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しおりを挟む翌朝、林田の母にベーコンとたまごを焼いてもらい、4人は眠たそうな顔を並べてモソモソと朝食を食べた。林田の母はまだ若く、頭頂部が黒いが明るい茶髪を胸のあたりまで伸ばしており、寝起きとは関係なく声がガラガラにしゃがれていた。
父親は短く刈った髪を金髪に染めており、もみあげから顎髭と口髭をつなげるように生やした大柄な中年で、よれよれになったプロレス団体のTシャツを着ている。起きてきて食卓につくなりタバコを吹かし、休みだからと朝から缶ビールを開けていた。
林田家の、遅い日曜朝の光景だ。両親とも息子たちの招く客が、このようになんの前触れもなく食卓にいる環境にすっかり慣れているのか、ハルヒコたち3人は林田に「ぜんぶ学校のやつ」と紹介されただけで、あとは特に何も触れられなかった。
「翔、お前夜中ケンカかなんかしてたのか?すげーうるさかったの何だったんだ?」
父がふと新聞から顔を上げると、タバコを灰皿に押し付けながら訪ねる。
「何でもねえよ」
「騒いで真上のオヤジに怒鳴られたからコイツが怒鳴り返してた」
かわりにハルヒコが答えると、「バカ」と林田がテーブルの下でスネを蹴った。
「ああ野崎のおっさんか。なんだ、おめえらが騒いでたのか」
「騒いでねえよ」
「あのジジイいろいろ面倒なんだから、夜中にあんま余計なことすんなよ」
「アイツも夜中ドタバタうるせえくせに」
「ここで何かあったら全部お前かダイキの仕業だと思われてんだぞ。俺らのことが気に食わねんだから、とりあえず何言われても関わるな」
「関わりたくて関わってるんじゃねえよ。あそこのババアもうぜえし、マジでクソな似た者夫婦だ」
そのやり取りを見て、3人の頭の中には(この親にしてこの子あり)という言葉が浮かんだ。すると玄関の扉がガチャリと開けられる音がして、林田の兄が帰ってきた。
「あれ、友達来てんの」
居間にやって来た林田の兄もまた口髭と顎髭を生やし、パサついた茶色い髪をオールバックのようにして、不健康に痩けた頬と鋭い眼力の持ち主であった。
「あ、……あの、昨日車貸していただいて、ありがとうございました」
天音がおずおずと頭を下げると、「あれどうだった?山だとけっこー乗りにくくなかった?」と、存外にも親しみのあるにこやかな顔で返された。
「いえ、特に問題なく……」
「あそう、じゃキミ相当運転慣れてんだね?いくつ?」
「……あ、えっと……」
天音がチラリと林田を見る。
「俺の1期上の先輩だよ」
「へ?じゃー高2?免許まだ無いよね?」
「いや、あのう……」
しどろもどろになる天音に、「いいねえ、なかなか気合い入ってんじゃん」と兄が嬉しそうにヘラリと笑う。どうやら妙な仲間意識を抱いたらしかった。だが母はキッと厳しい顔をして、「ダメでしょ無免許で運転なんてしたら。ダイキはそれで高校退学んなったんだから」としゃがれているが尖った声で言った。しかし父はその横で無関心に新聞に読みふけっている。天音が何とも言えない顔で困惑すると、林田が助け舟を出した。
「もちろん行き帰りどっちも渦川が運転する予定だったんだけど……ほら、こいつ中学ダブってるって言ったべ?それでこいつだけ免許持ってっからさ。でも山ん中でこけて頭打っちまって、ちょっと意識がブッ飛んでさ。それで運転できる奴がいないってなったんだけど、星崎くんが運転できるって言ったから」
「中学でダブるわけなかろう。高校に入るのが遅れただけだ」
「それで星崎くんが運転してきたの?」
「そ」
「まったくもー、お願いだから警察呼ばれるようなことはしないで。もし検問とかに引っかかってたら、あんたたちみんな逮捕されてんだからね?」
「はい……」
天音と池田が肩を落とし、すみませんと詫びる。しかし林田とハルヒコはどこ吹く風でトーストをかじっていた。
「でもちゃんと免許取ったら、また俺の車貸してやるよ。今度は俺とドライブ行こうぜ」
林田の兄が朗らかに肩を叩き、天音は力なく愛想笑いをした。
「それより、トンネルどうだった?ちゃんとたどり着けた?」
「まあ」
「昨日、お前らがあのトンネル言ってるってツレに話したら、そいつがあのトンネルはもうけっこう前から封鎖されてて、入れなくなってるって言っててよ。俺も最後に行ったの3年くらい前だから、知らなかった。無駄足だったろ」
兄の言葉に、4人は同時に息を飲んだ。
「でも未だにトンネルに入れたって奴がいるんだよな。知り合いも去年そう言ってて、そこで変な声聞いたとか、背中を引っぱられたとか……だから俺もまだ入れると思ってたんだ。まあそいつも吹いてただけだな。ビビって行けなかったから、開いてねえのも知らずにテキトーなこと言ったんだ」
「……だろーな。入れなかったよ」
林田が静かに返し、3人はそれぞれの顔も見られずにだまりこくった。
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