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しおりを挟む翌月曜日。ハルヒコの初登校日だ。ウエスタンハットとスケボーをどうにか部屋に置いてこさせるのに10分かかり、うっかり遅刻しそうになったので力づくで校門まで引っ張ってきた。学年は違うが、同室というだけで天音がわざわざ職員室まで彼を連れて行くハメになったのだ。担任の吉岡に「面倒なので説明は省きますが、変わり者なので気をつけてください」と伝えておいたが、「見た感じで何となくわかるから大丈夫」と彼はそれを軽く受け流した。
騒ぎは昼に起きた。ハルヒコがランチタイムに流れる校内放送の選曲が気に入らないと放送室に殴り込みをかけ、籠城する形で自前のプレーヤーに入っていた外国の曲を流し続けたのだ。生徒たちは何事かと騒然となったが、天音にはそれがハルヒコが編集したプロレスラーたちの入場曲全集だとすぐにわかった。なぜならきのう1日中部屋で流れていた曲だからだ。
「渦川くん開けなさい!」
学年主任と放送部の生徒たちが扉を叩くが、結局昼休みが終わる鐘の音が鳴るまでハルヒコは出てこなかった。天音はその様子を廊下の端から見ていたが、弁当を持ったまま職員室から出てきた吉岡が、「ああいうタイプは満足するまで放っとくしかない」と他人事のように笑っていた。
ー「ほんとすげー奴が入ってきたな」
放課後、職員室で学年主任に説教を喰らっているハルヒコをグラウンドから眺め、ユニフォーム姿の耀介が苦笑いを浮かべた。となりにはテニスコートに向かう途中の高鷹と、高鷹についてきた珠希が並んでいる。
「でもさ、小学生の頃って、ああいう子必ずクラスにひとりいなかった?」
「俺たちは高校生だぜ珠希さん」
「俺もあれに近い子供だったけどな。遠足では毎回俺だけ迷子になってた。今だったらみんなとは違うクラスにブチ込まれてたはずだ」
高鷹が言うと、「えー、高鷹なら、それはそれでかわいいかも」と珠希が腕にからみついた。
「……天音、あと2年もあいつと相部屋か」
「天音はヘーキだよ、なんだかんだ世話焼きだし。サラが心を開いてるくらいだから、並大抵のメンタルじゃない」
「渦川は度を越してるだろ。それも早3日目でアレだぜ。サラは人見知りなだけであんな問題児とはまったく違う」
「まあ確かにおとなしくしてるだけだもんね」
テニスコートからホイッスルの音が聞こえる。集合の合図なので、高鷹が「俺行くわ。あとでなー珠希ちゃん」と珠希の頭を撫でて去っていった。珠希は少し寂しげな顔で「早く帰ってきてね!」といつものようにその背を見送った。何となく指摘しづらいので誰も触れていないが、高鷹と珠希は同室であるのに学校でもベタベタとくっついていることが多く、珠希の「新妻」という苗字も相俟ってか、周囲からは「あいつらだけ同棲カップルか新婚夫婦みたい」だとひそやかに言われている。
ー「さっそく騒ぎを起こしてたみたいだね。放送部の杉本がめずらしく不機嫌だったよ」
「そりゃあそうでしょう。僕はすでに先が思いやられすぎて、逆に平常心で見てましたけど」
部屋では気が散るので、課題を持って談話室に向かったら寮長の芳賀と会った。去年1年生だった天音を、直々に副寮長に指名した人物である。受験勉強に集中するために3月で予算委員の委員長の座をしりぞき、今は現委員長の補佐として活動するが、優秀な生徒であるためかいまだにその権威を色濃く残しており存在感が大きい。芳賀はまじめで熱心な天音を気に入っており、たびたび予算委員への所属を打診していたが、天音は断固として断ってきた。彼は美術部で和気あいあいとやっているのが好きで、委員会のような堅苦しい組織が好きではないのだ。
「ひとり部屋が君しかいなかったから彼を同室にしたけど、やっぱりキツかったかな?」
「わざわざここまで課題をやりに来たのを見ればわかるでしょう」
「あはは、そっか。……空き部屋を勝手に使うわけにはいかないからなあ。もし耐えられないようなら、僕と部屋を交換しよう。俺が渦川くんと同室でいいよ」
