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しおりを挟む「ハルヒコ、いくら自分ちの店だからってそんな格好でウロウロしないで。他のお客さんもいるでしょ」
「ずぶ濡れでいるよりいいだろ。それに裏口から入ったんだ」
「服持ってきたよ。着替えて」
「おう」
「ていうかなんで裸足なの?サンダルは?」
「荷台に置きっぱなしだ」
「もう……」
裸に赤いジャージを羽織り、部屋着の短パンを履く。いつもどおりの姿だが、自慢の帽子ははるか彼方へ消え去ってしまった。
サラは席についてようやく一息つくと、目の前に広がる大海を眺めた。遠くに見える陸地は静岡の港であろうか。海上には大小様々の船が点々と散らばり、タンカーらしき巨大な船の汽笛が鳴り響いている。左側に視線をやると、ずっと先にはフィヨルドの露頭のように切り立った崖が長く伸び、まるで海を挟んでもうひとつの島が浮かんでいるかのようであった。
「ねえ、あそこも車で走れるの?」
サラがその崖を指差す。
「ああ。というか街なか以外なら基本的に海沿いを走るからな。西部は悪路やガードレールの無い道も多いが、慣れりゃ1時間で周りきれる。……食ったらさっそくドライブでもするか?」
「いいの?」
「すぐに飽きるだろうがな」
「ううん、僕この島の景色とっても気に入ってる」
「まだ何にも見てねえのにか」
「ここからだけでも充分によくわかるよ。それからあと、風の匂いとか、色とか……」
「はあん。ここに寮がありゃあ、お前の引きこもりもちったァ解消されるのになあ」
「でも1学期は頑張ったよ」
「頑張ったんだろうが教室に居た日数が半月分にも満たないってどーいうことだ。期末がオール満点だったから何とか延命を図れてるだけだぞ」
「だって内容わかるのにわざわざ授業を受ける意味はないでしょ」
「あーあ、お前の脳ミソの勉強できる部分だけ移植してえなあ。……何食うか決まったか?」
「ハルヒコと同じのにする」
「んじゃーハンバーグ定食だ」
「えーやだあ、魚がいい」
「じゃお前は海鮮ランチの松にしろ」
「ごはん少なめね」
「へーへー。お~~いおっちゃん注文!」
ハルヒコがテラスから直接1階に呼びかけると、「おう、何する」と返事が聞こえた。
「ハンバーグ定食とランチの松。定食の飯は大盛りで、海鮮丼のメシはお子様ランチ並みに少なめにしてくれ」
「大盛りと少なめね。飲みモンは?」
「コーラ2本だ」
「先持ってくかい?」
「ああ頼む」
「あいよ、ちょっと待ってな」
サラは船に乗り込んだときからずっと、冒険に出発する子供のようにワクワクした気持ちでいっぱいであった。
家族旅行でなら、もっと豪華な外国のリゾート地には何度か滞在したことはあるが、彼らとの旅でこのような高揚を抱いたことはない。旅行のあいだは両親の許可の範囲でひとりで行動し、現地の人々の会話を聞いたり、英語の通じる国なら土地の人々と話をしてみることは楽しいが、家族写真の中の自分はどれも笑っていない。
しかしここは、これまで赴いたどんな場所よりも自由な島だ。まさしく楽園と言える。去年の入寮初日や、はじめて天音の実家に泊まりに行った日の気分もよみがえってくる。
つまりここが島でなくともきっと楽園のように思えるのだろうが、それにしてもこの小さな火山島の景色は、車社会とはいえ予想以上に風光明媚であり、木と土と海が夏の匂いとなって風に運ばれてくる美しい島であった。
それに、笑一が写真で見たよりずっと優しそうな人柄ところにも安堵した。サラさんと呼ばれるのは少し恥ずかしいのだが、香月さんと呼ばれるよりはまだ親しみがあって良い。
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