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しおりを挟む「……ちょっと川でも行くか」
「川?何で」
「たまには散歩でもしようじゃないか」
「暑いからいいや。ひとりでしてきな」
じゃ、と言ってあっさり寮の方向へ去ろうとする天音のTシャツを、グイッと力強く引っぱる。
「やーめーてー!伸びる!」
「川はいいぞ」
「泳がないよ」
「泳がなくていい。ふたりでただ流れる川を見るんだ」
「はあ?……すぐ帰るよ」
「かまわん」
渋々ついてくる天音の前を、口笛を吹きながらひょこひょこと歩いていく。5分もするといつも草野球をするグラウンドが見え、そこを横切って河原へ降りていった。さらさらと陽の光を受けて流れる川は、あまりきれいな水質ではないが清らかにきらきらと輝いている。
ー「てゆーかお前」
ハルヒコが水切りにてごろな石を拾い上げると、ずっと言い出せなかったことをようやく切り出した。
「……フツーにマニュアルの免許持ってるな?」
「……」
「どーなんだよおガラパゴスさあん?」
ひゅっと石を投げると、3回弾かれてトプンと沈む。
「あの車は相当慣れてないと乗りこなせんシロモノだ。お前がいくら中坊の頃にグレてたとしても、いまどき東京であんなものを乗り回す輩などいなかろう」
「……ノーコメントで」
「隠すことあるまい。俺とお前の仲じゃないか」
「そんなことを聞くためにわざわざここに呼んだの?」
「まあそれもある」
すると天音はため息をついて、大きな石の上に腰掛けた。
「……持ってないよ」
「嘘をつけ」
「僕は無免許運転をしました」
「なぜ隠したがる?」
「だからホントだって」
「ふう……無鉄砲もののくせに思い切りの悪いやつだ」
そう言うとハルヒコがつかつかと天音の前にやってきて、ガバリと襲いかかった。
「やめっ……離せ、何すんだ……離せよっ!」
「いいから~ホラぁ」
「やだ!」
抵抗むなしく、ハルヒコは天音が尻のポケットに入れていた札入れを強引に取り出し、今度は脱兎の如く一目散にダッシュした。
「やめろバカ!返せ!」
「へへん」
「ドロボー!!」
砂利で足元が悪く、いつものように追いかけられない。ハルヒコは走りながら札入れを開けるとカード入れの部分を探り、「ビンゴだ」と言ってそのまま天音に向かって札入れを放り投げた。そこには天音の顔写真が載った免許証が確かに差し込まれていた。
「やっぱりお前も仲間じゃないか!俺と同じだ!」
天音が札入れを拾い上げ、頬を赤くして叫んだ。
「あーもう!!ホントに嫌い!!君のこと大っ嫌い!!」
「誰にも言わないでいてやるよ。三国の件もそうだろ。18以下の未成年と淫交してる犯罪教師だと思ってたが、どうやら違ったらしいな」
「くっ……」
「それに俺は過去にスパイをやっていた経験がある。秘密を漏らすときは死ぬときだと心得ているから、安心しろ」
「黙れ虚言癖のホラ吹き野郎!!」
「なあ、お前いくつだ?生年月日を見ていない」
「言わないよそんなの」
殴りかかられぬよう、ハルヒコは天音と妙な距離をあけたまま会話を続ける。
「恥ずかしがるな。俺など本来なら大学へ進む年なのに、学校を転々としたあげくまた高1からやり直しだ。来年にはハタチだぞ。17のガキどもに紛れ込んで、いっしょにコンドームのつけ方のお勉強だ」
「……」
「どーせ1年遅れとかだろ。そんな奴はザラにいる。4年制の夜間校なら自動的に浪人生だ。……待てよ、しかし運転免許を持ってるということは……」
「……君と同じだよ」
「俺とタメか」
「違う。……僕も君と同い年で入学したんだ」
「……ん?するってえと……」
「今年の秋でハタチだよ。君の1個上」
「いっ……」
「ハタチでブレザー着てんだ。君といっしょ」
