上 下
36 / 128

6

しおりを挟む


ハルヒコがいつもの赤いジャージにウエスタンハットをかぶり、スケボーに乗って駅まで送ってくれた。
「お前明日も練習に来いよ」と言われ、池田は「いいよ」と答えた。サラのおかげで数学の問題をすらすらと解けたせいか、試験勉強への焦燥はすっかり消えている。

「お前野球のルールは当然知ってるよな?」

「うん」

「それなら問題ない。サラは知らないんだ」

「ああ、知らなそう」

「問題だと思わんか?あいつ男のくせにスポーツ全般興味ないんだぞ」

「問題ってこた無いでしょ……うちの部の人たちもあんまり興味ないよ。サッカーくらいなら観てるけど」

「お前らのようなモグラ集団ならさほど不思議ではない。オタク野郎ばっかりで、水槽とタマキンとアニメとゲームにしか興味がないからな」

「ぐっ……ムカつくけど言い返せない。でもアニメとゲームなんか誰だって好きだろ。君だって休み時間ずっと林田くんとかとゲームしてるじゃん」

「サラはそれすらも好きじゃないんだ。あいつは好きなものがなんにもない」

ガラガラと力なく地面を蹴り、「もー雨やんでるぞ」と言ったので、池田は傘を閉じた。灰色の空の向こうにオレンジ色の層がうっすらと輝いている。

「だからふたりきりだと息が詰まるって言ってたの?」

「それもあるがあいつは根が重い奴だ。だから息苦しい」

「君でもそういうことを感じたりするんだね」

「なあ、俺とあいつで子供なんか育てられると思うか?」

ふたり同時に立ち止まる。池田はあまり彼らの関係について掘り下げたくないのだが、その突拍子もない質問は聞き逃せなかった。

「子供いるの?……なワケないよね。何でそんなこと?」

「あいつはいずれ俺と子供を育てる気満々なんだ。無論どっかから拾ってきた子供だ」

すると池田はハルヒコの目を見れぬまま、「無理だと思う……いろんな意味で」と小さく答えた。

「ね~、無理よねえ~」

「香月先輩って、頭いいけどちょっとネジがゆるんでるとこあるのかな?」

「あるのかな?じゃないぞ池田くん。奴はそもそも人よりネジが足りてないんだ」

「……僕らに言われたくないだろうけど、そうなんだろうね」

「は~ぁ、何でこーなっちまったかなあ……」

「うん、そういえば何でそんなことになったの?」

するとまたしてもハルヒコの動きがぴたりと止まり、口をぐっとつぐんで黙り込んだが、その横顔は明らかに狼狽していた。

「ねえ……?」

「少年、それは金輪際聞いてはならん」

「なんで?」

「なんでもだ」

「はあん、じゃー君が悪いことしたんだな」

「何を言うか!断じて違う!だが男であるからには責任を果たすべきときが誰しにも訪れる!お前のようなたわいの無い水槽小僧にだって平等にそのときはやってくるぞ!!覚悟しておくんだな!!」

顔を真っ赤にしたハルヒコの猛烈な勢いにたじろぐ。周囲の人々が一斉にこちらを見た。

「わかったよ!ただでさえその格好目立つんだから、商店街のど真ん中で大声出さないでくれ!」

「ここは俺の庭だからいいんだ。あと草野球チームもこの商店街のジジイどもだからな。いまのうちに顔を売っとけ」

再びガラガラとスケボーを転がし、池田はため息をつきながらそのあとについていった。ハルヒコが何をやらかしてそのような目にあっているのかは分からぬが、サラに弱みを握られているらしいことは何となく把握できた。

駅で別れ、池田の乗った電車を見送ると、夕焼けが顔を見せる前にすっかり薄暗くなってしまった空の下で、人ごみを縫うようにスイスイとタイヤをすべらせた。その晩は天音が帰らなかったので、サラなら居場所を知っているかと思い尋ねようとしたが、天音のことを聞くと機嫌が悪くなりそうな気がしたのでやめておいた。

翌日曜日は朝から雲ひとつない晴天で、まだ寝たいとぐずるサラを無理やり引き連れてグラウンドにおもむき、池田との練習に付き合わせ、昨日よりもメニューを増やして昼過ぎまで3人で汗を流した。そして練習後に「おら、お前らにプレゼントだ。」とサプライズのつもりで商店街オリジナルのユニフォームを手渡したが、ふたりはまったく喜ばないどころか顔を曇らせ、池田は「ホントにやるのかあ……」とウンザリしたようにつぶやいただけだった。サラに至っては受け取りもしなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

上司と俺のSM関係

雫@更新予定なし
BL
タイトルの通りです。

異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)

藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!? 手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

私の事を調べないで!

さつき
BL
生徒会の副会長としての姿と 桜華の白龍としての姿をもつ 咲夜 バレないように過ごすが 転校生が来てから騒がしくなり みんなが私の事を調べだして… 表紙イラストは みそかさんの「みそかのメーカー2」で作成してお借りしています↓ https://picrew.me/image_maker/625951

処理中です...