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翌朝6人で朝食を食べていると、先に食べ終えた高鷹がほうじ茶をひと口すすり、「触れるのも面倒だからスルーしてたけど、やっぱり一応聞いとくわ」と切り出した。

「カイザーのあれはプレイの一環か?」

裏庭の地蔵とビニールひもでつながるように手足を縛られ、口をガムテープで塞がれたハルヒコが転がっているのを見つけたのは、起床していちばんに裏庭に面した窓を開けた耀介であった。そのまますぐに窓もカーテンも閉めたが、やはり騒ぎになる前にどうにかしたほうがいいかと思い副寮長の高鷹と珠希の部屋におもむき、「あれどうすればいい?」とカーテンを開けて気絶するハルヒコを見せた。

だがふたりとも寝起きということもあり心底めんどくさそうな顔をして「とりあえず飯にしてから考えようぜ」と言われたので、特に触れることなくこうして静かな食卓を囲んでいたのだ。異常に気付いた他の寮生たちは当然ざわついたが、おそらく当事者を含む「6人」が何も騒いでいないのと、彼らもハルヒコの奇行に半ば免疫ができていたせいか、その6人を奇異な目で見るだけで特にアクションはなかった。
そしてハルヒコ関連の事件については、一切の無視を決め込んでいる隠ぺい体質の芳賀も同様だ。

「もちろんサラちゃんがやったんじゃないよな?」

「うーん…ちょっとだけ手伝ったかな」

「おい天音」

「なに?」

「なにじゃねーよ、あれどうにかしろ」

「あとさー、トレンドにあがってる"カイザーマスク"とか"イグアナの怪物"ってのは何か関係あるの?ラジオの不審電話がどうこうとか書いてあるけど」

「さあ。僕ツイッターやってないし」

「お前がやってなくても恐らくお前らと思われることで騒ぎになってんだよ」

「……天音、とりあえず裏庭行こうぜ」

「やだ。耀介が行ってきて」

「俺ひとりは……ちょいキツいな」

「おいよーすけ甘やかさなくていいぞ。てめえひとりで行ってこいボケナスが」

「やだやだーぁ!」

「まったくかわいくないからやめろ」

「ね、すっごい腹立つ」

「もうボクも珠希ちゃんも君たちの奇行にはウンザリしてんだ。疲れ果てたんだよ」

「僕だってあいつの奇行の被害者だ」

「いーやお前らは同罪だ。なんならお前のほうが頭おかしい」

「もういいだろ。天音はアイツが来るまでこんなんじゃなかったんだから、6割くらいはアイツのせいだよ」

「よーすけ……」

「けっ、勝手にやってろ。もうコイツらのことで俺らを頼ってくるなよ」

食事を終えると耀介と連れ立って裏庭におもむき、ハサミでビニールひもを切ってやり、ベリベリとガムテープを剥がしてやる。

「おはようハルヒコ」

木の枝で頬をつつくと、ハルヒコがピクリと眉を動かし、うっすらと目を開けた。しかし目の前に地蔵の顔があったせいで、「ぬおっ」と叫ぶとガバリと立ち上がり、一目散に逃げ出していった。

「何だあいつ。ホントに野生児だな」

「カラダ固まってないのかね」

まるで他人事のように、去っていく背中を見つめる。だがハルヒコは角の手前でピタリと立ち止まると、突如Uターンをしてこちらに向かってきた。

「おい、なぜ俺だけがこんなメに遭わなければならない?!そもそもおもしろがってラジオに応募しろと言ったのはサラだぞ!!」

「サラはあーいう性格だ。恋人のくせにそんなことも知らずそそのかされたお前が悪い」

「ふたりそろってキチガイじみたマネしやがって……性格破綻も大概にしとけよこの野郎」

耀介が「恋人?」と眉をひそめるが、天音に「行こう」と腕をとられそのまま引っ張られていった。だが背後から「お前、そろそろマジでその怒りっぽいところをどうにかしろ」と言われた。

「……僕を怒らせるのは君だけだよ」

「俺にだけならいいが、その性格は確実にエスカレートする。そしたらお前はいつか絶対に痛い目みるぞ」

「急に説教?自分の振る舞いを見直してから言ってくれる?」

「天音、やめとけ」

「俺はあのとき言ったな、お前が集団生活の中でも自己中心的で我慢の効かないワガママイグアナだと。図星を突かれたからお前はフルチンで追いかけてくるほど激昂したんだろ。それに迷惑をかけてるのが俺にだけだと思ったら大間違いだ。だいたいお前、騒ぎを起こすたびにいつもそのクロザルに助けられてることをちゃんと自覚してるのか?」

「騒ぎの原因は誰だと思ってんだ」

「渦川、いいからもう焚き付けんな。あとその呼び方やめろ」

「いーーやクロザル、この際だからはっきり言っておく。ソイツをかばうのは無益だしソイツのためにもならんからもう手を引け。何の見返りもなく、お前はずっとこのロクでもない破天荒男を助けるてやるつもりか?何の得にもならんただの骨折り損だぞ」

