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しおりを挟む夜。脱衣所で珠希が両腕を上げ、高鷹がスルスルと服を脱がしてやる。「パンツはどうしよっかなあ~」と向かい合ったまま珠希の下着のふちに手をかけると、珠希が「早く脱がして」とハートマークのついたような声を出した。ハルヒコはその様子を腕を組んで眺めている。
「……君は高校生にもなって自分でお洋服ヌギヌギもできないのかね」
「できるよ。でも高鷹がいーっつも自分で脱がさせてくれないの」
「ちげーよ、珠希が俺に脱がさせるんだろー?ほ~ら、パンツ下ろしちまうぞ」
「あは、何か見られてるとはずかしい。見ないでよーカイザーくん!」
「なんだよ恥ずかしいのか?じゃあみんなに見てもらいながら脱ぐ?」
「やだってば!ていうかさっきからどこ触ってんの?」
「さあどこでしょーか?言ってみな」
「……けっ、ヌギヌギしながらヌキヌキしようってのかい。部屋でヤれってんだよ」
むふー、とうんざりした顔でため息をつく。だがうんざりしているのはハルヒコだけではない。ここにいる全員が気まずい思いをしながら、冷え冷えとした沈黙の中で服を脱いだり着たりしている。入れ違いで風呂からあがってきた天音と耀介も、はしゃぐふたりの姿などまるで見えていないように一切関わらず黙々と着替えていた。だが物言わぬふたりの背中には、珠希たちのバカらしいイチャつきへの辟易が滲み出ていた。
「そういえばカイザー、お前なんで鼻血出してんの?のぼせた?」
「ていうか鼻にティッシュ詰めてお風呂入ってたの?」
「まあな。風呂に入る前に、ちょっと」
「どしたん?」
「あそこに人の形をした大型のイグアナがいるのが見えますね?」
「はい。ずいぶん大きいですね」
「ガラパゴスに生息してるやつだ」
「ええそうです。コレはあいつにやられました。」
「まあ、あいつに?」
「乱暴なイグアナですこと」
「発情期に交尾しそこなった童貞の個体は凶暴化しやすいのです」
「何だとこの野郎……」と天音が振り向きかけたが、耀介に「面倒だからシカトしろ」と制されて踏みとどまった。
「とは言え、気性の荒い野性動物に無警戒に近づいた、わたくしの不注意による事故です。致し方ありません」
「コワイわねえ~、イライラしてる童貞には気を付けないとねえ珠希さん」
「そうですわねえ、怒らせたら青タンできるまでブン殴られますわよ」
天音が道具をひっつかむと、無言で脱衣所から出て行った。
「怒ってる怒ってる……」と、3人はそのふてくされた背中をニヤニヤ笑いながら見ていた。
30分前、天音が風呂に行くとハルヒコもついてきたのだが、服を全部脱いだところで、同じく全裸のハルヒコが突然背後から天音の尻をわしづかみにし、揉みしだいてきたのだ。「やめろ変態」と振り払おうとすると、ハルヒコがその腕をつかんで身体をぴったり密着させ、「タコさんウインナーのくせにええケツしてまんな~お兄ちゃぁ~ん、おっちゃんのぶっといソーセージはさんでホットドッグごっこしてええか~?」と尻を撫でながらうなじに生ぬるい息をあててささやいてきた。
その瞬間、天音は反対の腕で鼻に思いきりエルボーを喰らわせ、鼻を抑えてうずくまるハルヒコの背中を、かたわらにあったモップの柄の部分でバチバチと叩いた。その最中に脱衣所にやってきた耀介があわてて止めに入ったが、床にはすでに血だまりができていた。ハルヒコが悪いとは言え、こないだに引き続き少しやり過ぎじゃないかとたしなめたが、天音は「この人がレイプしようとしたからです」と半泣きで憤然と主張した。
ー「ほんと信じらんないアイツ。バカなだけじゃなくキモさにも磨きがかかってきてる。しかもそのあと平然ととなりで身体洗ってくるんだよ」
耀介と大吾郎の部屋で、まだ怒りが冷めやらぬ天音がクッションを抱きしめながら訴えていた。今夜はどちらかが部屋を交代しろと談判しに来たのだ。
「まあ確かに、まともに相手してくれて、なおかついじり甲斐があるのがお前だけだからな。執着してんだ」
「執着にも限度がある。だいたいいっつも風呂についてくるのとかほんとーに鬱陶しい。もう限界。今日のアレで完全に限界。こないだマッサージしたからって調子に乗ってるんだ」
「ま、マッサージ?あいつにさせたの?」
耀介が眉根を寄せる。
「うん。でもそのときは別にふつうだったし」
「だからって、あんな奴に無防備に身体を触らせるなよ」
「だって……」
「渦川くん、マッサージうまかった?」
「お前、何聞いてんだよ」
「けっこーうまかった」
「ふざけないでちゃんとやってたってことか」
「まあ……今日みたいなことはしてこなかったよ」
「たぶん、ふたりきりだったからだな」
「え……?」
大吾郎が腕を組んで、しばし何かを考えたのちに言った。
「渦川くんにとって、いじり甲斐があるということイコール、いじればいじるほど相手が彼の望むとおりに"やられてくれる"ってことだ。あーいうタイプは、人を笑わせることよりも、人が困ってるところを見るのが快感なんだ」
「だろーね。悪趣味の極み」
「でもそういう奴に限って、いじられることにはめっぽう弱かったりするだろ。飄々といなす奴もいるけど、もしも渦川くんにいじられ耐性みたいなのがまったく無いなら、こっちからガンガンいじりまくれば抑止力になる」
「……抑止力ねえ」
「渦川くんって、なんか弱点とか無いのか?」
「そんなものあったらとっくに突きまくってるよ」
すると耀介が「なんとなく思い当たるものはある」と切り出した。
「え!なに?」
「……あいつたぶん、地蔵を怖がってる」
「じ、地蔵?」
「なんで地蔵?」
「何でかは知らん。でもこないださ、あいつと庭でキャッチボールしてたら、あいつがキャッチし損なってボールがあの地蔵のとこに転がってったんだよ」
耀介が窓から裏庭を覗き込み、寮が立つ前から設置されていたという古びた地蔵を指差した。管理人のおばさんがときどき水をかけて掃除をしているが、誰もその存在など気にかけることなく、ただのオブジェと化しているものだ。
「そしたらあいつ、俺にボールを取ってほしいって言ってきてさ。どう考えてもお前のほうが近いだろって返したら、いいから取ってくれって、急にすげー真顔になり出して。だから冗談で、お前あの地蔵に近寄るのが怖いんだろって言ったんだ。そしたらあいつ真顔のまま黙り込んじまった。だから俺はなんか面倒だしと思って、それ以降そのことには触れずにいたけど……だからあいつたぶん、地蔵が弱点だと思う」
耀介がうっすらと意地の悪い笑みを浮かべる。すると真剣な表情でその話を聞いていた天音の顔も、みるみるうちにこれまで見たことのない邪悪な笑顔に変貌していった。
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