぜんぜん働かないんだな」

「島を出るまでイヤってほどやらされてきたからねえ。まあ、明日からいいかげん手伝ってもらうけど。……そろそろ夕飯だから、帰ろっか」

笑美に促され、天音たちは試合をした仲間たちと「またやろうな」とハイタッチやハグをし、コートの外で練習を見ていた美和を引き連れ体育館を後にした。どこか自慢げな美和と、彼女に続く男たちの後ろ姿を、その場に残された女子たちがうらやましそうな顔で見送った。


連れ立ってテクテクと歩く薄暗い道中で、美和が「いちばん人気はサラちゃんだったよ」とおもむろに言い出した。サラが首をかしげると、「3人の中で誰と付き合いたいか、みんなで話し合ってたの」と無邪気に大吾郎の腕にからみついた。

「サラ、バスケしてないのに?」

「してないのにいちばんだった。でもしょーがないよね~、超カオ整ってるんだもん」

「僕は何番?」

「サラちゃんと4票差で3番」

「えー、あんなに活躍したのになあ。じゃあゴローが2番?」

「天音くんと1票差でね」

「1票はミワちゃんてことか」

「そう」

すると少し先を歩いていた笑美が天音を振り返り、「じゃーあたしは天音くんに1票」と言った。

「やったーー!!」

「……よかったね、天音」

「うわ、何そのいちばんの余裕な感じ」

「そういうつもりじゃ……」

「でも僕バスケよりサッカーの方が得意だから、サッカーだったらぜったいヨユーでいちばんだったよね?!」

「お、おう……そうだな」

笑美が天音にいだく「女子としての」好意に気付いているのは、のんきに喜んでいる天音本人をのぞいた3人の方であった。



ー「あ、ハル帰ってたんだ」

玄関まで周るのは面倒だからと5人が庭の裏口から入ると、ハルヒコがひとり縁側でかき氷を食べていた。

「いいなあかき氷!あたしにも!」

「自分で作ってこい」

「ここ氷かきあるの?」

「台所にあるぞ。手動だがな」

「へえ、珍しいな」

「ごはんのあとにみんなで作ろうか。お中元でもらったいろんな味のカルピスあるから、それかけて食べ比べしよ」

「あ、最高」

「あとオロナミンC」

「それ美味いか?」

「美味しいよ!あとで試して」

4人がどやどやと和室に上がっていくが、天音だけ縁側に残り、ハルヒコのとなりに腰掛けた。

「8000番目の男」

天音がニヤリと笑いながら言うと、舌を緑に染めたハルヒコが「8000?」と眉をひそめた。

「今日ね、体育館で女の子たちが僕たちのことをランク付けしてたんだ。サラがいちばんでゴローと僕が2番」

「んで俺の順位が8000番か」

「そう。この島の人口の最下位」

「なぜ俺だけ男からも投票されるシステムなんだ?」

「僕にもちょっとちょうだい」

ハルヒコの手からスプーンをかすめ取ると、シロップと氷のさかい目をすくい取って口に運んだ。頭を使わぬ冷たい甘さが脳を刺激する。

「お前それよりケガはどーなった」

「もうとっくに良くなったよ。エミちゃんが貼ってくれたんだ、コレ」

「さすが爬虫類は自然治癒力が強いな」

スプーンを返さず、シャクシャクと勝手にかき氷を食べすすめる。

「ねえ」

「ん?」

「三国先生と別れちゃった」

「……」

「なんで俺に報告するんだ、なんて言うなよ。あんなところを覗き見られてなけりゃ、君なんかに言う必要は無かったんだから」

「いつ別れた?」

「期末の前」

「半月以上も前か」

「それでも学年8位ってすごくない?わりと傷心したのに自己ベスト更新だよ」

「はん、憑き物が落ちたおかげだな。お前はこれからよりいっそう色事から遠のいた、哀れなガリ勉童貞イグアナの道を突き進むだけだ」

「君に哀れだなんて言われたくないね……あぁ」

苦しげなうめき声でとなりを見やると、彼はかき氷特有の関連痛でひたいを指先で抑えていた。

「なあ」

「……なに」

「そもそもお前は、なぜ三国と恋仲にあったんだ?」

眉間にシワを寄せたまま、スプーンをさくりと氷の中にうめる。

「お互いに好きだったからだよ」

「答えになっとらん」

「なってるでしょ」

「いいやなってない。奴がお前の卵を孵化させて刷り込みで、ってんならまぁわかるが、人間的なナレソメなるものがお前らにもあるのだろう?」

「そんなこと聞いてどうするの?」

「お前がどうやって人間を好きになるのか気になるからだ」

「はあ……ごく普通に好きになるよ」

「お前は怒り以外の感情がいまいち見えづらい」

「それも君に言われたくない」

「お前、三国といつどこで知り合った?何となくだが、学校で出会ったわけではないだろ?お前が遅れて入学してきたことと関係があるような気がするんだ」

天音はグッと言葉に詰まり、皮肉にもそれが答えとなった。

"誰かに言ったらぜったいに君を許さない。僕だけじゃなくて、あの人の人生までめちゃくちゃにするようなことなんて、ぜったいに許さないからな"

それほど遠くはないいつかの言葉と光景が、ふたりの胸によみがえる。だがあのときのように感情は昂ぶっていない。無論あのときと状況が大いに違うからでもあるが、ひた隠しにしていたものから解放されたことで、天音の心はこれまでと比べものにならぬほどゆるんでいた。

「……いくら終わったからって、サラ以外の誰かに言わないでくれよ」

「女々しい奴だな。そんなくだらん心配はいい加減よせ」

「じゃあ簡単に話すよ。簡単なことだから」

「おう」

「まずキッカケは、僕が"現役の"高校生だったときに、いじめられて学校をやめたことだ」

「んん?お、お前が?いじめ……られた方だと……?」

ハルヒコが眉をひそめ首を突き出した。これまで天音の鉄拳制裁を幾度となく喰らってきたためか、にわかには信じがたいという顔だ。

「そうだよ。原因は高校時代に付き合ってた人がいて、その人と男同士で手をつないで歩いてたとこをクラスメイトに見られたせいだ。

初めは無視されるくらいだったけど、だんだんひどくなってきて限界が来て退学した。で、やめたのと同時にその人とも終わった。ていうか僕がぜんぶ嫌になって、携帯も解約して家族以外誰とも連絡を取らなくなったんだ。だから自然消滅」

「……」

「そのときに、友達づてに僕のことを聞いて心配してくれたのがケイ……三国先生だった。先生は僕の友達の兄さんなんだ。よく実家に遊びに行ってたから、顔見知りでね」

星空の下の暗がりの縁側で、彼が虫の合唱よりも小さな声でポツポツと話し出したことに、ハルヒコは黙って耳を傾けた。それから10分後に瑛一が「ごはんだって」と呼びに来る頃にその話は終わり、かたわらに置かれたかき氷は透明な緑色の液体と化していた。
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