少年カイザー(挿絵複数有り)

めめくらげ

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目覚めてすぐには、自分の置かれた現状と、今日が何曜日なのかわからなかった。(学校は?)と飛び起きると、2段ベッドの上段からハルヒコが鼻梁の上半分までをのぞかせており、天音は「うわっ」と肩をすくめた。

「ハルヒコ、僕……」

「おい、お前、白丸か?」

「はあ?」

先までの不気味な彼ではない。いつもの天音の表情だ。

「ねえ、学校は?」

「今日は日曜だ」

「……なんだ、よかったぁ」

「お前、なんにも覚えてないのか?」

「どういうこと?」

ハルヒコは何をどう説明するべきか、天音が目覚めるまで考えていた。高鷹の言うとおり恐らく呪われているのだが、白丸少年のことなどまず話しても信用されないし、よけい複雑になるだけであろう。昨夜のうちに少年のことを伝えていても、それは同じであったはずだ。寮の仲間だって信じるわけがない。しかし天音は恐らく、白丸少年に取り憑かれたのだ。

「ぶっ倒れて杉崎医院に俺が運び、その後自分の足で寮まで帰ってきたのだ」

「倒れて……?どこで?」

「河原だ。お前の免許証を俺が確認したのは覚えていないか?」

「免許証?……ああ!」

その問いかけは、小石を池に投げ入れ、底に沈殿する泥をすくいあげたかのように、天音のぼんやりした記憶を徐々によみがえらせた。実年齢がバレたことがよほどショックだったのだろう。

「あのあとに急に倒れたんだ。杉崎によると、頭は打ってないようだが、疲れか貧血だろうとのことで、点滴だけされてサクッと帰らされた」

思い出しているかはわからぬが、地蔵のことは言わなかった。

「そうなんだ……どうしたんだろ。別に貧血もないし、疲れてもなかったけど……あのおじいさん先生、テキトーだからな」

「心配なら明日べつの病院に行こうかと、さっきタマキンたちが話してたぞ」

「そう。……あれ?ていうか、この部屋……」

「俺とサラの部屋だ」

「だよね?何でここに?」

「お前が自分で言い出したんだぞ。サラに一晩だけ部屋を代われとな」

「僕が?なぜ?」

「俺が知りたい」

「嘘だ」

「本当だ」

……先までの一連の会話だけは、覚えていなくても無理はないだろう。ハルヒコは悩んだ。だがやはり、白丸少年のことだけを抜かしてありのままを伝えるしかない。

「お前はさっき1度だけ目覚めて、アイスを食いたいと言い出し、ごにょごにょと寝ぼけたことを好き勝手に言ったあと、また赤ん坊のように急に眠りについたのだ。起きてるあいだヘラヘラ笑ってて不気味だったぞ。しかしサラには……俺に近寄るなとも言ったんだ。ずいぶん挑発的な態度でな」

「……ほんと?僕がサラにそんなこと言ったの?」

「言った」

「サラは何て?」

「何とも言ってないが、とりあえず俺がお前を運んで、今夜は"元の部屋"で過ごすことになった」

「何それ……信じらんない」

「信じられんのは俺たちのほうだ」

「……そうだよね」

このやり取りの中で、ハルヒコは天音の様子をつぶさにうかがっていた。白丸少年の言っていたことが気になっていたのだ。だが彼はいつもどおりの彼に戻っているようで、特に変なところはもう見当たらない。この様子では、どうせすぐに部屋を戻せとも言い出すに違いない。

「はあ……何だかとっても怖い。僕、おかしくなっちゃったのかな」

「怖がることはない。お前の頭がおかしいのは今に始まったことではない」

「ねえ、僕のこと嫌いになった?」

「……んん?」

「嫌わないで。もう平気だから。変なこと言わないから」

充分に変なことを言っているが、その捨てられた子犬のような瞳を見ると、いつものように軽口を返すことはできなかった。それどころか何とも答えられず、覗いていた頭半分をそっと引っ込めた。

「ハルヒコ?」

「何だ?やはり白丸が妙なことしやがったのか?」

「ねえ、ハルヒコ」

「だがさっきまでとは違うぞ。さっきのは確実に白丸が取り憑いていたが、今はいつもどおりのイグアナだ。いつもどおりのイグアナが、ちょっと変なことを言い出してるって感じだ」

「……こっちに来て」

「……」

「お願い」

再び上段から頭半分を出してのぞき込む。

「自分で自分が変だってわかってるか?」

「わかってる。いつもと違う気がする」

「気がするんじゃなくて違うんだ」

「どうしてかな?」

「そりゃあ……」

「……どうしてこんなに、君のこと好きなんだろう」

するとハルヒコは、そのまま頭からずるりとフローリングの床に落下し、ドスンと派手な音を立てて肩を打ち付けた。天音はそれを膝を抱えて見ているが、ハルヒコが落ちたことよりも自分の気持ちの変化に戸惑っているようだ。
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