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家族
しおりを挟む「ふうーあっつい。もうカンペキ夏だ」
「今年もまた空梅雨っぽいな」
「君たちこんな時期に部活とかよくやるね」
「なんでどこも真夏に大会やるんだろーなぁ」
6月のよく晴れた土曜の昼下がり。耀介はハタハタと襟元をあおぎ、天音は首筋をつたう汗をハンカチで拭った。高鷹とのジャンケンで負けて、この蒸し暑い中ふたりでスーパーに行きアイスを買ってきたところだ。
「よう」
片手に水鉄砲を持った海パン姿のハルヒコがふたりを待ち受け、いやに汗だくな彼もまた、ひたいの汗を首にかけたタオルでグイッと拭った。
「プール買ったんだ。遊びに来いよ」
「プール?」
「どこに?」
「裏庭だ」
連れ立って寮の裏手へまわると、予想どおりだが大きな丸いビニールプールが鎮座しており、地蔵にはタオルがかけられて見えないようになっていた。早くもサラと大吾郎が授業で使う水着を履いて入っているが、それでもまだ余裕があるほど大きなものだった。
「水道代上がったら怒られるぞ」
「知ったことか。まあ入れや」
「どーする天音?」
「いいじゃん暑いし。入ろ入ろ!」
「じゃちょっとアイスしまってくるわ」
「ここで食べようよ。おーい!こーーよーー!たまきーーー!」
天音が部屋に向かって呼びかけると、ガラリと窓が開けられふたりがこちらを見下ろした。
「おおー何だこりゃ!いつの間に?!」
「すごーい!おっきい!!」
「ここでアイス食べよーよ」
「いいね」
「あ、海パンどうする?」
「え?足つけるくらいでよくない?」
「いやここは全員海パンっしょ。高鷹、俺と天音のやつも部屋から持ってきて」
「オッケー!」
かくしてアイスを片手にした海パン姿の男7人に、珠希が去年買って保管しておいたというビーチチェアとパラソルも加わり、裏庭は貧しげなリゾート地と化した。ハルヒコはレジャーシートに寝そべり、サラにサンオイルを塗られている。
「…いやー、入ってみたらみたでクッソつまんねえな」
「まったくだね」
「わかってたけど5人も入ったらやっぱぎゅうぎゅうだし」
「アイス食ってるとちょっと寒みィしな」
「文句垂れるな。お前らごとき貧民どもにはこの程度のバカンスでジューブンだ」
「ていうかハルヒコ、どうせ夏に実家帰るんなら今焼かなくてもよくない?島なんてイヤでも真っ黒んなるだろう」
「こいつ体育の水泳でも焼いてるらしいぞ。後輩の同じクラスの奴が言ってた」
「ていうかフィンとでかいワニの浮き輪みたいなの持ち込んで、また教頭に没収されたらしいな」
「懲りねーなあ」
「ふん、あんな塩素臭くてクソ狭い水たまりに小汚い男が30人、とてもじゃないがまともに泳ぐ気にはなれん。青い海の中でイルカとともに育った俺には耐えられん環境だ」
「お前の島イルカ出ねえだろ」
「たしかもっと南の方だね」
「あーー、でもホラみんな、こうして足伸ばして日光浴してるのはちょっといいかも」
「5人いっぺんはムリだって」
「なんか、天音が水に浸かってると死体みたいだな。お前白いし細すぎんだよ。サラと珠希もだけど」
「死体って……」
「みごとに運動部とそれ以外で別れるよな、男らしさみたいなものが。カイザーは無駄に鍛えすぎだし無駄に黒くなってきてるから、もはや何を目指してるのかわからんけど」
「じゃあ今年は僕とサラと珠希で日焼けしにいこう」
「サラが日焼けしたとこ……ちょっと見たいな」
大吾郎の発言に、一瞬の間が生まれる。
「……俺なんか変なこと言った?」
「いや」
するとハルヒコががばりと起き上がり、「寝ろ」と言ってサラを横たえさせた。
「お前も焼いてやる」
「え……僕はいいよ」
「お前は死体どころかユーレイなんだから、ちったあ人間らしくなれ」
無理やりうつぶせにさせて尻の上にのしかかると、手にサンオイルをとり、その細い身体に塗りたくっていく。
「いいってば、くすぐったい」
「ちょっ……ハルヒコ……」
「カイザー、お前が塗ってるとなぜかレイプっぽいぞ」
