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しおりを挟むー「……兄弟?」
「うん。でも弟かお兄ちゃんかは分からないって。……名前とかも」
午後9時。談話室では換気口から盗み聞きされる恐れがあるので、天音は秋山の入浴中に210号室を訪れ、サラとベッドに並んで座り、話をした。ハルヒコはなぜサラを犯人扱いしたのか、すなわちサラはハルヒコから何を聞いていたのか、誰が聞いてもサラは決して明かさなかった。だが、事件の当事者である天音にだけは、あの晩にハルヒコが語った「地蔵の前」での出来事を、すべて話すことにした。
ひととおり聞き終えると、天音は何とも複雑な顔をしてしばらく黙りこんだが、「……まあ、トラウマになったのも無理ないね。」とぽつりと言った。
「でもさあ、やっぱあいつ……」
鼻で笑い、「バカだよね~」とため息とともに吐き出す。
「そもそもそれで君と仲直りしようとした意味もよくわかんない。仲直りしてあげた君もすごいけどな」
「……そう?」
「一世一代の暴露だったんだろうな。変にプライド高いから、封印して思い出さないようにしてたんだ。自分の唯一知ってる血縁者が、そんな状態になってるってことを」
「気持ちはわかるけどね」
「僕もわからなくはないけど……何ていうか、あいつは不器用すぎる。いろいろと」
「まあ……」
「それから心が弱すぎる。弱いことは別にいいけど、素直に自分は弱いと認めないことが、よけいにみじめだ。だから君に正論を突かれて、内心かなり動揺したはずだよ。あーいう奴ほどポッキリ折れやすいんだ」
「うん」
「……でも、昨日のことはあいつの弱さのせいにはできない。迷惑かけてごめんね」
「ううん」
「教えてくれてありがとう。……戻りたくないけどそろそろ部屋戻るよ」
「ねえ、天音」
「ん?」
「もしも限界なら、僕と部屋変えてもいいよ」
「え?」
「秋山くんとも話したんだけど……天音が来たいならこっちに移ればいい」
「いや……さすがにそれは悪いよ。第一あんなことされて、君……」
「僕べつに、渦川くんのことそれほど苦手じゃないから」
「ええ……嘘でしょ」
「ほんとだよ」
天音が困惑した顔でサラを見つめるが、彼が冗談を言ったことはない。
「え、じゃあ今夜からは?」
「……悪いと言っときながら、ずいぶんあっさりだね」
サラが苦笑いを浮かべる。
「だって嫌なんだもん」
「わかった、いいよ」
「でも、やっぱキツかったら戻していいからね。君がまた学校来なくなると困る」
「大丈夫」
斯くしてその晩から、ふたりは急きょ部屋を入れ替わることとなった。とりあえず臨時ということで荷物などはそのままだが、風呂から上がった秋山に「よろしくね」と言った天音の顔は、久しぶりに晴れやかなものであった。
ー「なぜお前がそこに寝ている?」
午後10時以降の外出は禁止されているが、コンビニから帰ってきた赤いジャージ姿のハルヒコが、コーラを飲んでひと息ついてから、ベッドに寝転がるサラに尋ねた。
「天音と部屋を交換した」
「なぜ?」
「言わなきゃわからないの?」
「俺のことが嫌いだからだな」
「そう」
「コーラ飲むか?」
「うん」
ペットボトルを手渡すと、起き上がってひと口飲む。そのとなりにハルヒコが腰掛ける。
「で、なぜお前はたやすく交換に応じたのだ」
「応じたっていうか、僕が提案した」
「ほう?」
「このままだと天音が寮から出て行っちゃいそうだから」
「友達思いだな。けっこうなことだ。サブレ食うか?」
「うん」
未開封の箱をパリパリと開け、サラに差し出す。
「お前は俺と同じ部屋でも平気なのか?」
「うん」
緑色をした葉の形のサブレをかじりながらうなずく。
「お前のことを泣かしたのに?」
「うん」
「おかげでお前のことが大好きな千葉大吾郎には、たぶんけっこう嫌われたぞ」
「君のせいでしょ」
ボリボリと咀嚼する。くちびるの端についたサブレのかすをハルヒコが指で拭いとり、その指先を舐めた。
「これだけでも美味くないとわかる」
「美味しくはないよ。まずくもないけど」
しばらくその瞳を見つめると、おもむろにハルヒコが寝転がる。
「君のベッドって下だったの?」
「いや、上だ」
「じゃあ交換する?」
「お前もここに寝ていいぞ」
「狭いからやだ。上に行く」
「つれないこと言うなよ」
「……?」
「夢の中で俺を抱きしめてくれたじゃないか」
「僕が?」
「ああ」
「夢と現実の区別がついてないの?」
「ついてる。……電気を消してくれ」
「僕のこと追い出したいからそういうことするの?」
「違うさ。星崎天音が戻ってきたところで、接近禁止令と会話禁止令が出されているから、窮屈でストレスフルで互いに不健康な生活だ。……お前がいいなら好きなだけここにいろ」
「……」
電気を消し、サラも下の段のベッドに入った。狭い布団の上で、ふたり並んで寝転ぶ。天音が見たらショックを受けるだろうが、やはりそれほど悪くはない。特に会話もせず、ふたりはそのまま眠りについた。
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