「お前……大人だったのか」
「悪い?」
「悪いだろ……いい年して寮の誰よりも子供じみてるぞ、お前」
「いっつもくだらないことで怒らせてくる君のせいだろ!!」
「そーやって短気なのをすぐ人のせいにするところもガキだな」
「くうぅ……あんまり言い返せなくてつらい……」
「このことを知ってるのは俺と三国だけか?」
「あとサラ」
「そうか……なぜみんなに明かさない?」
天音がうつむく。
「だって……」
「2つも3つも下のガキどもにからかわれるのが怖いのか?」
「……」
ハルヒコがようやく歩み寄ってきて、天音の鼻先をつまんで顔を上げさせた。天音はその手を払いのけようとしたが、余計に力を込められてしまった。
「今度から俺に暴力を振るったら、また放送室をジャックして全校生徒にお前の実年齢をバラしてやる」
すると天音が鼻をつままれたまま、ギリギリと目尻をつりあげた。
「お……おう……殺人鬼の目になってるぞ」
「離せ!」
「がふっ」
またしても股間を蹴り上げられ、ハルヒコは股を抑えながら内股で膝をついた。
「は~あ、なんか変なの、昨日から。トンネルなんて行かなきゃよかった」
「ぬおぉ……貴様といたらチンコが壊死しちまうぞ……」
「どーーせ使う予定もないんだから、別にいいんじゃないの?」
「もし使いモンにならなくなったら、貴様の大人とは思えんチンコでもいいから、責任とって移殖してもらうからな」
「君も到底19とは思えないほど幼稚だな。やることなすこと言うことまで、ぜーーんぶ小学生と変わらない。だから野球の子たちとも気が合うんだ。頭ん中おんなじだから」
捨て台詞のように言って、天音がいい加減寮に帰ろうとくるりと背中を向けた。
「え……」
だがその瞬間、天音は目を丸くしてぴたりと動きを止め、立ち尽くした。
「な、なんで……?」
目の前には、白い地蔵が立っている。昨夜ハルヒコが抱きかかえ、林田の団地の駐車場にも現れた、あの地蔵だ。それが音も気配もなく、いつのまにやら天音の背後に立っていたのだ。まるでずっとそこに祀られているかのように、古ぼけた石像然として、河原の風景に溶け込み静かに佇んでいる。
「どーした?」
「ハルヒコ……地蔵が……」
「地蔵?」
「これだよ」
天音が指差すところを見やるが、そこには何もない。ハルヒコの目に映るのは、大小様々の火成岩や堆積岩が敷き詰められた、依然変わらぬただの砂利道である。
「……何も見当たらんぞ。どこを指している?」
「これだよ!見えないの?」
「んん?……お前、俺をビビらせようとしても無駄だぞ」
「……そんな」
その険しい顔を見るに、彼が冗談を言っているようにも見えないので、ハルヒコは困惑した。すると突如少し強い風がふたりを包むように吹いてきたが、先ほどからたびたびそよいでいた涼しい川風とは違う。それはまさしく「あの洞穴」から吹き抜けてきた生ぬるく湿った風と同じだと、ふたりは感覚としてわかった。そして、そのときだ。ハルヒコの耳元で「わかった、この人だね」という、無邪気なささやき声が聞こえた。白丸少年の声であった。
「あっ!……おい!」
そのとたん、天音が脈絡もなくグラリとよろめくと、膝から崩れ落ちてそのまま砂利の上に倒れこんだ。
「おい!どーーした?!おーーい!!お前童貞のまま死ぬつもりか?!……いや待てよ、別に童貞卒業の予定はないのか?それに処女はロストしてるから別にいいのか?いやいや処女と童貞じゃ重さというか概念の違いが……」
またぐるぐると悩みそうになったが「いかん」と振りはらい、昨夜と同じようにその身体を抱き上げると、ハルヒコは杉崎医院まで急いだ。やはり本物の天音は、サラと同じくらい軽かった。
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