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しおりを挟む「焼こうかどうしようかなんて言ってたけど、ここにいたら嫌でも真っ黒になるね」
「こんなにずーっと遊んでりゃあな。それに、ここがこんな沖縄並みの陽射しだなんて知らなかった」
バイトを終え、店長から聞いた夕日がもっとも美しく見える浜辺まで自転車でやって来て、天音と大吾郎は手すりのない高い石壁に並んで腰をおろした。本州の方面を向いており、一帯が暗くなるころには静岡の港町の夜景が遠くに浮かぶのだ。
「島っていいね。むかし家族と沖縄の離島に行った以来だ」
「俺も沖縄以外では……ああ、あと子供のころにハワイはあるけど、こういう小さな離島ってのはないな」
「ハワイかあ、行ってみたいなあ。ねえ、そーいえば江ノ島って島?」
「江ノ島って名前なんだから島だろ。島っぽい形だったし」
「じゃあ僕たち江ノ島も行ったね。去年珠希の家でバーベキューしたついでに」
「そういえば」
「でもあれは、島っていうか……」
「……そうだな」
寮の近くの河原から見る燃えるような夕焼けと違い、この島の夕日は夜の紫と共に海に溶けるように、じっくりと静かに沈んでいく。もしも地球に彗星が衝突するとしたら、きっとこんな空になるのかもしれない。
「店長がね、もしかしたらそろそろ天の川が見えるかもしれないって」
「え、天の川?」
「うん。ときどき夏のあいだに見えるらしいよ」
「そうなの?……見たいなあ、天の川。生で見られることなんて、あっち側に住んでたら一生無いだろうな」
「どっかの高い山からなら見えるかもしれないけど……少なくとも東京じゃ無理かな」
「ここも一応東京なんだけどな」
「そういえば。車、品川ナンバーだしね」
すると、くだらない会話をするふたりの背後で、突如クラクションが軽く2回鳴らされた。
「あ」
ふたり同時に振り向き、声を発する。食堂の社用車だろうか、荷台になにも積まれていない白い軽トラックが、サイクリングコースであるサンセットラインの上の、サンセットロードという車道に停まっていた。
「お前ら、こっから本町までチャリンコで帰るのか?」
運転席からハルヒコが声をかけ、そのとなりでサラが小さく手を振る。大吾郎が「あ、そっか、免許持ってるんだっけ」とつぶやくように言った。
「ヨユーだよ」
「さすがは体力馬鹿コンビだな。朝っぱらから海で遊んでバイトしてサイクリングか」
車を路肩に寄せると、足場の悪い斜面をハルヒコはサラの手を取って下ってきた。
「俺たちも夕陽を見に来たのだ」
「食堂のテラスから、この道がすごく綺麗に見えるでしょ?どうしても来てみたくて」
サラと天音をはさみ、4人並んで海を眺める。
「すごいね、この空。毎日こんな景色が見られるなんていいなあ」
茜色に照らされるサラの横顔を、大吾郎がチラリと見やった。その視線に気がついたのは、となりに座る天音だけだ。
「来てよかった。まだぜんぜん回れてないけど、ハルヒコの島すごく気に入った」
天音がぽつりと言うと、ハルヒコは真正面を向いたまま「俺の島ではないがな」と返した。
「ねえハルヒコ、天の川もここから見えるかな?」
「出ればどこからでも見えるが、もっと北側の浜辺のほうがくっきり見えるな。民家がないし本当に街灯がただの1本も立ってないから、プラネタリウムみたいに見えるぞ。崖から海に飛び込む奴が多いから超弩級の心霊スポットだが、お前ならひとりで行けるだろう」
「夜中にひとりで行ったら自殺しに行くと思われるってことだね」
「そーゆーことだ」
「じゃ、ゴロー」
「俺は絶対に行かないぞ」
「なんで?行こうよ!せっかく新しいデジタル一眼持ってきたんだから」
「とんでもないものを撮っちまいそうだから、よしとく」
「じゃーサラは?」
彼も無言で小さく首を振る。
「えー、君もそんなのが怖いの?お化けとか信じてるタイプ?」
「なんとなく」
「はー、じゃあ天の川が出たら僕ひとりで行ってみるよ」
「そしたら俺のカメラで写真も撮ってきて」
「もー、なんだそれ。そんならゴローも来ればいいのに」
するとやや置いて、「……なぜ俺を誘わんのだ?」ハルヒコが静かに尋ねた。天音は彼の方を向くと、思いきり眉根を寄せて首を傾げる。
「君ィ、そりゃ観光客に外国語で話しかけられた現地の人のリアクションだぞ。とつぜん日本語が通じなくなったのか?俺は今そんなに摩訶不思議なことを聞いたか?」
「いや別に。でもいいよ、ひとりで行くから。自転車あるし」
「ぬうぅ……おかしいだろ急にその切り替えは」
「高鷹たちも実家帰る前にいっしょに来ればよかったのにね」
「おいイグアナ」
「あ、そういえば天音、明日のバイトって何時にお店に行けばいいの?」
「えー、サラちゃん今それ聞くところかい?てゆーかさっき店長に聞いてこなかったのかい?」
「9時半に着いてれば平気だよ。オープンは10時からで、僕らは開店作業からスタートだから。ちゃんと起きてね」
「平気だよ、学校より遅いから」
そう言うと、ふたりはにこりと笑い合った。
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