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しおりを挟む「悪いねえサラさん、せっかく遊びに来てくれたのに、店まで手伝ってもらっちゃって」
「いえ。急に言いだしたのに、ありがとうございます」
笑一と妻の美代子、長女の笑美、次女の美和、長男の瑛一が暮らす渦川邸の食卓は、その夜はいつもよりずっと賑やかであった。今夜は近所に住む親戚や笑一の仕事仲間、そして子供たちの友人らも、ハルヒコの里帰りと"海の向こう"からやってきた客たちを歓迎するためにと招かれている。
サラはその邸宅の大きさにも目を見張り、ハルヒコに「君んち大豪邸だね」と言うと、「農家はどこもこれくらいが普通だ」と言われた。
笑美と美和は年子で島内の同じ高校に通い、瑛一もその近くの中学に通っている。彼らはハルヒコのいとこにあたるのだが、血縁者とは言えいずれもハルヒコとは似ておらず、やはり父母の快活な雰囲気をしっかりと受け継ぎ、おだやかで大らかそうな姉弟であった。
「ゴローくん、明日うちの高校のバスケの練習あるから、よかったら試合来てよ」
次女の美和はおとといからここに泊まっている大吾郎をすっかり気に入っており、異性に対して思春期らしく照れたり煙たがったりもせず、同い年であるのに年の離れた妹のように懐き、ずっと彼のとなりにくっついていた。
「でも俺、バイト終わるの3時だよ」
「練習はお昼から夕方までだから」
「そーなんだ、じゃ行こうかな。でも女バス?」
「ううん、もちろん男子の方だよ。女バスに入ってもいいけど」
「いきなり俺が行って平気かな?」
「平気だよ!夏休みになると、学生以外の助っ人とかしょっちゅう呼んでるから」
「へえ、フツーは部外者なんて立ち入り禁止なんだけどな」
「うちはこのへんの人たちほとんど顔見知りだからね。顔知らなくても、バスケ部の誰かの知り合いだし」
「なるほど……」
女子にあまり免疫は無いが、よく知ったハルヒコの血縁であることと、彼女の持ち前の明るさや懐っこさに、大吾郎もすでに懐柔させられている。美和は化粧っ気がなく、短い前髪と少し癖のあるショートカットがよく似合う少女であった。
そして姉の笑美と気が合うのは天音だ。彼女も妹に負けず劣らずアクティブな少女であり、家業を手伝うかたわらで天音のように小学生たちにバスケやバレーボールを教えたり、夏のあいだは妹とともに、父の経営するマリンスポーツ用品店での販売員兼アドバイザーを任されているという。
受験も控え忙しい身ではあるが、天音が例の場所で天の川を見たいと言ったら、夜間に島民が近寄らない場所であることにも怖気付かず「それなら私と一緒に見に行こう」と言ってくれた。彼女は去年バイクの免許を取得し、誕生日に父にオートバイを買ってもらったので、「2人乗りで連れて行ってあげる」と言うと、天音はパッと嬉しそうな顔を彼女に向けた。
その話を聞いて「2人乗り、いいな」とサラがぽつりと言うと、「じゃあサラちゃんは、明日バイトのあとにバイクで島一周しに行くのはどう?」と提案し、サラもまた嬉しそうに微笑んだ。
「なんだあエミ、お前運転平気なんだろうな?」
「しょっちゅう友達の送り迎えに使われてるんだから、平気」
「絶対スピード出すなよ。あと山も行くな。狭い山道なのに平気でダンプが突っ込んできて危ねえからな」
「はいはい」
「山も登らずスピードも出さずにバイクなんか乗って、何が楽しいというのだ」
ハルヒコが親子に横槍を入れると、「よかったらハルも後ろに乗る?」と笑美にからかわれ、「俺が女のケツにまたがるわけねえだろ。車の助手席だって御免だ」と口元を歪めた。
ー「ねーねー天音くん、明日の朝、俺もサーフィン連れてって」
姉たちに挟まれてまったく会話に入り込めなかった瑛一が、ようやく天音に話しかけた。彼は成長期で姉たちの身長を優に追い越し、渦川家の男の多くがそうであるように早くもたくましい体つきをしてはいるが、姉たちと対照的におとなしい性格で少し甘えん坊なところもあり、いつまでも「幼い末っ子」のような性質から脱却できていない。
「サーフィン?いいよ、瑛一くんできるの?」
「んーん……」
「瑛一はなあ、島育ちのくせにカナヅチなんだ。プールでもおっかないのに、海なんて波があるからよけい行かないんだよな」
笑一が笑いながら言うと、彼は少しだけ顔を赤くして父を睨んだ。
「じゃあボディーボードはどう?ここ波もぜんぜん高くないし、寝そべって浮かんでるだけでも面白いよ。教えてあげるから」
「うん」
ハルヒコが島を出てから、家にいる男は仕事の忙しい父親とその仲間や親戚くらいで、夏休みに入ってからは家の手伝いもあって友人らと遊びほうけるわけにもいかず、瑛一は若い男の遊び相手に餓えていた。
天音も大吾郎もアルバイトをしに来ているので好きに遊ぶことはできないが、家にいる間だけでも構ってもらえることが、瑛一には嬉しかった。彼らはハルヒコと違い垢抜けていて、中学生の彼にとってどこか大人の男という雰囲気だったので、おとといの夜に会ったときは近寄りがたいと思っていたが、その印象もすぐに払拭された。
天音は少し性格のキツそうな見た目にそぐわず、優しくて無邪気で明るい人柄で、大吾郎は大柄で物静かな雰囲気ではあるが、美和に気に入られるだけあり、面倒見がよく人の好さそうな男である。彼らは瑛一の兄であるかのように、この姉弟にすっかりなじんでいた。
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