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お父さんになったのだ

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「はい、珠希ちゃんあ~んして。おいしい?」

怪訝な顔をする天音と耀介の視線も気にせず、高鷹はこれまでと逆転したように、まるで赤ん坊の母親のような甲斐甲斐しさで珠希と接している。焼き魚の骨もすべて取り除いてやっていた。「なんか最近の高鷹きもちわるい……」と天音がつぶやくが、彼の耳には入らない。

「あー、今のあ~んの顔かわいかったなぁ」

「高鷹くん聞こえてる?君最近すごく気持ち悪い」

「なあに、今に始まったことじゃないだろ。天音くんもしてもらえよ、カイザーに」

「なんで急に珠希にそんな優しいの?魚の骨だっていっつも君が取ってもらってたくせに」

「今までしてもらってたから、今度はしてやってんだよ」

「でも高鷹、ホントに最近何か変だよ?急にコスプレとかさせてくるし」

「コスプレ?」

珠希の言葉に天音が眉をひそめる。

「うん……何かこれ着てヤらせろとか言って、どっから持ってきたのかわかんないけど、変な服ばっかり着させるんだ」

「うーわマジかよ」と耀介が色めき立ったように笑い、天音が興味津々で「どんな服?」と尋ねた。

「アニメのキャラクターとか、裸にエプロンと靴下だけとか、メイドみたいな女装とか、いろいろ……」

「ひーっ、高鷹そういうの好きだったの?」

「珠希ちゃん、ボクらのプライベートなことを人にぺらぺら話しちゃダメだよ。前にも言っただろ、マンネリ化しないようたまにはそーゆーのも取り入れようと思っただけなんだって。だがもう2度とやらんから、そのことは金輪際口に出さず全部忘れてくれ」

「もうしないの?君ずいぶん楽しそうだったから、別に僕は構わないけど……」

「いいんだ、もうジューブンすぎるほど満足した。メイドさんになった珠希ちゃんのことは一生忘れないよ。さーさ、お話ししてないでさっさとご飯食べようね」

「うん……?」

ハルヒコはそのとき、メイド姿の珠希が高鷹にバックで突かれていたところをつい思い起こし、手から箸を滑らせた。ある日うっかり忘れていた衣装の回収をしに部屋に戻ったら、煌々とした電灯の下で、珠希の痴態に撮影だけでは我慢できずにサカった高鷹が、ハルヒコの侵入も気にせずケダモノのように夢中になっていたのだ。ふたりのセックスを生で目撃したハルヒコはその直後に高熱を出したが、よろつきながら取引現場におもむき、フラフラになっても仕事はきっちりと遂行した。短期間のチョロい商売ながらも、あの金はそういう苦労も経て得た金だった。

「変といえば、ハルヒコも何かここ最近やけにおとなしいよね」

天音の指摘にぐっと喉をつまらせるが、「生理中だからな」と平静を装った。

「サラと相部屋になったせいかな。僕じゃ君みたいな原始人上手にしつけられないから」

「たぶんそーだな。サラは猛獣使いってことだ。いや、珍獣使いか」

「ふん、何とでもおっしゃい」

涼しい顔で、拾った箸にフーッと息を吹きかける。

「あーあ、それにしてもバカと関わらなくなると刺激がなくてつまんないや。まあ秋山くんとの同居の方が100倍しあわせだけどねー。まともな人とのフツーの暮らしが、こんなに素晴らしいことだって気付かせてくれたことだけは感謝してるよ。君がまともに意思疎通も図れないサル以下だったおかげだ。哀れでみじめな底辺のバカとして生まれたことだけが唯一の取り柄なんだから、これからもたくさんの人に笑ってもらえるよう頑張って生きてけよ」

じゃあごちそーさま、といちばん先に食事を終えた天音が席を立った。「あいつ、ナチュラルに突然めちゃくちゃケンカ売ってきたな」と高鷹が驚愕したように笑い、「これまでそうとう鬱憤が溜まってたからな」と耀介が引きつった笑みを浮かべた。

「ぬうぅ大概にしとけよクソ童貞サイコパス野郎ォ……寮でいちばんチンコ小せえからって女みてえにナメたことばっかしゃあしゃあと抜かしやがって……ほんとにメスのイグアナなんじゃねえかアイツ……」

プルプルと怒りに震えながらも、襲いかかってみんなの前で下着ごとずり下げてやりたいのを必死で堪える。おそらく喧嘩では勝てないのと、手を出したらまたどんな報復を喰らうかわからぬので、ただその背中を恨めしげな顔で見届けるしかできなかった。するとそれを端で見ていた大吾郎が、うっすらと笑いながら言った。

「天音、ほんとにつまんないんだと思うよ。渦川くんがまともにしてると」

「はあ、俺は生まれてこのかた人の規範となる振る舞いしか見せたことがないがな」

「憎まれ口ばっか叩いてっけど、天音もちゃっかりカイザーの色に染められてるってことだ。お前がいなくちゃダメなカラダになっちまったのさ」

「だからいきなり突っかかってきたんだな」

「何だあいつ、イグアナだけじゃなくカメレオンの要素もあったのか?はあん、それならお望みどおり俺という危険なカラーにどっぷり浸かってもらうとするかな」

「やめとけよ、また変なことしたら今度は地蔵で頭カチ割られるぞ」

「それか地蔵だらけの心霊スポットに生き埋めだ。あいつたぶん余裕で夜の山道とかひとりで歩いて帰ってこれるし」

「……もはやただの怪物だね。ジェイソンだ」

苦笑いを浮かべて珠希が言った。






ヘッドフォンをしながら裏庭に出て、まもなく初夏に切り替わろうとする生ぬるい夜風に当たる。片手にはスマホを持ち、電話をかけてもいいのかどうか、もう5分ほど悩んでいた。するとその思いが通じたかのように、「彼」の方から着信が来て、天音は驚きつつもヘッドフォンをはずし、嬉しそうにニヤけながらすぐに出た。「先生?」と言うと、相手は「わざとらしいな」と笑った。

「ケイちゃん、いま家?」

『うん。天音はまた裏庭か』

「だってここでしか掛けられないんだもん。あのね、今ちょーど電話しようかどうか悩んでたんだ。」

『ははは、何で悩むの』

「最近ずっと忙しそうだから」

『気にすんなよ。いつでも掛けてこい。俺も最近お前とぜんぜん話せてないから、電話したくなっただけだ』

「ほんと?」

『ほんと。……急だけど、あさってのゴルフ無くなったんだ。よかったら久々にどっか行くか』

天音の顔がパっとほころび、「行く!」と即答した。

『どこ行きたい?……あ、でも土曜また雨らしいな』

「それならケイちゃんちでのんびりしたい。泊まってもいいでしょ?」

『うん。じゃあ日曜にどっか出かけるか。土曜はテキトーに……なんかお前の好きなモン作るよ。明日帰ってから掃除しなきゃ』

「嬉しい。掃除なんていいよ。何時に行けばいい?」

『朝に買い物済ませるから、昼過ぎならいつでも』

「わかった。……じゃあ、土曜ね」

『明日も同じとこにいるのに、変な感じだな』

「でも学校じゃこんな話できないもん」

『そうだな。じゃ、早く寝ろよ』

「ケイちゃんもね」

おやすみ、と言って通話を切り、天音はホウと息を吐いて星の見えない夜空を見上げた。
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