一同の気持ちを高鷹がズバリと代弁するが、ハルヒコはどこ吹く風で腰や太腿、ひっくり返して胸や腹をさするように塗り広げる。大きな手のひらであっというまに露出した部分をオイルで覆い、仕上げの顔は、両手で包むようにしてたったのひと塗りで済んだ。「ムラになりそう」と言いながら、細かいところはサラが自分で塗り直した。
ー「ホントにちょっと焼けてるし」
日焼けのせいか頬まで少し赤くして、夜には薄い褐色のサラができあがっていた。水着のところだけが白くなっていたので、風呂場でなら一目瞭然であった。
「どお?大吾郎。これで満足?」
湯舟につかる大吾郎の前でサラが問うと、「すごくいい」とだけ答えて、あとは恥ずかしそうに口まで沈んで耳を赤くしていた。天音と耀介はその様子を見て妙に気恥ずかしくなり、気にかけないでおくことにした。
「それにしても、サンオイル塗ると焼けるね。おもしろいから僕も今年は黒くなろっかな」
「いや、天音は白くていいと思うぞ」
「何で?焼いたからって耀介みたいに真っ黒にはならないよ」
「お前は真っ白い方が合ってる」
「でも死体呼ばわりされるんだもん」
「平気だよ。まあ海とかプールでナンパするってんなら、白いより黒い男の方がいいだろうけど」
「えー、ナンパなんかできないよ。でも夏に白い男って女子に嫌われそう。海外の人とかみんなバカンスでガンガンに焼くじゃん」
「いいんだ、ここは日本の男子校の男子寮なんだから」
身体を洗い終え、サラが湯舟に入ってくる。大吾郎の横に並ぶと、「やっぱり焼くとちょっと痛いかも」とつぶやいた。運動部でも屋内での練習がメインのためか大吾郎はまったく焼けておらず、焼けたサラと並ぶとサラの方が少し黒いほどである。
「いつも思うんだけど、黒ければ黒い人ほど、お尻だけ白いのってちょっと変だよね」
「日サロじゃないとケツまではいけねえからな。渦川はプールでも尻丸出しで焼いてたらしいけど」
「アイツ本気でいつか逮捕されそう」
「ちょっとサラ、立ってケツんとこ見せて」
耀介の思わぬ要求に、天音と大吾郎が眉をひそめた。だが当然ながら、耀介にはあくまでもただの男相手という意識でしかない。サラも素直に応じ、立ち上がって尻を向ける。
「おー、みごとに海パン型。ケツ真っ白」
「よーすけセクハラ」
「セクハラかあ?」
「いまどきは同性でもセクハラになるらしいよ」
「じゃあサラ、このことは忘れて」
「別にいいよ。でもやっぱりお尻だけ白いの変だよね?」
すると真正面を向いていた大吾郎がようやく湯舟から口を出し、「いや、それがいいんだと思う」とポツリと言った。そのせいで浴槽内はまたしても変な空気におちいり、大吾郎は「……ごめん、また変なこと言った?」と恥ずかしそうに再びゆっくりと沈んだ。
遠足で横浜に連れて行かれ、あとは期末のヤマを乗り越えれば、待ちに待った夏休みだ。中間試験は高鷹が英語と社会で赤点を喰らい追試を受けさせられたが、天音はすべての科目で高得点を取り、池田もサラの助力により、苦手な数学でみごと平均点を上回ることができた。
それ以外のメンバーも特に問題はなく、無勉だったハルヒコも含めまずまずの出来であった。そしてサラもハルヒコと同様テキストに触れることもなく、部屋にいれば寝ているか、学校に来ても保健室通いばかりしていたにもかかわらず、地理の問題をひとつミスしただけであとはすべて満点を取った。だがクラスメイトや寮生たちには羨望や嫉妬という感情はなく、もはや気味悪がられるようになっていた。
「そういえば高鷹、夏休みに免許取りに行くらしいよ」
「免許?バイクの?」
「そう。もうすでに申し込んだらしい」
「へえ、アイツ母ちゃんに金出してもらえねえから、夏休みにバイトして貯めるっつってたのに」
「ね。お金どうしたんだろ?」
それを聞いてサラはやはり珠希を気の毒に思いつつ、何も言わずに聞き流した。高鷹とハルヒコはあれっきりでやめると言っていたが、その後に行われた保健体育の「特別授業」にて、ペニスの模型にコンドームをかぶせる珠希の写真でもうひと儲けしたことを、サラはまたしても売上金を数えさせられたので知っていた。その際に「お前の写真も撮らせてくれ」と迫られたが、まだ部屋に置いたままの電動ノコギリを何も言わずに手に持つと、ふたりはおとなしく引き下がった。
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