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しおりを挟む「すげーなお前、タイヤとかよく付けられたな」
部活終了後のコートで、テニスウェア姿の高鷹がハルヒコ手製のスケボーを手にしながら絶賛した。つい先ほど作業を終えたばかりの、できたての真っ赤なボードだ。体育倉庫で、破損して奥に葬られていた卓球台の天板の一部をチェーンソーで切り取りハムのように薄く切ったものを、放課後に寮の裏手にある小さな工場に持ち込んだ。そこで大型のバーナーを借り、火の熱でカーブをつけてきちんとそれらしい形に加工したのだ。とは言えほとんど焦げただけだが、美術部からくすねてきた血のように赤いペンキで色を塗り、同じ卓球台から取り外したキャスターを4つ取り付けると、手作り感たっぷりのスケボーらしきものがどうにか完成した。
「材料は聞くなよ。また呼び出しをくらうハメになる」
「体育倉庫から部品パクってきたんだろ。教室から君ともう1人が出入りしてるの見えたから知ってるよ」
珠希がニヤリと笑うと、「ただのリサイクル活動だ」とハルヒコが返した。
「でもワックスとかニスとか塗らねえと、どんどん剥げるんじゃないか?ペンキじゃなくて元の天板のままなら良かったのに」
「手伝いの池田が美術室からニスをくすね損なったんだ。だから明日塗る」
「天音にバレたらまた怒られるぞ」
「あんなイグアナ似の小物ごとき、わめいたところで俺には脅威でもなんでもない」
「い、イグアナ?」
「似てるか……?」
「ペット屋で売られてる手のひらサイズの緑色のイグアナだ。威嚇しててもマヌケ面のな。メシ食ってるときの顔なんか特に似てる。だが怒ってるときはガラパゴスリクイグアナってやつにそっくりだ」
ー「なに?何かついてる?」
夕食の時間、珠希と高鷹が並んで天音の顔をじーっと見つめた。ガラパゴスリクイグアナの画像を検索してひとしきり笑ったが、サラダをむしゃむしゃと食べているところもたしかにペット用のイグアナに少し似ているような気がした。
「口がでかいのかなあ?」
「目に感情が無いのかも」
「ちょっと、何なんだよ?」
「「んーん、なんでもな~い」」
ニカニカと笑うふたりの息のあった返答に、天音が「なんか気分わる」と怪訝な顔をした。
今日は同じテーブルに、サラの姿もあった。サラのプレートは、大吾郎が「甲斐甲斐しく」用意したものだ。だが半分以上手をつけなかったので、残ったものは大吾郎が片付けた。
「今夜は我が校のアイドル系イケメン3人衆が勢ぞろいだ。おかげでこのテーブルの顔面偏差値がさらに高くなった」
ハルヒコが陰で「言葉を話せるクロザル」と呼んでいる耀介が言うと、「この席だけチャージ制です」と珠希が返した。
「アイドル系だと?バカ言うな、ひとりイグアナ系の奴が混じってるぞ」
大吾郎とサラのあいだに無理やり割り込んで食卓に混ざっていたハルヒコがぼそりと言うと、珠希と高鷹が噴き出すようにしてうつむいた。その様子を見て何かを察したのか、天音が眉をひそめて「君ら、僕のこと陰で何か言ってんだろ」と尖った声を出した。
7人での食卓はこれが初めてだ。いつもサラがいないかハルヒコがいないかで、この顔ぶれが揃うことはなかった。また耀介たち運動部員の大会前の部活や、学校行事前の珠希の委員会が長引いて揃わないこともしょっちゅうある。
食堂での食事時間は19時から20時半までと決まっているが、寮生たちが入れ替わり立ち替わりやってくるので流動的であり、混雑の時間を避けてやってくる者もあるので、学校の昼休みのように、みんなで一斉に食事をするというわけではないのだ。
「は~あ、珠希も高鷹もすっかりこいつに毒されてる」
天音がひと足先に食事を終え食器を片付けに行こうとしたら、ハルヒコに「飯をよそってきてくれ」と茶碗を差し出された。
「昨日の今日でよくそんな態度取れるな」
茶碗をひったくると、流し場に向かった。
「文句言いつつやってくれるとこが優しいよね」
「優しい優しい」
「おい渦川、お前いいかげんそのナメた態度をどうにかしろ。天音の優しさにつけ込みやがって。珠希も高鷹も、あんまこいつを助長させんなよ」
「何だ?突然おかんむりか?」
「突然じゃねえよ。お前のことは転校初日から気に食わねえ」
「昭和の不良漫画みたいなこと言うな」
「ぶふっ、確かに」
珠希がおかしそうに笑うと、耀介がギロリとにらみつけた。
「耀介、いいよ。何言ってもこの男には無駄」
おかわりを持って戻ってきた天音が、「ほら」とハルヒコの前に茶碗を置いた。
「怒ったら負けなんだ。つつけば返すと思わせないほうがいい。こういうタイプは、挑発してきても相手にしないのがいちばん。どーーせここに来るまでひとりも友達なんかいなかったんだろうし」
「……そうだな。そのとおり」
「けっ、イグアナとクロザルが。ほざいてろ」
高鷹たちが一瞬ピクリとなるが、無視する。だが天音は(クロザルってなに??)と今すぐスマホで検索したい気分に駆られた。しかし言われっぱなしなのも癪にさわるので、相手にするなと言った口で、おもむろにこう反撃した。
「僕がイグアナなら、君はじゃがいもとブロブフィッシュの子供だ」
「……ブロブ?」
「ていうかじゃがいもが親って……」
高鷹がすかさずスマホを取り出して画像を検索した。すると覗き込んでいた珠希とともに、とたんに大声で笑いだした。
「やべーカイザー、確かにこいつと芋がお前の親で間違いない!クッソ似てる!!」
スマホの画面をハルヒコに向けると、両隣の大吾郎とサラ、そして脇から耀介が覗き込み、耀介は鬼の首を取ったように勝ち誇った顔で大笑いした。大吾郎は「くちびるの厚さ以外はいい線いってるな。」と冷静に返したが、ふとサラを見ると彼も少しだけおかしそうに微笑んでいるのを見て、画面よりもそちらの方に釘付けになった。みるみる赤くなっていくハルヒコに、耀介が「見ろ、色まで似てきた」とたたみかける。するとハルヒコが「貸せ」と高鷹の手からスマホを奪いとり、何かを入力するとテーブルの真ん中に置いた。
「ご覧ください、こちらがこのマミアナヨースケくんのお父さんとお母さんです」
そこに表示されていたのは、画面いっぱいの「クロザル」だった。珠希たちが絶叫まじりに大声で笑い、天音も「かばってくれたのに悪いな」と思いながらも笑いをこらえきれず、大吾郎すら声をあげて笑った。サラも耀介の顔と交互に見比べ、肩を震わせて笑っていた。
「よ、よーすけ、ごめん、怒らないで……でもこれはやばい、今日イチでやばい……」
ひいひいとしゃくりあげながら珠希が言い、「でもほら、このキリッとしてるやつがいちばん似てるよ。このイケメンの!」と高鷹が無意味なフォローをした。今度はハルヒコが勝ち誇った顔をし、下唇を噛んでにらみつける耀介に「今日からこれをお前の正式な呼び名とする」と言った。ふと気がつくと、時刻はすでに食堂が閉まる5分前だった。
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