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しおりを挟むー「……すまん。ちょっと……」
ひたいにびっしりと汗をかき、ハルヒコはゆっくりと膝をついた。出口はまだもう少し先だが、入ってから天音を見つけるまで、こんなに距離があっただろうか?きっと天音を抱きかかえているせいで長く感じるだけなのかもしれないが、いやに出口が遠い。それにまるで、鉄球のついた足枷を引きずって歩いているかのように、あるいは何かに引っ張られているかのように、両足が重かった。
「お前体重何キロある?ジョッキー並みのクソガリで、おそらく60なんて到底無いはずだ。なのに……」
「………」
ぜえぜえと荒い呼吸をととのえる。ハルヒコはとうとう、尻餅をつくように地べたに座り込んだ。
「サラと同じくらい軽いかと思ってたが、想定外だった。……ちょっと休憩させてくれ」
「……僕のこと、置いていかないで」
「ああ?置いてくわけなかろう。そんなことしたら、あとで報復として裏庭で生き埋めにされかねん」
すると突如、細い両腕が肩に巻きつきすがりつくように抱きしめられた。腕はひやりと冷たい。
「……出口まで出してくれたら、それでいいから」
「ん……お、おお。だが怪我をしてるのだろう?車ん中まで運んでやるよ。それと今日はダムは中止だ。おとなしく帰って、明日の朝イチで杉崎医院だな」
ハルヒコは右腕でそっと彼の背中に触れ、ほんのちょっとだけさすってみた。天音が怪我のせいかいやに素直なことと、抱きつかれたことに戸惑う。
「さて、あとひと踏ん張りだ。林田のバカも先に車に戻ってるかもしれん」
渾身の力を込めて、もういちど立ち上がる。さっきよりもずっと重く感じるのは、疲労のせいだろうか。
「……僕のためにありがとう。君って優しいんだね」
「はん、ふだんからこれくらい素直ならいいのになあ」
「どうしてこんなところに来ようと思ったの?」
「ああ?だから、林田のバカに誘われたからだ。俺がみずから進んでこんなところに来るわけなかろう」
「こんなところを訪れる人なんかもういないのに」
「ここは心霊スポットで有名だぞ。夏になると肝だめしの連中で賑わうそうじゃないか」
「賑やかなのは、もっと先の旧水上トンネルだよ。ここはそれよりもずっと昔に封鎖されたんだ」
「……?」
「このトンネルは、とっくの昔に消えたんだ」
「……」
「けれどときどき君のような、不思議なひとが間違えて迷い込むことがある。でも誰ひとりとして僕を助けてはくれなかった。君だけが僕のことを見つけてくれたんだ」
「……」
「僕はきちんと役目を果たしたのに、用済みになったせいか、誰にも供養してもらえず、ずっとこんなところに取り残されて」
「なあ、さっきからどうした?何を言っている?お前、転んで頭を打ったのか?妙なことばかり……」
その瞬間、「彼」はさらにずしりと重くなり、ハルヒコは思わず言葉を飲んだ。
「出口はもうすぐだ」
「……お前」
「足が痛い……」
「……」
落としそうになるのをどうにかこらえつつ、ハルヒコは汗だくになりながら一歩一歩進んでいく。はるかかなたに見えていた出口も、ようやくすぐそこまで迫ってきた。しかしやはりあまりにも長い道のりである。何かがおかしいと思うが、とにかく早くここから抜け出したいので、最後の力をふりしぼって一気にゴールを目指していった。しかしあと少しのところで、突如「もっとよく聞き慣れた」声に名を呼ばれた。
「ハルヒコ!」
「……ふぉ?」
「何してたの?!」
「な、何って……待て、お前は誰だ?」
「はあ?」
出口の先に立つ人影。月明かりに照らされてはいるが、それでも暗くて姿はよく見えない。だが人影はひとり、またひとりと増えていき、3人が出口で自分を待ちかまえた。
「おい渦川!」
「は、林田か?てめえ、のうのうとひとりで帰ってきやがって!わざわざ探しに行ってやったのだぞ!」
「探しに来いなんて誰も頼んでねえよ!」
