少年カイザー(挿絵複数有り)

めめくらげ

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「なんかごめんな、母ちゃんに怒られちまって」

「ううん、悪いのは僕だし」

「今度から俺を殴ったら無免許運転をバラされると思えよ」

「じゃーお前が気絶したこともバラしてやる」

「よしなよふたりとも……」

団地の外まで見送りに来てもらい、まだ昼前だが林田と3人は「じゃーまた明日」と言って別れた。兄に車で送り届けてやるとも言われたが、天音は何となく彼に警戒心を抱いていたので丁重に断った。道すがらそのことをハルヒコに掘り返され、「野良猫とおんなじ目で奴のことを見ていたぞ」と指摘された。そんな顔をしていたかと少し申し訳なくも感じるが、初見からなれなれしい男にはどうしても身構えてしまうのだ。

昨夜ハルヒコも部屋に戻ってから、天音たちに倒れるまでと倒れてからの大まかな経緯は聞いたが、3人は「ついてくる地蔵」の件は隠し通すことにしたので、ハルヒコはそのことを知らないままである。

そしてハルヒコも、白装束の少年の件を3人に明かすことができず、というよりどう説明するべきかわからなかったので、ひそやかに心の中に秘めることにした。だから1人と3人のあいだで、そのふたつの怪現象がつながることはなかった。

林田兄によれば、旧水上トンネルはとうに封鎖され、現在は人の立ち入れない状況にあるという。では昨夜入り込んだあの洞窟はいったい何であったのだろう?むろんハルヒコにだけは思い当たることがあった。頭のおかしい少年の言葉を信用するのなら、おそらくあれは旧水上トンネルよりも更に以前に封鎖された白丸トンネルである。

だが白丸の方はその名前だけでなく、すでに「存在」すら無いのだ。だからよけいに、言えなかった。もし少年の言ったことが真実なら、自分たちは存在しない洞穴に引き寄せられ、異次元の空間に入り込んだということになる。そんなバカげた話があってたまるかと思うが、しかし摩訶不思議な怪現象は現実に起こってしまったのだ。だから言えなかった。

(それにしてもアイツ……人の心がどーとか……)

白丸少年のことを考えながら、天音と池田より数歩遅れてチンタラと歩く。

(心を読んで……操るとかどーとか……)

まだ子供なのだろうが華奢で、あんなに暗い場所でも肌の白さが際立ち、白装束のせいでまるで発光しているかのようでもあった。

「……む?」

同時にふと思い出す。というより、ようやく断片的な記憶がよみがえった。暗闇の中でぼんやりと光る白いもの……異次元トンネルの中に見たのは、まさしく彼だったのではないだろうか。その姿や電話の声を天音だと思い込んだのは、まやかしによるものなのかもしれない。それが暗闇の力なのか、はたまた化け狸のような彼の不思議な能力によるものなのかは、とんとわからない。

(……となると、あのイカれたガキを本当に俺がトンネルから救い出したことになるのか?だがなぜあのガキは逃げもせずトンネルに取り残されたんだ?奴はどこからあの場所にやってきた?てゆーかそもそも何者なんだ?)

悶々となり、やがてぴたりと立ち止まる。池田が振り返って「どしたの?」と聞くが、ハルヒコは腕を組み険しい顔でじっと正面を見据えるだけだ。天音も怪訝な顔で「ハルヒコ?」と呼ぶ。

「わからない!」

「は?」

「この世はわからないことだらけ!」

「……あそう」

「恥ずかしいから大声出さないで」

通りすがる人にジロジロと見られるが、ハルヒコはいつもの仏頂面で腕を組んだまま前進し、今度は2人の前を歩いた。

「なぜ人間には人種があるのか」

「なぜ人間は宇宙を解明したがるのか」

「なぜオスにはチンコがあり」

「メスにはチンコを入れる穴があるのか」

「なぜヘソの溝が深い奴と浅い奴がいるのか」

「なぜ現代人は差別や不平等を受け入れられず失くそうとするのか」

「のわりになぜ駅伝では留学生を投入してごぼう抜きを狙うのか」

「どうやったらアクセルとブレーキを踏み間違えられるのか」

「なぜ大枚をはたいて助っ人外国人を雇いあっさり帰国されるのか」

「女が水着姿と下着姿に抱く羞恥の境界線はいったいどこにあるのか」

「そして男のそれらに対するありがたみの違いはいったい何なのか」

「サラは一体いつどこで試験勉強とオナニーをしているのか」

「そしてなぜ奴は蝶野正洋を元プロ野球選手だと思い込んでいたのか」

「う~~んわからない……ボクにはわからないことだらけだよぉ……」

頭を抱えてうずくまり、道行く人が視界の端にそれをとらえて無表情で回避していく。「道の真ん中でそれやんないで」と天音がウンザリした声でハルヒコを起こそうとするが、彼はブツブツと何事かをつぶやきながら地蔵のように硬直していた。だがしばらくしてからおもむろに立ち上がると、「だからつまり、あのガキが何者であろーと大したことじゃない」と言い、変わらぬ仏頂面のままで歩き出した。

「……何ですか今の?」

「わかんないけどたまにああなる」

「発作的な……何かですかね?」

「そうじゃない?頭おかしいから」

「はあ……」

それから何事も無く10分ほど歩き、駅と寮の別れ道で今度は池田と別れ、天音とハルヒコはカンカンに照った真昼の空の下を並んで歩いた。するとハルヒコが河川敷の方向へ折れる道の手前で言った。
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