少年カイザー(挿絵複数有り)

めめくらげ

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ー「金も出来たし、週末はひさびさにパーっと遊びにでも行くかな」

ハルヒコがベッドの上段で寝そべりながらつぶやく。サラは夕食も食べずに眠りこけ、今になって起き出して下段であしたばサブレをぽりぽりと食べていた。

「テスト勉強しないの?」

「どれだけ成績が悪くたって卒業できる仕組みだ。どうでもいい」

「留年はするよ」

「学校側が俺みたいなもんを4年も5年も置いとくと思うか?」

「じゃあ無理やり除籍かな。また中卒に逆戻りだ」

「嫌なことばかり言うな。それよりユーレイよ、お前もどうせ勉強なんかしないのだから、俺と遊ぶか?」

「何するの?」

「公園でキャッチボーール」

「ぜんぜんパーっとしてないけど……」

「いま思い出したんだが、来週ここの町内会と隣町のナントカ組合の連中とで草野球の試合がある。だがうちのチームの定食屋の親父が、こないだチャリですっ転んで手首を捻挫したから出られなくなってな。だからお前補欠で来い」

「僕野球経験ゼロだよ」

「お前に野球経験がある方が驚きだ。そのための練習だ」

「キャッチボールから始めて来週に試合?」

「おう」

「断る。あと土曜は天気悪いから外出たくない」

「まったく、お前は起きてても半分寝てるし元気でもぐーすか寝てばっかりだな。将来寝たきりになるぞ」

「試合は見に行ってもいいよ。気が乗ればね」

「ていうかお前野球のルールわかるのか?」

「打ったら走って白いのを踏む」

「はあ……男のくせに球団もまともに知らんからな。お前は勉強しか取り柄がない」

「ねえハルヒコ」

「ん?」

「ぎゅってして」

「……またそんなこと」

「早く」

「おい、俺たちはただの同居人だ」

「あのお金、珠希の写真売って稼いだって本人と税務署にバラすよ」

「……」

「はーやーく」

ふー、とため息をついて上段から降り、ゴソゴソとサラの布団に入っていく。

「おらよ寝たきり姫様」

「添い寝じゃダメ」

「お前は典型的に親の愛が足りてないタイプの人間だ」

腕枕をしてやり、その華奢な身体に腕をまわす。

「なあ、お前って童貞か?」

「うん」

「その余裕に満ちた返事……童貞らしくない」

「ほんとだよ」

「キスも俺のアレが初めてか?」

「そう、はじめて」

「じゃーやっぱりお前の初めてを俺が奪ったということだ」

「そういうこと」

ハルヒコが黙り込み、むふーと大きく鼻息を放出した。部屋に時計などかかっていないのに、1秒1秒が刻まれていく音が聞こえるような気がする。それが何十秒も続いたころ、ハルヒコが突然ガバリと起き上がり、立ち上がろうとして頭を思いきりぶつけてうずくまった。サラの眠たそうな目が少しだけ大きく開かれる。

「うぐぅ……ここに来てから顔と頭にばっかりダメージを喰らっているぞ……」

「どうしたの?」

「お、お前よぉ、俺に、は……初キッス泥棒されて、恨んでないのか、俺のこと」

ぶつけたところを抱えて丸くなりながら問う。

「……恨むも何も、お仕置きのつもりでやったんでしょ?」

「あのときはな。けどお前のツラだし、女には不自由してないだろーから、くちびるくらいどうってことないだろうと軽はずみな気持ちでやったんだ。でもよくよく考えたらどんなにツラが良くたって、お前みたいな精神病棟に片足突っ込んでる引きこもり性格破綻の病的根暗野郎に、女なんて出来るはずがねえ。星崎天音もお前の過去は知らないが、家が厳しいからそんなモンは居たことねえんじゃねーかって言ってやがった」

「……」

「お、おお俺がもしホントに、お前の初めてのキスと……ディ、ディープな方まで奪っちまったとしたら、俺はお前に恨まれて然るべきことをした。だのにお前はなぜ恨みごとのひとつも言わずに、平然とこうして俺と暮らしていられる?いずれ寝首を掻こうとしてるんじゃあるまいな?」

ハルヒコは顔をあげずダンゴムシのように丸くなったまま、くぐもった声で訥々と尋ねた。だが彼の今さらの焦燥とは裏腹に、そのあわれを地でいくような姿とくだらない問いかけのせいで、サラの中にはおかしさばかりがこみ上げる。

「僕たちはちゃんと仲直りしたでしょ。君がわざわざ真夜中に呼び出して」

「だが初キッスを奪った事実は消えん」

「それがどうしてそんなに重いことなの?」

「1回目と10回目じゃ重みはぜんぜん違うだろ」

「僕が女の子だったとしても、どーでもいいよ、そんなこと」

「なぜ?」

「君の兄弟も古くさいことやってるけど、君の思想もまるで昭和だ。戦前とかのレベルだよ。いや、大正時代かも」

「初めてのキスの重さに時代など関係ない」

「……わかった。そんなにこだわるなら責任取ってもらおうかな」

「へ?」

「よけいなこと気にしてるとどんどん面倒なことになるよ」

「ど、どんな……」

「そーだなあ。じゃあ、今日から君と僕は恋人ね。これから一生、死ぬまでずっと」

ダンゴムシの状態からようやく顔をあげたハルヒコは、細くつり上がった目をこれまでになく大きく見開き、顔色はみるみるうちに血の気を失って、あっというまに蒼白になった。

「天音にちょっかい出すのも金輪際禁止。話すのはいいけど、笑って話すのはダメ。あと1回触るたびに、君の指1本ずつ瓶詰めにするから」

「へ、へあ……」

「それで、僕は学校を出たら、君と一緒に島に帰って、君のお父さんの農園を手伝うね。このぜんぜん美味しくないサブレの味を改良して、全国区で売り出して、大金持ちになるんだ。そしたら……」

血の気のない冷たい顔で、人形のように生気のない笑みを浮かべる。

「君みたいなかわいそうなみなしごを貰って、ふたりで一緒に育てよう。何人でもいいよ。君がお父さんで、僕がお母さんのかわりね。子供たちにどうして男同士なのって聞かれたら、お父さんが僕の初キスを強引に奪ったからだよって答えてあげるんだ」

今度ははっきりと秒針の音が聞こえた。だがそれは頭の中で、何かがねじり切られた音なのかもしれない。

「責任さえ取れば、もうクヨクヨ悩まなくて済むでしょ」

「お、おま……そ……それ、それは……だなぁ……」

「よけいなこと言いださなきゃよかったのにね。別に恨んでなんかなかったのに」

「待て、待ってくれ、待っ……どうしてそうなったのか、いったいどこから……」

「夏になったら、ハルヒコの実家に連れてってね」

うずくまって顔だけあげるハルヒコの、じっとりと汗でしめった背中に、サラがそっと頬を寄せる。そしてくすくすとおかしそうに笑って、亀のように固まるハルヒコにまたキスをすると、「おやすみ」と先に布団にくるまってしまった。ハルヒコはその脇で打ちひしがれたように丸まっていたが、いつの間に眠りに落ちたのか、あるいは混乱の限界を突破して気絶したのか、ふと目覚めると朝食の時間をとうに過ぎていた。
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