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イグアナくんとお地蔵さま

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真夜中。

枕元のスマホが光り、変な時間に目覚めてまどろんでいたサラは画面を開いた。天音からのメッセージだ。こんな時間に?と不思議に思うが、そこには【起きてるか?】とだけ表示されていた。

【起きてる】

【談話室に来てほしい】

【今から?】

【話がある】

【何か食べ物ない?】

【あしたばサブレなら】

「…あした…ば?…ってなんだ?」と小さくつぶやきベッドから起き上がると、寝入る秋山を起こさぬよう静かに降りて部屋を出た。


ー「なんで君が?」

談話室に入ると、蛍光灯を1カ所だけ点灯させ、その真下の席にハルヒコがかけていた。テーブルには緑色の箱が置かれ、「あしたばサブレ」と墨字風に力強く記されていた。

「俺が呼び出したからだ。指紋認証にしている天音星崎の脆弱な携帯を拝借した」

「……」

サラは無言で踵を返すが、「待たんか、サブレがあるぞ」と力強くその右肩をつかんだ。

「いらない」

「俺の育ての親が作ったんだ」

「あっそ」

「育ての親はウソじゃないぞ。東京の離島で農業をやっている。島であしたば栽培は寡占化しているから、どの土産屋にもうちで作ったサブレが置かれている」

「葉っぱのお菓子なんか食べたくない」

「葉っぱの味などしない。おまけに身体にもいい。栄養失調のお前にはうってつけだ」

「何で呼び出したの?」

「……まあ座れ」

「顔見るだけでまた吐きそうなんだけど」

「吐くものなんかもう無いだろう」

「……」

「お前に謝りに来た」

「は…君が?」

疑いぶかい眼差しを向ける。

「……死ぬほど不本意だがな」

「ていうか、謝られても」

「仲直りをしよう」

「もともと仲良くなんかない」

「せめてこの最悪な状態からは脱却しようと言っているのだ」

「……」

「兄弟のことを聞いてきたな」

「聞いたけど、もうどうでもいいよ」

「そう言うな。それより、なあ、売れ残りのサブレが大量に送りつけられたんだ。頼むから食ってくれ。俺はこれが死ぬほど嫌いでひと口も食えない」

パリパリと箱の点線部分を開けると、1枚ずつ梱包された葉の形を模した薄いサブレを差し出した。ほのかな緑色だ。開けて匂いを嗅ぐとごく普通の甘い匂いがしたので、ネズミのように少しだけかじってみた。何も食べていないせいか、わずかでもあっという間に口の中に香りが広がっていく。そして何とも言えないその味は、「ああ……」という2文字でしか表せなかった。だが、思っていたより悪くない味だと思い、サラはもうひと口かじった。ハルヒコはその様子をじっと見つめたのち、静かに切り出した。

「教えてやろう。俺には血のつながった男兄弟がひとりいる」

サラが無言でボリボリとサブレを咀嚼する。

「名前はアキヒコだかフユヒコだか、そいつの詳しいことはよくわからん。だがまったく疎遠なのに、もし雑踏の中にそいつがいたら俺はすぐに見つけられる自信がある。なぜならクローンかというほど奴と俺は顔が同じなんだ」

「双子なんじゃない?」

「そうかもしれん。俺はそいつと離れてから1度だけ見たことがあるんだ。偶然見つけたがすぐにあれに違いないと確信した」

「へえ、どこで見たの?」

サブレを1枚食べ終えて、まったく興味のなさそうな顔で聞いた。

「東京の最果てのような町の、誰も降りない、聞いたこともないようなローカル線の駅だ。俺はその日特にやることもなかったので、いろんな電車を乗り継いで小さな旅を楽しんでいた。それで気まぐれに降り立った駅に、そいつが居たんだ。その無人駅の前に立つ首なし地蔵と大げんかをしていた」

「……」

「正確には奴が一方的に喚いていただけだが、喜怒哀楽が定まっていなかった。怒っているかと思えば泣いたり、とつぜん地蔵の肩を抱いて大笑いをしたり、かと思えばまた烈火のごとく怒鳴り始めたり。周辺には人っ子ひとり歩いていなかったが、奴は俺の存在になどまったく気づいていないので、しばらくそばに立って話を聞いていた。するとどうやら奴はたくさんの小人にまとわりつかれて困り果てているらしくてな、どうにか小人を人間サイズにしてもらい、もう袖にぶら下がったりポケットに入り込まないようにしてくれないか、と相談に来ていたらしかった」

「……」

「俺の目には奴の言う小人など1匹も見当たらない。当然だがそんなものは存在していないからだ。だがそのとき、やけにケミカルな匂いが漂ってきて、ふとその匂いを放つ紙袋が目に入った」

「それってもしかして……」

ハルヒコが立ち上がり、サブレの箱をぐいっとサラの胸に押しつける。

「持ってけ。全部食っていい」

「うん……」

「お前が学校に来ないと、なぜか無関係の俺が責任を負わされる。イグアナ野郎がさっき勝手にそう決めやがったんだ。だから今のうちに仲直りをしないと後々面倒だ。今日もちゃんと学校には行ってもらうぞ」

「それはわかったけど、それでどうして君の兄弟の話?」

「お前が気にしていたからだ」

「はあ……」

「いいかユーレイ、俺の兄弟はなあ……」

「うん」

ハルヒコが鼻から大きく息を吸い込み、サラの両肩をしっかりとつかんで言った。

「もーーすぐ平成も終わろうかっつーこの時代にねえ~~~、ま~だシンナーー吸って幻覚と戦っててねえ~~~、末期を越えて脳みそアメーーバになっててねえ~~~、首のないお地蔵さんと存在しない小人さんたちがお友達のくたばりぞこないの廃人なんですう!!」

またもや眼前に迫るハルヒコの顔に、サラは固まって生唾を飲み込んだ。だが今度はくちびるを奪われるようなことはなかったので、形相は恐ろしいが安堵した。

「……うん」

「どお?満足した?」

「した」

「俺と仲直りしてくれるかな?」

「いいよ」

「聞いても無駄だと言った理由がわかったろう?」

「わかった」

「上出来だ」

「あのさあ、ひとつ聞いていい?」

「なんだ」

「なんで怒らせた罰がキスなの?」

「お前のくちびるがあまりにも美味そうだったからだ。他の奴なら股裂きだった」

平然と返すと、ひきつるサラの頭をポンとはたき、ハルヒコは一足先に談話室から去っていった。

数時間後の朝食は無事に7人で揃うことができ、皆はひと安心して喜んでいた。しかし天音だけが解せない顔で首をかしげた。
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