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しおりを挟む「何で天音のこと避けてるの?」
部屋で三点倒立をしていると、さかさまに映るサラが尋ねてきた。
「お前がそれを望んだのだろう?」
「じゃあ僕のせいってこと?」
「そうとは言っていない」
「もし本当に約束破るたびに指切ってたら、もうとっくに手足なんか無くなってるはずだよ」
「……」
「僕はね、こう見えても自分で死にたいと思ったことは1度もないんだ」
「ほー、そりゃ感心でござんすなあ」
「たとえ末期ガンになったって、小惑星が地球に衝突したって、死刑執行の日になったって、間違って屋上から落ちたって、命は死ぬ瞬間まで止められない」
「そのとーり」
「自然に逆らっちゃいけないんだ」
「そのとーり」
「君が天音に、磁石みたいに引っぱられていくのとよく似てる」
「そのと……いや似ていないぞ」
「似てるよ。君は天音をかまうのをやめられない。息をするのとおんなじだ。病的とも言える」
サラに足をそっと支えられ、ハルヒコの視界がゆっくりと元に戻る。
「命とか、老化とか、血の流れとか、本能的な関心とか。死なない限りは止められないよ。生きてるあいだは止まらない」
「変なアニメでも観たのか?」
「僕が今すぐ教祖になって、君をあらゆる手段で洗脳して、僕の熱狂的な信者にさせなければ、君は僕のことなんて少しも見ようとしない」
「あいにくだが俺の神はスタンハンセンとメイウェザーと決まっている」
「だからつまり、僕が今から世界制覇できる格闘家になるのと同じように、君の関心を買うのはまったくの不可能というわけだ」
「またワケのわからんこと言って俺を困らせる気だな。仕方のないビョーキの子猫ちゃんめ」
すると机に置いていたウエスタンハットを、そっとサラの頭に乗せた。
「うーーん……まあぱっと見優しげなクセに、よく見ると目がイってる感じは……ドリーファンクジュニアに似てなくもない……かな?」
「でもドリーみたいに強くならないと、君は僕を抱こうとは思わないでしょ」
「強くなったらより一層抱こうとは思わんが、試合は申し込む。ちょっとこれも持ってみろ」
今度は左手に黒い一本ムチを握らせ、一歩下がってまじまじと眺める。
「……上だけでいいから脱いでみてくれるか?」
「……」
言われるがままにスウェットを脱ぐと、黒い前開きのベストを着させられ、右手にはレプリカのチャンピオンベルトを持たされた。するとやっぱり下も脱げと言われ、珠希の写真撮影で使った際に馬場に返し忘れたブルマを履かされ、仕上げと言わんばかりに、同じく返し忘れたニーハイの編み上げブーツをハルヒコ自らがいそいそと履かせた。
「……レスラーとは程遠いが、お前なんか、その格好いやに似合うな。妙なエロさがあるぞ」
「ええ……ベルト持ってるのに?」
「ベルト置いてみろ」
「はい。」
「ううむ……なかなかいいな。ちょっと写真撮らせてくれないか?」
「どうぞ」
「お前のクマちゃん抱き枕を犠牲にして悪いが、三角絞めと腕ひしぎ逆十字と、最後にパワーボムを喰らわせてるところを連写で撮るぞ」
「全部わかんない」
「教えてやるから」
そうしてひととおり技を教えたが、手取り足取りやっているうちにだんだんと気分が乗ってきて、他の投げ技や打撃も余分に教えてやることにした。そして最後に手本として全力のパワーボムをクマの抱き枕に喰らわせたところ、となりの部屋から高鷹が「てめえらさっきからうっせーーぞ!!!」と怒鳴り込みにやってきた。しかし見覚えのある衣装をまとい、ムチを持ってハアハアと息を切らしているサラを見るなり、「な、なんだ、おおお前らもお楽しみ中だったのか……」ととたんに動揺してスッと威勢を失い、そそくさと戻っていった。
「時間も時間だ。今日はこれくらいにしてやろう」
「はい。ありがとうございました」
「明日は絞め技を重点的にやるぞ。イグアナの得意なスリーパーだ。チョークも反則カウントされるまでなら反則負けにならん。絞めちまえばこっちのもんだからな」
「よろしくお願いします」
「強くなれよ」
「はい」
写真のことなどすっかり忘れ、衣装を脱ぐとふたりはいつものように抱き合って眠った。
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