少年カイザー(挿絵複数有り)

めめくらげ

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ふと目をさますと、電気の点いていない室内はもうすっかり薄暗かった。長い日曜がようやく暮れ始めたのだろう。暗くて壁掛け時計の秒針は見えないが、この暗さは恐らくすでに夜の7時を回ったところだ。


目の前には、こちらを向いた天音の寝顔があった。もう何ヶ月もサラを抱きしめて眠ったベッドに、彼がいる。だがなぜかハルヒコには、その方が自然なことに思えた。ふと、天音の寝息がやむ。

「……起きた?」

「……む」

暗がりだからなのか、まもなく見えなくなる互いのぼやけた目で見つめあうことが、それほど気まずくはない。

「僕たち昨日から、ずっと眠ってる気がする」

「うむ」

そっとティッシュを引き抜かれる。どうやら鼻血は止まっているらしかった。

「なあイグアナよ。お前、自分の意思で俺のチンコをしゃぶったんじゃないってこと、わかってるか?」

「何それ」

「お前は今、きのうのトンネルにいたという妙なガキに呪われてるんだ。何やら俺は意図せずそいつをトンネルから救い出したらしい」

「それって、あの……」

地蔵のことだろうか?だがハルヒコは言葉を待たずに続けた。

「そいつとはきのう林田の家の駐車場で会ったんだが、俺の願いを聞いてやるなどと言い出してな。よくわからぬが、ともかくおとぎばなし的展開で、そのガキを助けた礼として俺にいい思いをさせてやると言ってきた。そしてどうやら、お前の身体を俺に差し出させることにしたらしい」

ハルヒコは我ながら馬鹿げたことを口にしていると思った。むろん天音もその妙な話を信じているわけではない。だがそれについての真偽には触れず、こう尋ねた。

「なぜその子が僕の身体を?」

「お前が相手なら、俺がいい思いをできるだろうと奴が判断したからだ」

「なぜ僕が相手ならいいの?」

「それは……」

「ハルヒコが僕を選んだんでしょ?」

「……」

「サラを選んでいたなら、僕たちは今ここに眠っていない」

否定も肯定もせず、ハルヒコは黙り込んだ。やや置いて、天音が静かに言う。

「確かに、今日の僕はちょっと変だ」

「……自覚してたのか?」

「うん。何となくでしかないけど」

「それならお前……なぜあんな蛮行を?」

「フェラしたこと?」

「ぐっ……まあ、そうだ。だがそれだけじゃなかろう。本当ならもっとあれ以上のことを、お前は俺と……」

「そーだね、セックスしてた」

「……ああ」

「君が倒れさえしなければ、僕たちは今ごろ」

「だがそんなのはダメだ」

いつの間に日没を果たしたのか、互いの表情はもう暗がりに溶けこみ、ほとんどわからないことにふと気がつく。

「……なぜ?」

「わからんのか?お前の意思ではないからだ」

「1回くらい、どーでもいいと思うけど」

「その1回で終わらされる俺の気持ちはどうなる」

「……」

「俺もお前に迫られているうちは別にいいかと思ったが、やっぱり意思のないお前を相手にしても楽しくはないと、さっきぶっ倒れてから思い至った。だがもしも"その1回"に、ほんのわずかでも楽しさや幸福感を見出してしまったら……」

もはや自分がどんな表情をしているのかもわからない。

「ガキがお前を解放したとき、そこに残るものはあまりにも……あまりにも空虚で、佗しいモノじゃないか。だからダメだ。不本意にも、1週間ぶりに抜いてサッパリした今だから言えることだがな」

「バカみたい」

「お前もバカ丸出しだ」

「童貞ってほんとめんどくさいな」

「お前も童貞だろ」

「……ねえ、セックスはしなくていいから、身体をさわって」

「んん?」

「今なら怒らない。こんなこと、この先ないかもよ」

「俺は触るなと言われるから触るのだ」

「いいから」

「……」

向かい合う天音の背中に腕を回し、そっと撫でてみる。天音も身体を寄せてきて、ふたりは抱き合うように密着した。

「これより下を触った瞬間、頭カチ割ったりしないよな?」

ハルヒコの手が腰のあたりで止まる。

「いつもの僕ならわからないけど、今はどこを触ってもいい。なんか、そんな気分だから」

重なる天音の手に促され、尻を触り、腿の裏側も撫でた。触りたいからというより、本当に「平気」なのか確かめたかったのだ。サラとこうして抱き合うときは、背骨から尻まで手グセのように触っていたが、彼とは違う厚みや丸みを帯びたこの場所は、触れれば必ず過剰な報復を喰らわされる禁断の場所であった。……禁断という意識の中には、三国しか触れてはならないという「規則」も含まれる。

「許可を得て安全に触るというのは、味気ない」

「君がいつかよそで性犯罪をやらかすんじゃないかって、僕たちはいつもヒヤヒヤしてんだ」

「バカを言うな」

「でもバカだからさ、君」

「……虚しいな、やっぱり」

「そうだね……虚しいってことにようやく気がついた」

「風呂入るか」

「うん」

そっと起き上がると、「あ……」と吐息まじりの声で、天音が顔の右半分を手で覆った。

「どうした?」

「ちょっとめまい」

「それなら後にするか?」

「ううん、いま入る。今日はいつもより閉めるの早いから、早く入っちゃわないと……」

そろりと立ち上がるとようやく電燈をともして、天音は風呂の用具を取りに210号室へ戻っていった。
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