少年カイザー(挿絵複数有り)

めめくらげ

文字の大きさ
上 下
22 / 128

2

しおりを挟む


ー「……兄弟?」

「うん。でも弟かお兄ちゃんかは分からないって。……名前とかも」

午後9時。談話室では換気口から盗み聞きされる恐れがあるので、天音は秋山の入浴中に210号室を訪れ、サラとベッドに並んで座り、話をした。ハルヒコはなぜサラを犯人扱いしたのか、すなわちサラはハルヒコから何を聞いていたのか、誰が聞いてもサラは決して明かさなかった。だが、事件の当事者である天音にだけは、あの晩にハルヒコが語った「地蔵の前」での出来事を、すべて話すことにした。

ひととおり聞き終えると、天音は何とも複雑な顔をしてしばらく黙りこんだが、「……まあ、トラウマになったのも無理ないね。」とぽつりと言った。

「でもさあ、やっぱあいつ……」

鼻で笑い、「バカだよね~」とため息とともに吐き出す。

「そもそもそれで君と仲直りしようとした意味もよくわかんない。仲直りしてあげた君もすごいけどな」

「……そう?」

「一世一代の暴露だったんだろうな。変にプライド高いから、封印して思い出さないようにしてたんだ。自分の唯一知ってる血縁者が、そんな状態になってるってことを」

「気持ちはわかるけどね」

「僕もわからなくはないけど……何ていうか、あいつは不器用すぎる。いろいろと」

「まあ……」

「それから心が弱すぎる。弱いことは別にいいけど、素直に自分は弱いと認めないことが、よけいにみじめだ。だから君に正論を突かれて、内心かなり動揺したはずだよ。あーいう奴ほどポッキリ折れやすいんだ」

「うん」

「……でも、昨日のことはあいつの弱さのせいにはできない。迷惑かけてごめんね」

「ううん」

「教えてくれてありがとう。……戻りたくないけどそろそろ部屋戻るよ」

「ねえ、天音」

「ん?」

「もしも限界なら、僕と部屋変えてもいいよ」

「え?」

「秋山くんとも話したんだけど……天音が来たいならこっちに移ればいい」

「いや……さすがにそれは悪いよ。第一あんなことされて、君……」

「僕べつに、渦川くんのことそれほど苦手じゃないから」

「ええ……嘘でしょ」

「ほんとだよ」

天音が困惑した顔でサラを見つめるが、彼が冗談を言ったことはない。

「え、じゃあ今夜からは?」

「……悪いと言っときながら、ずいぶんあっさりだね」

サラが苦笑いを浮かべる。

「だって嫌なんだもん」

「わかった、いいよ」

「でも、やっぱキツかったら戻していいからね。君がまた学校来なくなると困る」

「大丈夫」

斯くしてその晩から、ふたりは急きょ部屋を入れ替わることとなった。とりあえず臨時ということで荷物などはそのままだが、風呂から上がった秋山に「よろしくね」と言った天音の顔は、久しぶりに晴れやかなものであった。




ー「なぜお前がそこに寝ている?」

午後10時以降の外出は禁止されているが、コンビニから帰ってきた赤いジャージ姿のハルヒコが、コーラを飲んでひと息ついてから、ベッドに寝転がるサラに尋ねた。

「天音と部屋を交換した」

「なぜ?」

「言わなきゃわからないの?」

「俺のことが嫌いだからだな」

「そう」

「コーラ飲むか?」

「うん」

ペットボトルを手渡すと、起き上がってひと口飲む。そのとなりにハルヒコが腰掛ける。

「で、なぜお前はたやすく交換に応じたのだ」

「応じたっていうか、僕が提案した」

「ほう?」

「このままだと天音が寮から出て行っちゃいそうだから」

「友達思いだな。けっこうなことだ。サブレ食うか?」

「うん」

未開封の箱をパリパリと開け、サラに差し出す。

「お前は俺と同じ部屋でも平気なのか?」

「うん」

緑色をした葉の形のサブレをかじりながらうなずく。

「お前のことを泣かしたのに?」

「うん」

「おかげでお前のことが大好きな千葉大吾郎には、たぶんけっこう嫌われたぞ」

「君のせいでしょ」

ボリボリと咀嚼する。くちびるの端についたサブレのかすをハルヒコが指で拭いとり、その指先を舐めた。

「これだけでも美味くないとわかる」

「美味しくはないよ。まずくもないけど」

しばらくその瞳を見つめると、おもむろにハルヒコが寝転がる。

「君のベッドって下だったの?」

「いや、上だ」

「じゃあ交換する?」

「お前もここに寝ていいぞ」

「狭いからやだ。上に行く」

「つれないこと言うなよ」

「……?」

「夢の中で俺を抱きしめてくれたじゃないか」

「僕が?」

「ああ」

「夢と現実の区別がついてないの?」

「ついてる。……電気を消してくれ」

「僕のこと追い出したいからそういうことするの?」

「違うさ。星崎天音が戻ってきたところで、接近禁止令と会話禁止令が出されているから、窮屈でストレスフルで互いに不健康な生活だ。……お前がいいなら好きなだけここにいろ」

「……」

電気を消し、サラも下の段のベッドに入った。狭い布団の上で、ふたり並んで寝転ぶ。天音が見たらショックを受けるだろうが、やはりそれほど悪くはない。特に会話もせず、ふたりはそのまま眠りについた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

柔道部

むちむちボディ
BL
とある高校の柔道部で起こる秘め事について書いてみます。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

上司と俺のSM関係

雫@更新予定なし
BL
タイトルの通りです。

私の事を調べないで!

さつき
BL
生徒会の副会長としての姿と 桜華の白龍としての姿をもつ 咲夜 バレないように過ごすが 転校生が来てから騒がしくなり みんなが私の事を調べだして… 表紙イラストは みそかさんの「みそかのメーカー2」で作成してお借りしています↓ https://picrew.me/image_maker/625951

処理中です...