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しおりを挟む『試験勉強はどう?』
裏庭に出て、彼と久しぶりの通話をする。
「もーとっくに範囲なんか終わってるよ。このまま期末の勉強でもしようかな」
『あんまり無理すんなよ。てきとうに、ラクにやればいい』
「他人事だと思って」
『他人事なんて思ってないよ。むしろ逆だ。お前は変なところでマイペースだけど、根を詰めすぎるとこがあるからな』
「……ねえケイちゃん、僕って今までどう見えてた?」
『今まで?』
「そう、高校生活が始まってから、今まで。……サラと耀介に言われたんだ。ハルヒコが来てから、僕はすっかり子供に逆戻りしたみたいだって」
『はは、そうなの?』
「悪い感情をコントロールできない」
そう言ってため息をつき、さんざんバチあたりなことをしてきた地蔵の前にしゃがみ込む。
『なるほど。……まあ確かに、いつもがんばろうと肩肘張ってるとこはあったかな』
「やっぱり?」
『うん。けどがんばらなくたってハナから運動も勉強もできるし、みんなをまとめることだってうまいのに、部活や委員会なんかはやらないで、目立たない地味な活躍に徹してた。けどそういうのってマイペースにやれかると思いきや、意外にみんなは見てるから何やかんやと期待をかけられたりして、結局は目立つ生徒と同じように優等生の像が作られていく。天音はそのギャップに苦しめられていたのかもしれないな。……だから、必要以上に気を張ってるように見えたんだ』
「……そうなのかな」
『だからこそ渦川ハルヒコの出現によって、本来の年頃らしい振る舞いができるようになった瞬間、お前は優等生の像を打ち砕かれたんだろ。怒りや悲しみの負の感情を抑えきれなくなってきたことで、もっと人間味のある部分が見えてくるようになったんだと思う。……子供に戻っていくというのは、たぶんそういうことだ』
「今までの僕はニセモノだったということ?」
『そうじゃないさ。まじめにがんばるところは、優れたひとつの側面だ。でもそればかりを見せているのがいいことってワケでもないのかもな。負の感情は決して悪いモノではなく、むしろそれを内に秘めつづけている方が、無理やりで不自然なことなんだと思う。要はバランスだ。正も負もどっちもあってひとりの人間が作られてる。感情をコントロールするということはふたつを調整するということだ』
「調整ねえ」
『それにはやっぱり、怒りや悲しみを押し殺さずにほどよく発散していくのが大事なのかもしれない。……とは言え、誰もそんなことカンタンにはできないけど。いい子ぶりながら裏で黒いモノを沸々とさせて生きてくか、自分は嫌われ者だと開き直って迷惑ばかりかけて生きてくか……人間には理性があっても、思想の面では意外と極端に生きてる奴が多い』
でも、と彼は続ける。
『高校生活は、そういう感情と向き合って、うまい折り合いのつけ方を得るための、最後の訓練の時間だ。若くて柔軟な時期なんてのはもうとっくに終わってるが、無知で空っぽでいつも飢えてるから、いろんなものを吸い込んでは吐き出し、親から教わることとは別の人間の生き方を知ることになる。その過程で、自分はどういう人間なのかを見定めるべきだ。周りの生徒だって、就職のことはまだ考えなくても、漠然とした人生については考え始めるだろう。何にも見えないのに何かを見ようとする。そのときがたぶん、いちばんクリアに自分を客観視できる時期だと思う。なぜなら積極的に自分を理解してやろうと思えるからだ』
「僕にまだそんな欲求が残ってるのかな?」
『残ってるよ。お前はまだ若いし、いつも同じ目線の仲間に囲まれて暮らしてるんだ』
「ケイちゃんには?」
『残ってると思い込んでたけど、ごらんのとおり、上から流れてくるものをただ受け止め、長いものに巻かれて生きてるような有様だ。いかに毎日を穏やかで平和的に過ごすか、もう俺の人生のメインはそれだ』
「仕事をするようになったら、仕方のないことなんだよ。結局は社会の中の個人だから」
『でも、自分と見つめあうことのないまま大人になったらダメだ。今になってそれがよくわかる。自分自身もそうだし、そういう人間ばかりに出会うようになると、それを強く感じる』
「……今日は先生らしいね」
『だろ?……あ、話変わるけどさ、そろそろ車買おうかと思ってるんだ。こないだみたいな豪雨のときでも、電車なんか使わせずに済む』
「車かあ、いいね。迎えに来てくれるの?」
『迎えもあるけど、電車だと何か、駅で別れるときが無性に寂しい』
「……車でも同じだよ」
『そうかな。……そうだな』
「電話も寂しいね」
『まあな』
「でも、今くらいの距離がちょうどいい気がしないでもない」
『そうか?……卒業したら、好きなだけ顔合わせられるだろ。学校での俺たちじゃない、ホンモノの俺たちで』
「はは、なんかスパイみたいでカッコいい」
『だろ。……そろそろ戻れ。もう消灯だろ』
「うん」
『明日な、おやすみ』
「明日はニセモノの僕たちだ。……おやすみなさい」
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