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しおりを挟むー『ではコーナーいきましょう、真夜中の青春相談室』
深夜ラジオで、パーソナリティーのトークがひととおり済むと、タイトルコールと共にBGMが切り替わる。秋山はすでに寝入っているが、天音は毎週この時間のラジオをイヤホンでひっそり聴くのが習慣だ。しかし深夜とあり、いつも最後まで聴き終えることなく眠ってしまう。
『このコーナーはですね、メールで応募してくださったリスナーの方と電話をつないで、直接その方が抱えているお悩みを聞き出し、僕や目の前に座ってる作家の水野くん、ときにはディレクターの大川くんなんかがふだん使わない頭をフル回転させ知恵を絞り出して、毒にも薬にもならないどころかクソの役にも立たない回答をしてさしあげるというものです。お悩みはなんでもけっこうです。真夜中なんで昼間にできないお話なんかをいただけるといいですね。さて今夜は……じゃあこの方いってみましょうかね。いま出られるといいんですけど……えー、東京都のラジオネーム……カイザーマスクさん。電話してみます』
右耳だけにしていたイヤホンを左耳にもはめこむ。コール音が数回鳴ると、ガチャッという音がして、『もしもし』という男の声がした。よく聞き慣れた声だった。
『もしもし、カイザーマスクさんですか?TCSラジオの勅使河原です。真夜中の青春相談室なんですけど、今夜の悩めるリスナーにカイザーマスクさんが選ばれました。いまラジオ聴いてもらえてました?』
『聴いていた』
『カイザーマスクさん、ずいぶん渋い声してますけど、いまおいくつなんです?』
『18』
『18?あら、お若い。学生さんですかね?』
『高校生だ。寮住まいをしている』
『そうなんですか!へえ~、でも寮だと相部屋とかですよね?こんな時間に電話してて平気なんですか?』
『問題ない。同室の奴も一緒に聴いているからな』
『なるほどそうですか、ありがとうございます。水野くん高校生だってよ、こんなに若い方は久しぶりですね。ではカイザーマスクさん、さっそくお悩みをうかがっても?』
『うむ。実は俺の恋人に横恋慕して、俺に嫌がらせをしてくる男がひとりいてな』
『おや、それはいけませんね。ねえ、水野くん』
『嫉妬深い男なんだ』
『その方はどんな方なんです?』
『奴も同じ寮住まいの人間だ』
『じゃあ同じ高校生ってことですね』
『ああ。それから顔立ちはイグアナとかの爬虫類に近くてな、ベランダで日光を浴びてるときとサラダを食ってるときがいちばんヤバい。性格は至極凶悪、怒ると手がつけられん。あと童貞だ』
『ほ~、童貞ときましたか』
『プライドの高いそいつのいちばんのコンプレックスだ』
『でもまあ、男子寮の高校生だからなあ。そういうことにはふつうより縁遠い環境なのかもなあ。……ちなみに、具体的にはどんな嫌がらせを?』
『具体的に?』
『そう、どんなことをされるのかな?』
『布団の中に地蔵を置いたり』
『え?』
『だから、俺の布団の中に、寮の裏庭から盗んできた地蔵を置いたり』
『……それはどういう状況なんですかね?』
『そのまんまだ。布団をめくったら泥だらけの地蔵が寝かされていた。奴は狂人だからな』
『それが本当なら、さっそく狂気の度が過ぎてるね。他には?』
『他には、全裸で俺を追い回したり』
『え?』
『風呂場から全裸で俺を裏庭まで追いかけてきたんだ。捕まって本気のスリーパーを喰らい、あやうく死にかけた』
『……い、嫌がらせ……なのかなそれは?』
『他にもいろいろあるぞ。基本的には暴力にモノを言わせているな。殴られて青タンができても、俺が勝手にすべって転んだとしゃあしゃあと周りに吹聴してやがった』
『嫌がらせっていうかいじめじゃないのかな?その彼、学校生活とか平気なの?なんか僕の中ではものすごく恐ろしいイグアナのマスクした怪物みたいなのが浮かんでいるんだけど……』
『そう、まさしく怪物だ。おまけについさっきなんて金をかつあげされてな』
『か、かつあげ?』
『アイスを食いたいから金をよこせと言って、俺の部屋に押し入って万札を強奪していきやがったんだ』
『それは……僕たちよりも先生とか警察に相談した方が……』
『すべては俺に嫉妬しての蛮行だ。俺が恋人と別れぬ限り解決せん問題だ。勅使河原よ、俺はこの問題にどう対処すればいい?恋人からここのラジオで相談を受け付けてると聞いて、わざわざこんな時間まで起きてお前からの連絡を待っていたのだ』
『そうだねえ、確かに相談には乗ってるんだけど、趣旨が違いすぎるかなあ。下ネタばっかりの深夜ラジオだからねえ。今回に関しては僕たちでは力を貸せない気がする。なんかディレクターもちょっと渋い顔してこっち見てるもん。ちなみにその恋人さんは何で僕たちに相談しろと言ったのかな?』
『待ってろ、聞いてみる』
『え、恋人がそこにいるの?』
『ああ、同室の奴が俺の恋人だ』
『え?え?男子寮なんだよね?もしかしてそっちの方だったの……?』
『ふん、恋人にそっちも何もない。……聞いたぞ。奴が言うには、面白そうだったから、だそうだ』
『……でしょうね。あの、じゃあ恋人は男で、嫌がらせしてくるのも男ってことなんだね?』
『そうだ』
『複雑すぎ!複雑すぎだよぉ~カイザーマスク。なんか番組のツイッターとか君のことですごい荒れだしてるよ』
『俺の知ったことではない』
『ともかくね、その嫌がらせの人はちょっと常軌を逸してると思うんだ。ね、水野くん、ね?あと同室の恋人さんというのも、そんな異常事態にもかかわらずここに相談させてくるあたり何か面白がってるし、それはそれで逆に怖い。君たちがどういう三角関係なのか知らないけど、事件になる前に警察に行った方がいんじゃないかなあと思うよ』
『なるほど。本当にクソの役にも立たん助言に感謝しよう』
『でもさあカイザーマスク、個人的にすっごく気になるから、何か動きがあったらまたこのラジオに連絡ちょうだい?何か君についてのメールもリスナーさんたちからじゃんじゃん送られてきてるから』
『よかろう。……ん?』
『どしたの?』
『足音が……』
『足音?』
『おいサラ、あいつもしかしてこのラジオ聞いてるってこと……なに?聞いてるのか?え、お前があいつにこのラジオ教えてもらったのか?』
『おーい、カイザーマスク?』
『まずいぞ勅使河原、奴に聞かれていたかもしれん』
『えっ?奴ってまさか、イグアナの怪物?』
『サラ、鍵閉めろ……たぶんあいつだ』
その言葉を残して通話が途絶え、慌てた勅使河原が何度かかけ直したが、彼が電話に出ることはもうなかった。「とりあえず、聴いてるかわかんないけど、カイザーマスクのリクエスト曲は流しとこうか。」と往年のプロレス選手の入場曲メドレーを流し、数多のリスナーを悶々とさせながらコーナーは終わった。
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