「ぬうぅ……思春期のバカ息子みてえなことほざきやがって」
「ハルヒコくん、やっぱり変だよさっきの電話!」
「池田か?で、電話って……」
「君にかかってきた、知らない番号の電話だよ!先輩も林田くんも、君に電話なんてかけてないよ!怪我もしてないし!」
「へあ?」
「"ふたりとも"あのあとすぐに戻ってきたんだ!ハルヒコくんがトンネルに入って行ったあとに!君、なぜかわからないけど、トンネルの中でふたりと行き違いになってたんだよ!」
「ふたり……?」
すると、先に名を呼んだ声の主が言った。
「ハルヒコ……?何か持ってるの?」
「何かって……なあ、お前、星崎天音か?」
「それ以外に誰がいるんだ」
「誰って……お前、トンネルの中で動けないって、うずくまってたから……」
「僕が?何言ってるの?僕はここにいるだろ?いたずらも何にもしてないよ!」
「渦川、こっちに来い。お前、それ何持ってるんだ?」
「へ……俺……俺は……星崎天音を……」
すると林田が懐中電灯をこちらに向け、突然のまばゆい光にハルヒコはぎゅっと目をつぶった。しかしそのとたん、出口の3人は「うわ」と一様に声をあげ、天音がとっさに叫んだ。
「ハルヒコだめだ!!見なくていいから、それ早く捨てろ!!」
こちらに駆けてくる足音が聞こえる。怪我人を捨てろとは、そして見なくていいとはどういうことだ?まぶしくて目が開けられない。だが、なぜうずくまっていたはずの天音が出口に立っているのだ?「ふたり」はいつの間に、自分とすれ違うこともなくトンネルから抜け出していたのだ?
そこまで考えて、ハルヒコはようやくハッと我に返った。この「怪我人」はいったい誰で、天音の声と似ても似つかない何者かを、自分はなぜ天音だと思ってここまで運んできたのだろう?表示のない電話の主を、なぜとっさに天音だと判断したのだろう?
まぶたごしの強烈な光線の中、ダメだと言われたのに、ハルヒコは恐るおそる目を開けた。天音がこちらに駆けてくる。だが彼がハルヒコから「それ」を取り上げるより、ハルヒコが抱えていたものにそっと視線を落とすほうが早かった。
巻きつく腕も、ぶらぶらと力なく垂れ下がっていた脚もない。ぽつぽつと言葉を発していた口は固く閉ざされている。目も同様だ。だがひやりとして、ずしりと重たいのは確かであった。なぜならそれは、朽ちてヒビの入った、子供よりも大きな地蔵であったのだから。
「バカ、見るなって!!」と天音があわててハルヒコの腕からそれを取り上げようとしたが、すでに遅かった。彼がまぶしさで細めていた目をくわっと大きく見開いた瞬間、天音の耳に「あのとき」と同じハルヒコの絶叫が突き刺さり、それはこの広く深い暗闇の洞窟いっぱいに響き渡った。
「うぎゃあああああぁぁぁぁああァァああぁぁぁああぁわぁあああぁァァああァーーーーーーー!!!!!!」
ここを根城にしていたらしき様々な生き物が、その咆哮に仰天したのかバサバサと羽ばたき回る音が聞こえ、出口に立っていた林田と池田は目を丸くして呆然となり、天音は間近でモロにそのつんざくような叫びを受けてまたしても尻餅をついた。ハルヒコは喉がちぎれそうなほど叫ぶと、やがて魂が抜けたかのようにずるずるとへたり込み、ブクブクと泡を吹いて地蔵に押しつぶされるようにして失神した。
「ああもう……なんでよりによってそんなもの……」
絶叫のせいで耳がふさがったかのようにジンジンと麻痺しているが、天音はどうにかその重たい地蔵をハルヒコからどかすと、ずりずりと壁際に引っぱっていき立てかけた。すると出口のふたりがこちらに駆けてきて、倒れているハルヒコを見るなり蒼白となり、「ハルヒコくん!!ハルヒコくーーーん!!」と、池田が泣きながら必死にその頬を叩いた。しかしハルヒコは口から泡を吹きこぼすばかりで、呼びかけにはまったく反応を見せなかった。
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