少年カイザー(挿絵複数有り)

めめくらげ

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『ではコーナー行きましょう、25時のざれごと』

天音は今夜もひっそりとラジオを流していたが、まもなく1時半とありそろそろ眠気の限界で、夢と現のはざまで勅使河原の声を聞いていた。

『このコーナーはですね、あなたがこの1週間で思ったことや、1週間以内のいろんな出来事についてのざれごとをつぶやいてもらうコーナーです。今週はやっぱり例の熱愛報道にまつわるネタが多いですけど、いつもどおり全然関係ないくだらない投稿もジャンジャン来てます。別に時事ネタとかでなく、プライベートなことでもけっこうですからね。それではまず……ん?あら、何かメールが来てるみたいですね……あらあら、出ました。皆さんこの方覚えてますかね、先月一瞬ツイッターを賑わせた男、東京都のラジオネーム・カイザーマスク。よかったあ、前回急に電話切れちゃったから心配してたけど、無事だったみたいです』

その名を聞いたとたん眠気がすーっと引いていき、もう片方の耳にイヤホンをはめこんだ。

『では……。えー、タイトル、イグアナ野郎へ。……これ、あれですね。例のイグアナの怪物。ざれごとってか、カイザーマスクくんはラインでやればいいことをわざわざこのラジオに送ってきてるみたいです。まあイグアナくんと仲悪いですから、連絡先を知らないのでしょう。え~と……いまお前がこれを聞いているかわからないが、今までのお前から俺への数々の愚行はいったん忘れてやる。俺を殴りつけた上に縛って一晩中庭に放置したことも、お前の乱闘騒ぎのせいで草野球を追放させられたことも、俺を物置へ閉じ込め殺虫剤を撒いて燻し殺そうとしてきたことも、いずれ倍返しをしてやるが、ともかく今はその件については保留だ。……うわあ~、相変わらずイグアナくんは狂気に満ちていますね。これが本当なら相当問題になると思いますけど、ふたりとも、学校生活ホントに大丈夫なの?』

天音はまたしても腹の底から沸き起こる怒りに打ち震える。しかしまだ続きがあった。

『……だが、今日のことで怒っているのなら、それは謝る。ツバを吐きかけたことはやりすぎたかもしれん。……いやいやカイザーマスク、君がされていることに比べたらだいぶかわいいもんだよ』

さらに続ける。

『もうあんなことはしない。恋人からもごめんなさいと言えと迫られたが、にくたらしいお前に面と向かって謝るのは難しい。だからこの場を借りて謝る。悪かった。……っと、メールは以上です。謝罪文をここに送ってきたのは、また彼のちょっと不思議な恋人からの指示なのかな?よくわからないけど、カイザーマスクの方がだいぶ下手に出てるようですねえ。なんか弱みを握られているんでしょうか。特にそれ以外の詳しいことは書いてません。しかしまあ、仲直りというか、少しでも和解できるに越したことはないですね。ふたりとも確かまだ高校生ですし、カイザーマスクにはどうか楽しい青春と安寧の日々を送ってほしいところだけど……どうなるんでしょうか、ふたりの関係は。カイザーマスク、よくわからないけど、とりあえず無事に生きていてくれよ。また何かあったらメールちょうだい』

「……」

イヤホンをはずす。すっかり眠気が覚めてしまったが、同時に怒りも引いていく。腑に落ちない謝罪ではあるが、何だか少しだけ、ハルヒコに「勝った」ような気がした。

翌朝。朝練に行った耀介、高鷹、大吾郎、まだ眠っているサラを除いた3人が、朝食の席についた。天音は昨夜の風呂の件で、自分は悪くないにしても珠希と顔を合わせるのは何となく気まずかったが、一晩明けたらいつもどおりの朗らかな彼に戻っていたのでホッとした。

話を聞くに、確かに少し腹は立ったものの、たまにはからかってやろうと思っただけで、部屋で必死に謝ってくる高鷹を見て満足したからもういい、とのことであった。
「何だ?タマキンの痴話喧嘩か?」と尋ねてきたハルヒコは、自分が昨夜のいさかいの元凶であることなどつゆ知らず、澄ました顔で味噌汁をすすっている。だが彼はそのことより、明らかにラジオの件を気にしているようだ。

そういう素振りを見せているわけじゃないが、「当事者」である天音にはよく伝わってくる。だがわざわざ自分からその話題を振るのは面白くないので、一切触れずにいようと思い、彼もまたハルヒコの前で澄ました顔をしていた。珠希とまったく関係ない話題を広げるが、ラジオのことを言い出せずにやきもきしているであろう彼の心情を思うと、愉快で仕方がなかった。




「ごちそーさま」

「お茶いる?」

「ううん。サラ起こしてくる」

「ハルヒコくんが行けばいいのに」

「……起こしに行っても無駄だ。奴は最近連日マジメに通っていたから、たぶん今日は行かんつもりだ」

「確かに。あったかくなってからは好調だったからね」

「でも出席日数は大丈夫なの?」

「ん~……大丈夫ってこたないけど、今のサイクルを保てるならギリギリ進級はできるかな……」

「遅刻も3回やらかすと欠席1日にカウントされるよ。油断してると危ない」

「そうは言っても、来ないときは頑として来ないからな」

「ハルヒコくんが恋人の役目を果たせてないってことだ」

「何をフザけたことを。恋人は親じゃないんだぞ」

「一緒にいて毎日が楽しいって思えれば、学校生活だって難なく乗り越えられるものだよ」

「じゃあ何か、やっこさんは俺との甘い生活に不満を抱いてるということか?」

「そうかもよ。君何となくフラフラしてるもんね。高鷹と似てるけど、それともまた違う奔放さというか」

「あんな野生児と一緒にされたかない」

「高鷹が君みたいな男だったら、僕も付き合ってないよ」

「……何?」

「ていうかハルヒコくん、サラのこと別に好きじゃないんでしょ?」

朝の静かな食卓に、珠希の「爆撃」による衝撃波が広がる。天音は何も言えず、気まずい顔でチラリとハルヒコを見た。

「タマキンよ……お前どういうつもりだ。それが奴の耳に入れば、俺は指どころか命を落としかねんのだぞ」

「すぐに否定できないんだ、図星だね。もうやめなよ、くだらない恋人ごっこなんか。ふたりとも幸せじゃないんだから」

「口を慎め。俺は幸せだ」

「それならサラのことも全力で幸せにしてあげる努力をしなきゃね」

「ぬうぅ……クソ生意気なちびすけめ……」

「高鷹はあんなんだけど、それでも僕は彼といるのがとても幸せだよ。なぜなら彼はいつも僕のことを考えて大切にしてくれるからね。だから僕も、高鷹への愛情とか敬意みたいなものを自然と抱けるんだ。……君たちにはそれが見えない。サラは不器用なりにちゃんと君を信じようとしてるけど、弱みを握っているだけの状態に過ぎないし、君は君で薄っぺらくてなおかつ自分勝手すぎる」

「た、珠希……ハルヒコもう限界かも……」

「限界なのはハルヒコくんたちの関係だよ。もうサラと離れた方がいい。サラは彼のことを好きでいてくれる人と相部屋になるべきだ。天音とかゴローとか、耀介でもいいし」

ずけずけと言うだけ言うと、珠希は食器を持って席を立った。いたたまれずに「僕も行く」と後に続いた天音も、「それ」についてはいずれ誰かが指摘しなければならないことだと思っていただけに、今まで言えなかったことで心がチクチクと痛んだ。ハルヒコはテーブルの上で拳を握りしめ、空になった食器を見つめながら地蔵のようにじっとしていた。
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