「いえ、あんなのと一緒に暮らしてたら受験に影響しますよ。ずーっと音楽を鳴らしながら真後ろでサンドバッグを殴り続けてるんですから。でもすぐに飽きてスマホで漫才見てゲラゲラ笑ってますけど」
「ううん……想像以上にひどいな。ていうか、サンドバッグ?」
「部屋に戻ったらすでに天井からぶら下げられてました。降ろそうとしたら腰に巻きついてわめくので、気持ち悪いから諦めました」
「そっか……天井の補修代は彼の親に請求だな」
「あれの親ってどんななんだ?怖すぎる」
天音が言うと、どこかからミシリと音がした。
「ん?……地震?」
「いや、揺れてませんよ」
だが、ミシミシという音は止まない。天音たちが恐るおそる立ち上がって部屋を見回す。
「……天井から聞こえません?」
「天井?」
「ほら……」
そっと見上げた瞬間、換気口のカバーの向こうに突如人の顔があらわれた。
「うわああぁぁぁ!!!」
「な、何?!誰?!」
天音が芳賀の腕を掴むと、芳賀はその前に立ちはだかるようにして「降りてこい!!」と怒鳴った。しかしやがて、ふたりの恐怖と驚愕の入り混じった顔が徐々に怪訝なものに変わっていく。
「……って、あれ?君……」
すると天井裏に潜んでいた男が自らの手でカバーをはずして、「大きな声を出すな。見つかる。」と人差し指を口元に押し当てた。
「……何やってんの?」
うんざりした顔で天井を見上げる。
「今は言えない」
「言えないじゃない!降りてこい!いつから居たんだこのネズミ男!!」
天音がテーブルに乗って引きずり降ろそうとする。
「馬鹿!危ないだろ!!」
「危ないのはお前の頭だ!!」
「こら、やめろ!」
するとその攻防の背後で、「あー、こんなところにいた!渦川くん見ーっけた!」と無邪気な声がした。
「珠希……」
「チッ、お前らが騒いだせいで」
「何やってたんだ?」
「え?渦川くんと高鷹とかくれんぼ」
「はあ?!」
「鬼は僕と高鷹で、もし渦川くんを見つけられたらひとりずつに千円くれるって言うから」
「何してんだこの馬鹿3人が!!」
「こーーよーー!渦川くん見つけた!談話室にきて!」
珠希が叫ぶと、数秒後に「どこにいた?」と高鷹が嬉々とした顔でやってきた。
「天井裏にいた」
「なんだよーそんなとこ分かるわけねえべ!よく見つけたなあお前。」
「天音の叫び声がしたから、来てみたら案の定だった」
「よっしゃー、おいカイザー、約束どおり千円ずつ払ってもらうぜ」
天音と芳賀など気にもとめず、高鷹が得意げな顔で右手を差し出した。するとハルヒコが「今のは無効だ。俺はこのマヌケ共のせいで見つかったんだからな。お前らの実力じゃない」と天音たちを指差しながらはねつけた。
「ああ?そんな細かいルール知らねえよ。見つけたもんは見つけたんだ、金払え」
「見つけたのは僕なんだから僕にだけでいいだろ!」
「俺とお前はチームだろ?平等にもらう権利がある」
「バカ言うな、やり直せ。次の1回で勝負だ」
「ふざけんな、ルールはルールだ!だいたい天音に見つかったのはてめえの落ち度だろ」
「何を?やるか貴様。言っとくがお前らが束になってかかってきてもメキシコ育ちの俺に勝ち目はないぞ」
「メキシコはお前の妄想だろ!このホラ吹き野郎!」
「なんだと?!」
「バカ、それ本人に言うなって言ったでしょ!」
揉める3人を背後で眺めながら、天音たちが脱力していく。「ここで取っ組み合いになったら、明日には荷物をまとめて出て行ってもらうからな」と芳賀が静かに言い残し、ふたりは早々に部屋に戻っていった。
芳賀は部屋で報告書を作り、3人とも賭け事をしたペナルティーとして翌日から1ヶ月間の寮内清掃を命じられることとなった。規則に賭け事をするなとは明記されていないが、そんなことをする生徒がそれまで現れなかっただけだ。
おまけにそれによる醜い諍いが寮長と副寮長の目の前で行われたことにより、規則の項目がもう1つ追加されることとなった。ハルヒコは翌日も学年主任に呼び出され、今度は3人まとめて説教を喰らっていた。
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