「別に損得勘定でやってるわけじゃねえから」

「ほう、ご立派な心意気だ。だがお前はそろそろ言ってやるべきだ。世話を焼かせてごめんねとか、いつもありがとうのひとつくらい、たまにはあってもいいんじゃないか?ってな」

その言葉は天音の心臓を貫いた。

「お前はいつも近くにこのクロザルがいて、甘やかして味方でいてくれるのが当然と思い込んでるだろ。サラだけじゃなくクロザルに対してもゆがんだ独占欲をいだいて、思いどおりにならなけりゃ赤ん坊のように癇癪を起こす。それで周りの人間が迷惑こうむった上に、その尻拭いまでさせるどーーしようもない人間に成り下がってることに、お前はこれっぽっちも気づけていない。お前みたいな童貞のクセにプライドの高い性悪の未熟者に、トモダチと呼べる奴がいてくれるのが不思議でならんな。本当はとっくに嫌われてるんじゃないか?」

「くっ……」

「天音?!おい、大丈夫か?」

めまいを起こしたかのように膝から崩れ落ち、芝生に手をついた。

「ほら図星だ。どうした、また全裸で俺を追いかけるか?今度は捕まらんぞ」

「渦川もうやめてくれ。天音、立てるか?」

「そーやって気を使ってくれる奴がいるのに、お前は感謝も詫びもせずケロリと忘れて、またささいなことでキレて俺に暴力を振るい、無関係のヤツにおんなじ迷惑をかけるだろう。それの繰り返しだ」

「正しいことを言ってなくもないけど、お前が言うとなんかものすごく理不尽だぞ」

「ふん、お前もソイツをつけあがらせてる一因だということをよーーく理解しろ。あーあー、バカのせいで飯を食い損なってしまったなあ」

そう言ってハルヒコが踵を返し、悠然と立ち去っていった。いつものように追いかけて殴り飛ばすのかとヒヤヒヤしたが、天音はしばらくうずくまると、やがて泣きそうな顔をそっと上げた。

「ごめんねよーすけ……」

「え……?」

「僕ずっと、君のこと手下みたいに扱ってた」

「い、いや……ていうか、手下?」

「今までごめんね」

「いいって、何にも気にしてねえから。ほら立て。……もう学校行かねえと」

やけに素直でしおらしい天音を見て、耀介は久々に彼がいつもの姿を取り戻したように感じた。しかし同時に、どちらが本来の彼なのだろう?とも考える。

「なーにまた泣いてんだよ。あんな奴の言うこと真に受けんな」

グス、と鼻をすすり、まぶたを赤くしている。どうやら本当に痛いところを突かれたようだ。だから喝を入れるように背中をたたいてやった。

「あいつのことは嫌いだろーけど、お前って感情がわかりづらいとこあったから、俺からしたら今の方が見てて楽しいぞ」

「はは、楽しいって、なに……」

「別にいんだよ、キレることくらい。みんなは色々叱るだろうけど、泣きも怒りもしねえで大人ぶってさ、結局そのまんま本当の大人になっちまうのって、何かおもしろくねえじゃん」

「……」

「感情の幅を知ることは大事だって俺の父ちゃんも言ってたし。自分の本当の性格を早いうちに知っとくべきってことだ。いちばん大人びてたお前は、本当はガキみたいに怒りっぽい人間だった。けどそれだけのことだ」

涙がこぼれ落ちそうになるのを、耀介が指で拭いとってくれた。こういうことのひとつひとつを、いつも当然のようにしてくれるのはこの男だけだ。兄弟のように暮らしていても、あくまでも他人同士だ、という大吾郎の言葉を思い出す。優しさは互いに持ち寄り分かち合うもので、当然のように受け取ってばかりであることは、人として許されない。

「よーすけ、ごめんね」

しゃがんだまま、耀介に抱きついてもう一度詫びた。彼は「だから気にしてねえって」とその抱擁を受け入れ、頭を撫でた。そして天音の腕を取り、ようやく部屋まで連れて帰った。すぐに支度をしてふたりで学校の玄関に着いた瞬間、始業5分前のホームルームのチャイムが鳴った。

その夜から、食卓を囲んでも風呂で鉢合わせても、天音とハルヒコが仲間たちの前で会話を交わすことはなかった。7人で固まる光景はいつもとそれほど変わらないが、ハルヒコは天音にちょっかいをかけなくなり、天音もまるで彼のことなど見えていないかのように振舞っていた。

その様子に高鷹は少し言い過ぎたかもしれないと思い直し、耀介と大吾郎にふたりが仲直りできないかと相談したが、「別にケンカしてるわけじゃねえからなあ。もともと仲は良くねえし」と耀介も少し困った顔で返した。くだらないことだと思いつつも悩む高鷹は、大吾郎の「あいつらのことだしすぐ戻るよ。心配するだけ無駄だ」という言葉を信じるしかなかった。
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