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しおりを挟む「CTとレントゲンを撮ったけど、特に異常は見当たらないねえ。恐らく心的なショックのせいで、一時的に様子が変わっているのかもしれない。徐々に回復すると思うけど、土日をまたいでも変わらないようだったら、もう一度連れてきなさい」
ハルヒコの頭蓋骨が大写しになった画像を前に、3人はおとなしく医師の説明を受けつつ、(意外とフツーの脳みそなんだな)と同時に思った。だが当然、この場でそれを口に出せる雰囲気ではなかったので黙っていた。
山を降り、となりの市にあった総合病院の夜間受付に駆け込むと、処置室に運ばれる担架の上でハルヒコはようやく目を覚ました。だが医師の問いかけにきちんとした受けこたえができず、薬物を使用した直後かのようにぼんやりとして焦点も定まっていなかったので、尿検査と、気絶した際に頭を打っているかもしれないからと脳の検査もされた。だが診断結果に異常はなく、薬物使用の疑いも晴れたことも含めて、3人は安堵で脱力した。
「毎年この時期から夏にかけて、君らみたいに夜の山に肝だめしに行って、思わぬ怪我をする患者が増えてくるんだ。だいたいはバイクでの事故とか、あとは酔っ払ってるのが多いけどね」
担当の医師が、厳しいというよりもウンザリした顔で注意する。
「あの辺で事故にあっても、消防が到着するまで下手したら2時間はかかる。一刻を争う大怪我だったらまず助からないよ、魔境みたいなものなんだから。ただのドライブならいいけど、遊び半分で変なところに入っていかないようにね。特に廃トンネルなんてもってのほかだ。いつまでも取り残されてるけど、崩落する可能性もある」
「はい。……ご迷惑おかけしました。もう死んでもあんなところには行きません」
天音が詫び、他2人も頭を下げた。幸いにも親や学校に連絡されることもなく帰されたので、ハルヒコを後部座席に乗せると、男たちはおとなしく帰路に着いた。
ー「あのさ、星崎くんって運転できたんだな」
「……まあね」
山から降りてくるとき、林田と池田はハルヒコの容態を優先にしていたのと、不測の事態に混乱していたことで深くは問わなかったが、唯一のドライバーであったハルヒコに代わり、病院まで運転してきたのは天音であった。そしてハルヒコの無事もわかりようやく落ち着いたので、林田がそのことについて静かに切り出してきた。
助手席の池田は、もう面倒なことは何も耳に入れないと言わんばかりに、行きと同じようにおとなしく窓外を眺めている。ハルヒコは様子がおかしいままだが、疲れていたのか、5分ほど前から後部座席でグウグウと寝息をたてはじめた。
「これ、検問とかあったら1発アウトだな」
「検問やってるとこさっき調べたけど、帰り道では会わないよ。……ていうか別に、検問あっても大丈夫」
「どういうこと?」
「まあ……とにかく心配しなくていいよ」
「ふうん……?ていうか、星崎くんもけっこー運転うめえんだな」
「そう?はは……」
「もしかして、意外と中学でグレてたとか?」
「まさか」
「嘘だあ、無免で車乗り回してたとかじゃないの?」
「違うって。君の兄さんと一緒にするな。それよりさ……」
「ん?」
「今日のこと、4人の秘密ね」
「おう……」
「ハルヒコのこともね」
「お、おう……」
天音は無言の池田をチラリと見やるが、彼はよけいなことをしない性質なのをわかっているので、特に何も言うことはなかった。むしろさまざまな理不尽に巻き込まれ、無駄な損害を被りやすい体質の少年だ。ハルヒコと出会ったことでその不幸な役回りも格段に増えたであろう。池田と自分はその点においては運命共同体のようなものであると、天音は彼を知ってからひそやかに感じていた。
はしゃいでいた行きと違って、静かな車内だ。だがしばらくしてから、背後で林田が言った。
「誰にも言えねえのはもったいはいけど、今日のこと、かなりいいネタになるよな。動画はなんにも撮れてなかったけど、渦川だけ知らない着信で誰かに呼ばれたってかなりヤバくねーか?故障でもガス欠でもねえのにエンジンもかかんなかったらしいし。
それで、俺らと会うこともなくトンネルの奥まで進んで、なぜか地蔵を抱いて帰ってきた……。しかも明らかに何かに騙されて担いできた、って感じだったし。おまけに病院行っても様子がおかしいままだ。やっぱり、あの地蔵がトンネルから呼んだんじゃねえのかな?」
「バカなこと言わないで、電話なんかただのイタズラだよ。それか掛け間違い。まあ掛け間違いだったら、今ごろその人けっこーピンチかもしれないけど」
「にしてもタイミングが良すぎねえか?」
「うーん……それは確かにねえ。でもたまにはこういう不思議なこともあるってことで、スッパリ終わりにしよう。」
「はっ、切り替え早ぇーな」
「考えてもわからないことなんだから、切り替えるしかないだろ。それよりホントにこんなこと言いふらさないでくれよ。ハルヒコ死ぬほどプライド高いんだから、心霊スポットで気絶したなんてみんなにバレたら、たぶん自我を保てなくなる。こいつマジで無神経なくせに、変なところでメンタルめちゃくちゃ弱いから」
「あー、弱そうだわ。ズタボロんなりそう」
「……はーあ、ただのドライブのつもりだったのに、なんでこんなことになるかなあ。寮に戻っても変なままだったらどーしよ」
「もともと変だろ。まともだと思ったことなんか一度もねえ」
「みんなもそう言うだろうな。日頃の行いのせいとはいえ、かわいそうな奴だ。それにしても春からずっと、僕とコイツ絡みのゴタゴタが多すぎる。もういいかげん疲れたよ。好きでいっしょにいるわけじゃないのに……」
「倦怠期の夫婦みたいだな。うちの隣のおばちゃんとおんなじこと言ってる」
上り車線はタクシーも多くやや混んでおり、いやに進みが遅くなったと思ったらとうとう渋滞に巻き込まれた。そのため少し遠回りにはなるが、交差点を過ぎてから道を逸れて、行きとは違う道を走ることにした。
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